His lips 1

  砂糖菓子のように甘くて、涼しげで。
  サンジの唇はほんのりと甘くて何度でも欲しくなる。
  まるでスイカズラの甘い香りのようで、ウソップはキスをするたびに故郷の村のことを思い出していた。
  どこか懐かしくて優しい香りの、甘い秘密。
  もちろん二人の関係はメリー号の仲間たちには内緒の関係だ。
  ウソップ自身、自分がサンジとこのような関係になるだろうとは思ってもいなかった。
  何よりも二人とも男同士だった。
  本当に、これっぽっちも考えたことがなかったのだ、ウソップは。



  キッチンの片隅でウソップは、工具を片手にぼんやりとしていた。
  前夜の不寝番で頭はボーっとしていた。睡眠不足だということはわかっていたが、何となく眠るには惜しい気がして、工房に上がり込んでいた。それに、ここにいればサンジの気配を感じることが出来る。いい意味でも悪い意味でも、サンジの気配を感じ取ることが出来るのだ。
  工具を片手に薄目をあけたまま居眠りをしていると、ふわりと肩に毛布をかけられる。
「おい、寝るのなら部屋に戻れよ」
  低く耳元で囁かれ、ウソップは慌てて目を開けた。
「おっ……お、お……起きてるぞ、俺はっ!」
  半分硬直しながらもサンジからは密着しすぎず、それでいて離れすぎずの一定の距離をとり、ウソップは慌てたように告げた。
「わかってるよ、それぐらい」
  呆れたように、サンジ。
  それからすっく、とサンジは両腕でウソップの頭を抱きしめ、低く喉を鳴らした。
「不寝番の次の朝ぐらい、ゆっくりしろ」
  そう言われて、ウソップはサンジの腕の中で小さく頷く。
「あー……わかってんだけどさぁ、なんて言うか……」
  途切れ途切れに何やら言葉にしようと口をパクパクさせるウソップのこめかみに、サンジは軽く唇を寄せた。ついで焦げ茶の髪にキスをすると、微かに太陽の匂いがした。
「甘やかしている、ってわけじゃないぞ」
  と、もうひとつ、サンジはキスを落とす。
「眠いんだろ? なら、寝ろ」
  言いながらサンジの手は、ウソップの肩や背の筋肉を優しく揉みほぐすような動きをする。不寝番で凝り固まった筋肉を、サンジの指はゆっくりと丁寧に解してくれる。自分だってメリー号の炊事で疲れているだろうに、サンジはそんなことはおくびにも出したことがない。
「サンジ……」
  何か告げようとウソップが口を開く。すかさずサンジはウソップの唇に指で軽く触れた。
「不寝番の後だからな、特別だ」
  そう言ってサンジは、低く微かな声で歌を歌い出す。ウソップも子供の頃に何度か耳にしたことのある歌だ。懐かしくて、ほんわかと胸のあたりがあたたかくなってくるような感じのする子守歌だった。この歌をサンジも子供の頃に聴いたのだろうか。
  ウソップは目を閉じると、背後のサンジに背を預けた。
  密着した部分から互いの体温が混ざり合って、あたたかな感覚が生まれてくる。
  瞬きをしたところまでは覚えていたが、その後の記憶はない。



  目が覚めると、ウソップは男部屋のカウチに横になっていた。
  あれは夢だったのだろうかと怪訝に思いながらも、自分の身体にかけられた毛布にはほんのりと煙草の香りが残っていることに気付く。
  ごそごそと起き出して甲板に上がると、昼少し前なのか、キッチンから食事のにおいが風に乗って漂ってきた。
  途端にウソップは空腹感を感じた。
  口の中に涎が沸き上がってきて、慌ててごくりと喉の奥に流し込んだ。大食らいのルフィではないが、腹が減ってしかたがない。不寝番の後の朝食はあまり食べる気にもなれず、いつもより少食だったからこんなに空腹なのかもしれない。
  早く昼時になればいいのにと、ウソップはキッチンのドアを恨めしそうに見遣った。
  ドア越しにチョッパーの声が聞こえてくる。サンジを手伝っているようだ。
  自分もあの中に入りたいと思いながらも、なかなか最初の一歩が踏み出せないウソップだった。サンジと恋人の関係を持つようになってからはいつも、あの空間に入り込んでいくことに躊躇いを感じてしまう。自分はサンジの足手まといになっていないだろうか。単にサンジの邪魔をしているだけではないだろうかと、心配になってしまうのだ。そしてもしサンジが本当にウソップのことを足手まといに感じていたとするならば、自分はあの空間に入っていくべきではないし、ウソップがサンジの手伝いをすることさえも憚られるような、そんな感じがしてならなかったのだ。
  しばらくのあいだウソップは、甲板から水面を眺めていた。



  ウソップとサンジがこういった恋人の関係になったのは、ほんの数ヶ月前に遡る。
  最初は、どちらとも互いのことを仲のいい友人としか認識していなかった。
  自分たちが恋人同士になるなどとは、二人とも、これっぽっちも考えたことがなかった。なぜなら二人は同じ性の男で、恋愛に関しては奥手なウソップは今もまだ、自分がサンジと恋人なのだという現実に慣れていないようだ。
  もちろんサンジとて、多少の照れはあるようだった。もっとも、普段のサンジの様子からは想像できないことだったが。
  海上レストランで育ったサンジは常に年下だった。サンジよりも年下の新しいコック見習いが入ってこないのだから、どうしようもない。後から入ってくる見習たちは揃いも揃ってサンジよりも年上ばかりだった。当然だ。オーナーでありサンジの養い親でもあるゼフが元・海賊であることを知って入ってくるからには、彼らもよほど肝の据わった海の男ばかりのはずだった。だからサンジの記憶にある限り、自分よりも年下のコック見習いがバラティエにやってきたことは一度としてなかった。
  その反動からか、年上の特権を振りかざし、サンジはゴーイング・メリー号の仲間に対して細々と世話を焼きたがった。
  女性には優しく、男共にはつっけんどんに。しかしそのつっけんどんな態度の裏に、サンジ独特の気配りと優しさがあることをメリー号の仲間たちは知っていた。
  もちろんウソップだって気付いていた。さり気ないサンジの優しさに、何度救われたことだろうか。
  そのたびにウソップは、やはり故郷のスイカズラを思い出した。
  白くて清楚な小振りの花は、ともすれば青々と生い茂った葉の間に隠れてしまいそうで。それでもほのかに甘い香りをあたりに漂わせる、スイカズラの花。
  何と似ているのだろうか、サンジとスイカズラの花は。
  あの花の白さ、あの香りの甘さ。
  幼い日、ほんのりと汗ばむ初夏の風を感じながら味わった砂糖菓子のように甘いあの花の蜜のようなサンジを、こっそりと味わってみたいとウソップが思うようになるまでに、そう長くはかからなかった。



To be continued
(H16.9.26)



US ROOM         1