刹那の想い〜SANDCASTLE〜4
腹の中にサンジの迸りを受けながら、ゾロは考えた。
自分はいったい、正しいことをしているのだろうか、と。
自分の気持ちが正しいということは、わかっている。しかしそれでは、サンジのほうはどうなのだろうか。サンジ自身はゾロとのこの関係を、どのように思っているのだろうか。
もしサンジが自分との関係を単なる性欲処理としてしか見ていないのだとすれば、これまでのあのほんのりと甘い時間は何だったのだろうかということになるだろう。自慢できるほどの恋愛経験があるわけでもなく、こういったことには愚鈍なゾロだったが、それでもサンジと過ごしたあの時間は確かに自分たち二人の繋がりを強めるためのものだったと信じている。
こうして身体を繋げた今も、ゾロは自分たちの関係に疑問を持ってはいるが、こうなることが当然だったのだと思えるような穏やかな空気があたりには満ちていた。
「──…ロ……おい、ゾロ?」
ふと気付くと、頬を軽くはたかれていた。
「あ?」
目を開けると、ぼんやりとだが、サンジの顔が目の前にある。
「大丈夫……じゃ、ないようだな」
呆れたようにサンジが言う。
目の前のこの男はいったい何を言っているのだと思いながらもゾロは身を起こそうとした。
ゾロの後孔深くに入り込んでいたサンジのペニスがずるりと抜け落ちる感覚がして、それとほぼ同時に中にぶちまけられた精液がトロリと溢れだしてくる。
「なぁ。気ィ失うほどキモチよかったのかよ」
耳元にぽそりと、サンジが問いかけた。
そうか、自分は気を失っていたのかと納得しながら、ゾロは小さく頷いた。
後始末をサンジにしてもらいながら、ゾロは気怠い身体をベッドに横たえていた。
動けるには、動ける。しかし腰に重くのしかかるような痛怠さが、どうにも堪えられないように見える。サンジは濡れたタオルでゾロの身体を拭い終えると、眉間に皺を寄せたまま目を瞑っていたゾロの額に軽く口づけた。
「疲れただろう?」
まだ、傷が完全に癒えたわけでもないのに無理をさせてしまったかもしれない。そのことについてはゾロは何も言わないが、何か言いたそうな眼差しをしていることにはサンジも気付いていた。
多分、気のせいでないとするなら、抱き合っている最中から、ゾロはもの問いたげな眼差しでサンジを見つめていたはずだ。
「そっちこそ」
掠れた声でゾロが返した。
サンジはふん、と鼻で小さく笑った。同じように傷の癒えないサンジだって、多少の無茶はしている。お互い様というところか。それもこれも、互いの性欲を満たしたいがための行動だったと思うと、何と獣じみていたのだろうかと思わずにはいられない。
ゾロも、そうだったのだろうか?──ふと、サンジは考えた。
ゾロも、サンジと同じようにただ性欲を満たすだけのためにセックスをしたのだろうか?
己の身体の欲求に従っただけなのだろうか?
考え出すと、きりがない。サンジはぼんやりとそんなことを考えながら部屋を後にした。ゾロの後始末をしたタオルと汚れものを手に、こっそりと洗濯場へと向かった。
キスが欲しいと思った。
サンジの薄い唇に口づけられるのは心地好い。髪と、額と、唇と。それから項にキスされるのもいい。胸の一点を集中的に攻めてくるのは、サンジが女好きだからだろうか。先刻、そこから袈裟懸けに残る刀傷に唇で触れられて、ゾロの身体には大きな震えが走った。舌先でペニスの割れ目をなぞられるのもよかった。サンジの舌はなめらかで、あたたかい。ゾロの口の中を蹂躙する時にはやたら強引で荒々しい舌遣いをしていたのに、後ろの孔に舌を挿れる時には酷く丁寧で、優しかった。甘く掠れた声。汗の匂い。サンジのすべてがゾロは好きだと思った。喧嘩をしている時の凶暴さも、女好きなところも、料理をする時の真剣な眼差しも、何もかもひっくるめてゾロは、サンジのことを想っている。
だから、サンジと身体を繋げたいと思った。
しかしサンジのほうはどうなのだろう。彼は、ゾロのことをどのように想っているのだろうか。
サンジに抱かれながら、ゾロはずっと考えていた。自分が思っているようにサンジも自分のことを想ってくれているのだとしたら、これ以上はないほどに嬉しいだろう。だが、もしもそうでなかったとしたら?
いったいサンジは、ゾロのことをどのように思っているのだろうか。
答えを確かめたいと思いながらも、聞き出すことが出来ない自分がいる。
サンジのいないベッドの上で、ゾロは唇を噛み締める。
見上げた天井に窓からの月明かりが反射して、青白く光って見える。
知りたいような気もしたし、知らないままでいたいような気もした。
溜息を吐くと、やけに大きな音となって部屋に響いた。
その響きはまるで、今のゾロが感じている不安そのもののようにも感じられた。
しばらくしてサンジが部屋に戻ってきた。他の連中はまだ、ひとりも部屋に戻ってきていない。
「……起きてるか?」
穏やかな声でサンジが尋ねる。
「おぅ」
応えて、ゾロは身体を動かした。
「寝酒だ、飲むか?」
どこから調達してきたのかサンジは酒瓶を持っていた。ゾロが寝そべるベッドの脇に腰掛け、サンジはゾロの顔を覗き込んでくる。
ゾロは黙って起きあがった。ベッドの上で座り直すと、サンジに肩口をくい、と引き寄せられた。ちゅ、と音がして、ゾロは唇の端にキスをされる。
「ずっと、考えてたんだけどよ……」
それからゾロの肩口に頭を預けて、サンジは言った。
「これは、遊びじゃないから」
いつものようなふざけた感じはしなかった。真面目な硬質の声でサンジは、ゾロに告げた。
「ウソップやルフィたちと馬鹿やってても、意識がレディたちに向いていても、心の底から欲しいと思うのはお前だけだ。ゾロ、お前しか欲しくない」
サンジの言葉に耳を傾けながら、ゾロはうっすらと微笑んでいた。
自然に気持ちが高まって、どちらからともなく抱き合いたい、身体を繋げたいと思った瞬間のことを思い出していたのだ。
少し考えるふりをして、ゾロはサンジの様子をちらと窺う。
自分だってサンジと同じ気持ちではあるのだが、ここで素直に同意するには、何か物足りないような気がしてならない。どう答えようかと頭を傾げた途端、サンジが手にした酒瓶が目に入ってきた。
おもむろにゾロは、サンジの頬を両手で包み込んだ。じっと、薄暗がりの中でサンジの目を正面から見据える。
「……本当か? 本当にお前、俺しか欲しくないと、そう言えるのか?」
正面から見つめられ、少しばかり居心地悪そうにサンジが身体をもぞもぞと動かす。いくら暗がりとはいえ、ゾロには何もかも見透かされているのではないかと思うような気まずさを、サンジは感じていた。もちろん今言った言葉は真実だが、それ以上の、サンジ自身でさえ気付いていない心の奥底までも見透かされそうな気が、何となくしたのだ。
微かに震える声で、サンジは返した。
「それ以外の言葉が欲しい、ってのかよ、ああ?」
サンジの言葉には答えずに、ゾロは酒が欲しいとただ一言、そう言った。
「寝酒を俺にもくれるつもりだったんだろう? 違うか?」
気がつくと、二人とも酷く喉が渇いていた。
サンジが手にした酒瓶を取り上げるとゾロは、勢いよく栓に囓りつき、強引に歯でこじ開けた。ペッ、と栓を吐き出すと、鈍い金属の音が床の上で響く。
「飲ませてくれよ」
ゾロが言った。
ゾロの手の中にあった酒瓶をサンジはそっと取り上げると、瓶口に直接、唇をつけた。
サンジの喉がゆっくりと上下する。ごくり、ごくり、と音がした。それからサンジは瓶を床に置き、ゾロの顎に片手でつい、と触れていく。
改めてゾロは、激しい喉の渇きを感じた。片手をサンジの肩にかけると、唇を深く合わせる。サンジの舌が入りやすいようにうっすらと唇をあけてやる。すぐに舌が咥内へと入り込んできて、ほろ苦い甘さのアルコールがゾロの口の中でカッ、と熱を放った。
少しずつ流しこまれる酒の味に、ゾロは軽い目眩を感じた。
酒に酔うことのないゾロだったが、サンジから口移しに与えられる酒の味に、くらりとした。
「ん……っ……」
唇の端から、唾液とアルコールの混ざり合った液体がたらりと伝い落ちていく。
目の前にいる、この男だけしか欲しくない──そう、ゾロは強く思った。
砂漠の町に太陽が顔を出す。
肌寒い早朝に、ゾロは違和感を覚えた。身体の片側がやけにあたたかいのだ。薄目を開けてちらりと見ると、こちら側に背を向けて眠るサンジの首筋が目に入ってきた。
ああ、それでか。小さく口の中で呟くと、ゾロはサンジの背にそっと触れた。起こさないように、驚かさないように。
規則正しい寝息が、背中を通してゾロの手のひらに伝わってくる。一見すると痩せて見えるが、がっしりとした筋肉質なサンジの背中は穏やかな呼吸を繰り返している。
手のひらを通して伝わってくるサンジの体温が、ゾロの気持ちを穏やかにしていく。
──この男しか、欲しくない。
心の中でそう呟いてから、しがみつくような格好でもういちどゾロは目を閉じた。
それは、次の旅が始まる前の、ひとときの甘い時間だった。
END
(H16.9.25)
|