夜の欠片 3

  綱吉の指がゆっくりと内壁をなぞりながら、体の外へと出ていく。出ていってしまう。キュウ、と尻の穴に力を入れると獄寺は、出ていこうとしている指を飲み込もうとする。まだ、出ていって欲しくなかった。もっと奥のほうまで触れて欲しい。
  気持ちのいいところを指でグリグリと押して欲しい。
  それから、熱くて硬い綱吉のもので、一気に貫いて欲しい……
  そう思いながらも獄寺の頭の中の冷静な部分では、自らの浅ましさを卑下してもいる。
「十代目……」
  上擦った声で綱吉を呼ぶと、獄寺は力いっぱいしがみついていく。
  互いの性器が足の間で触れ合い、獄寺は腰をもぞもぞと揺らしてしまった。先走りとローションとでドロドロになった獄寺の性器を、ヌチャ、と音を立てて綱吉の太股になすりつける。綱吉に引かれはしないだろうかという不安はあったが、腰に溜まった熱のもどかしさで獄寺はどうにかなってしまいそうだった。
「じゅ、代目……」
  息苦しくて獄寺は大きく喘いだ。
  綱吉の唇が、ゆっくりと獄寺の肌を辿っていく。
「獄寺君は色が白いから、跡はつけないほうがいいよね」
  どこか残念そうに、綱吉が呟く。
  跡ならつけて欲しい。体中、どこもかしこも綱吉のものだという証を刻まれたい。
「やっ……ん、んっ」
  言いかけたものの獄寺は、自分の口を塞いでいた。
  綱吉の唇が獄寺の胸の先端をパクリと口に含み、舌先でざりざりと舐めている。唾液がたらりと糸を引いて綱吉の口から胸の上へとこぼれ落ちる。
「……け、て……」
  塞いだ手の間から、声が洩れた。
「ん? なに?」
  顔を覗き込まれ、獄寺は眼差しでもっと触れて欲しいと訴えた。
  どこにでもいいから、綱吉のものだという印をつけて欲しかった。朱色の刻印を体に刻まれたい。
「い…から……つけ、て、くださ……」
  口を押さえたままくぐもった声で獄寺がボソボソと呟くと、綱吉はわかったというふうに獄寺の手の甲にキスをした。
  綱吉の唇が触れた箇所が、熱くてたまらない──



  チュ、と音を立てて綱吉の唇が獄寺の肌の上を這う。
  早く挿れて欲しいのに、綱吉の唇はまるで獄寺を焦らすかのように、じりじりと肌の上を移動するばかりだ。
「……れ、て……」
  さっきから強請ってばかりだと獄寺は思う。
  綱吉の唇は自由気ままで、最初に約束をした所有の印すら、まだ残してくれていない。
  心細くて、焦れったくて、そして興奮する。
「挿れてくださ……ああっ!」
  大きく広げた獄寺の足の間、太股の柔らかいところを綱吉がチュウ、と音を立てて吸い上げた。痛いほど吸い上げられた跡をベロリと舐められ、獄寺の背筋をゾクリと快感が走る。
「んっ、ん……」
  さっきから腹の底で燻っていた熱が、一気に温度を上げたような気がする。
  大きく腰を捩ると、綱吉の手が尻にかかり、ぐるりと獄寺の体の向きがかわった。うつ伏せになった獄寺の腰に、綱吉のくちづけが下りてくる。
  それからすぐに、綱吉の指が、尻の狭間の窪んだところを探り始める。
「あ、ああっ……!」
  クチ、と音がした。
  腹の底で燻る熱が、焦れったい。獄寺は腰を揺らして四つん這いになった。
  背後を振り返ると、薄茶色の綱吉の目をじっと見つめる。
「挿れてください、十代目」
  そう言うとぐい、と尻を綱吉のほうへと突き出し、限界まで背を反らす。期待に腹筋がヒクヒクと震える。
  獄寺の腰を両側から固定すると綱吉は、ゆっくりと腰を進めていく。
  尻の狭間の窪んだ部分になすりつけるようにして、綱吉のペニスが触れてくる。ローションでベタベタになっているせいだろうか、いつもより音が大きく聞こえる。ヌチャヌチャと湿った音がするのが恥ずかしくて、たまらない。思わず獄寺は顔をシーツに押しつけた。



  ズブズブと押し込まれる感覚がして、内臓が迫り上がるような圧迫感を獄寺は感じた。
「ん、あああ……」
  シーツを握りしめる手に、自然と力がこもる。
  前立腺のあたりを擦り上げられると、それだけで爪先から頭のてっぺんにまで甘い痺れが走る。
「あっ、あ……」
  根本まで挿入されると、内部で綱吉の性器がドク、ドク、と脈打つのが感じられた。
「全部、入ったよ」
  耳元で囁かれ、獄寺はドキッとした。
  意識しているわけでもないのに、綱吉の性器をくわえこんだ部分がキュウ、と収縮を繰り返す。
「……十代目」
  はあ、と息を吐き出し、獄寺は背後の綱吉を振り返った。
  すぐに綱吉の体が密着してきて、少しきつい体勢ではあったが、チュ、と唇にキスをされる。もっとキスが欲しくて、獄寺は舌を突き出した。
  チュク、と音を立てて綱吉の舌が絡みついてくる。
「んんっ!」
  獄寺の背筋を、ゾクゾクとする快感が走っていく。
  密着させたまま獄寺が腰を揺すると、綱吉の手が前へと回された。
「んっ、んぅ……ぁ……」
  唇が離れた途端、嬌声が零れる。
  綱吉の手が、獄寺の性器を握りしめ、竿を激しく扱いてくる。気持ちよくてたまらない。
「じゅ、だ…い……」
  四肢をふんばると、爪先がシーツを蹴った。
  綱吉の手が獄寺の亀頭を包み込み、マッサージをするようにビロードのように滑らかな部分を激しく擦っている。
「あ、あ、あ……!」
  恥ずかしくて、同時にもどかしくて、獄寺は腰を揺らした。
  背後の綱吉が息を飲むのが感じられる。
「獄寺君!」
  名前を呼ばれたと思った途端、綱吉が激しく腰を打ちつけてきた。腰骨がガツガツと当たって、獄寺の身体が前のめりにベッドへ沈み込む。
「……ひっ、んんっ!」
  ベッドに伏せて、初めて自分がいつの間にかイッていたことに獄寺は気づいた。下肢のあたりがヌルヌルとして、気持ち悪い。腹の下のシーツも濡れてベタついている。きっと自分の放ったものでドロドロになっているはずだ。
「あ、ふ……ぅ……」
  ガシガシと体を揺さぶられ、獄寺の体がずり上がりそうになる。頭の中が真っ白になりそうだ。
  いっぱいいっぱいに飲み込んだ綱吉のペニスがドクドクと脈打ち、獄寺の中で爆ぜる瞬間を探っている。内壁を突き上げられ、擦られ、獄寺は必死になってシーツを握りしめた。
「ん……ぁ、んんっ!」
  不意にビクビクと体が震えた。体の中に叩きつけられた精液は温かく、その感触に獄寺はゾワリと肌を粟立たせた。それと同時に獄寺の後ろがキュッと窄まって、綱吉をきつく締めつける。
「あ……」
  はあ、はあ、と綱吉が息を荒げたまま獄寺の背中にのしかかってきた。
  まだ獄寺の後ろは収縮を繰り返している。綱吉の放ったものを最後の一滴まで搾り取ろうとするかのように、食らいついて離れようとしない。
「……まだ、ヒクついてるね」
  掠れた声で綱吉が呟いた。
  呼吸が整うのを待って綱吉は、獄寺の中から性器を引きずり出した。
  それまで自分の中に埋め込まれていたものが出ていく瞬間、獄寺はゾクリと小さく震える。
「ん……っ」
  もう一度、中に欲しいと思う自分の浅ましさが怖ろしいような気がした。



  今度は二人で一緒にバスルームを使った。
  照明を落とし気味にして、夜景を楽しみながら湯に浸かれるようにした。
  動くのが億劫でならなかったが、綱吉に面倒をかけさせるようなことはしたくはなかった。自分のことは自分でできるからと獄寺は、さっと髪と体を洗い、湯船に浸かる。
  先に湯船に入っていた綱吉が、すかさず獄寺の身体を引き寄せ、自分の足の間に座らせた。
「今年の誕生日は、あまり嬉しくはなかった?」
  背後の綱吉が、獄寺の肩に唇を押し当て、尋ねる。
「え……いいえ、そんなこと……とても嬉しかったです、十代目」
  あまり堅苦しいのは好きではないはずの綱吉が、わざわざ獄寺のためにレストランを予約してくれたのだ。嬉しくないはずがない。それに、このホテル。ラブホテルやビジネスホテルとは異なる雰囲気に、獄寺は始終ドキドキしっぱなしだ。理由はもちろん、綱吉と一緒だからだ。恋人の選んだいつもとは違う場所で抱かれることが、獄寺には妙に気恥ずかしくてならない。
  別に悪いことをしているわけでもないのに、背徳感のようなものを感じてしまうのだ。
  とは言え、事後の疲れからか今の獄寺はは眠たい気持ちでいっぱいだったが。
「あ……でも……」
  ふと思い出して言いかけたものの、口にすべきことではないだろうと、獄寺はさっと口を閉ざした。
  綱吉に聞かせるまでもないことだ。
「なに?」
  聞きとがめた綱吉が、尋ねかけてくる。
  背後から抱きかかえてくる綱吉の肩に頭をもたせかけ、獄寺は目を閉じた。
「十代目のお誕生日には……」
  ボソボソと獄寺は呟いた。
  多分、綱吉自身はこういった煌びやかなことは好きではないはずだ。もっとシンプルで、庶民的なことが好きなはずだ。
「ん? なに?」
  綱吉の手が、獄寺の頬を優しくなぞる。触れてくる指が心地よくて、獄寺は小さく喉を鳴らす。目を開けているのが、億劫だ。
「俺、が…──」
  口の中でもごもごと呟きながら、獄寺は意識をゆっくりと手放していく。
  深い深い眠りの中で、獄寺は綱吉の温もりを感じていた。



          3

緋色の月へ

END
(2011.9.18)



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