強がりの君 1

「お前の誕生日には、初エッチがプレゼントな」
  そう言い出したのは、サンジのほうからだ。
  つき合い始めて日も浅い頃のこと。まだキスも両手で数えるほどの回数しかしていない時に、思いついたようにサンジが口にしたのが始まりだ。
  以来、ことあるごとにサンジは初エッチをほのめかしてきた。
  好きだから身体を繋げたいと思うのは、自然なことだとウソップも思う。たとえそれが男女の恋愛であろうと、自分たちのように男同士の恋愛であろうと、関係はない。
  しかしサンジのようにあまりにも露骨すぎるのは、自分はどうやら苦手なようだと気付き始めた頃に誕生日がやってきた。
  モヤモヤとした気分のまま迎えた誕生日の朝。
  目を開けると、金髪のコックがウソップの股間に顔を押し付けていた。
  寝込みを襲われているのだと認識する暇もなく、張り詰めた股間が生暖かい口のなかで、痛いやら気持ちいいやらの感覚に襲われる。
  クチュクチュと湿った音がして、竿を這うサンジの赤い舌が絡まる。浮き上がった筋を吸い上げるかのように口角をきゅっと締めた口元が艶っぽい。口の端をたらりと零れ落ちたのは、先走りと唾液が入り混じったものだろう。
  ウソップは呆気なくサンジの口の中で達してしまっていた。
  初めての体験だった。



  メリー号のキッチンでは、サンジが朝食の後片づけをしながら楽しそうに鼻歌を歌っている。
  ウソップはキッチンの片隅に設けた工房で、ネジ回しやら錐を手に、何やら忙しそうにしているところだ。
「もうちょっとだからな、待ってろよ」
  サンジがそう言うと、緊張したウソップの声が返った。
「お……おうっ」
  洗いものをしながらも、サンジの肩が小さく震えている。声をあげないよう笑いを堪えるのに精一杯で、背後のウソップの様子にまで気が回らない。
  ひとしきり肩を震わせたサンジは、ようやく片付いたキッチンをぐるりと見渡してからウソップに視線を向けた。
  浅黒い肌の中で、はっきりとわかるほど頬が赤らんでいる。ぎくしゃくとした手つきでネジ回しを回しているウソップの姿が、サンジの目には何とも愛しく映る。年下の恋人というのは、何とウブな反応をしてくれるものなのだろうか。
「おい、終わったぞ、長っ鼻」
  声をかけると、ウソップの身体が硬直するのがはっきりとわかった。
「今さらビビってんじゃねぇだろうなぁ、ああ?」
  鷹揚にそう言いながら、サンジは近づいていく。
  ウソップの全身から汗がどっと吹き出す。緊張しているのは間違いない。それとも、もしかしたら戸惑っているのかもしれない。
  どうしたものかと思いながらもサンジは、工房の端にちょこんと腰をおろし、ウソップの顔を間近に見つめた。
  焦げ茶色の瞳は落ち着きなくあちこちを見回している。
「こっち見ろよ、長っ鼻」
  低い声でサンジはそう言うと、ウソップの顎にそっと指先で触れた。



  おそるおそるキスをした。
  唇を合わせた瞬間、ウソップはふと気付いた。
  今日のサンジは、どこか臆病だ──と。
  薄目を開けてちらりとサンジを見ると、眉間に皺を寄せた何とも言えない顔が目の前にあった。キスをするのにこんなにも難しい顔をして、いったいサンジは何を考えているのだろうか。そう思うと、憂鬱だった自分のことなどそっちのけで、今度はサンジのことが気になってくる。
  ついと手を伸ばすとウソップは、サンジの耳の後ろのあたりを撫で上げた。
「……んっ」
  ピクン、と体を震わせて、サンジが小さく息をつく。
  まだ、体を繋げていないことに対する後ろめたさからか、ウソップはそっと指を引っこめる。これ以上、サンジを煽るようなことをしてはならないと、名残惜しそうに指の先でサンジの項をゆっくりとなぞる。
「……続けろ」
  喉の奥から絞り出したような目の前の男の声に、ウソップは慌てて体を硬直させる。これが駄目なのだとはわかっている。しかし、続きを強要されると、つい体が固まってしまう。体だけではなく、気持ちまで固くなってしまうのだが、サンジはそのことに気付いているだろうか?
  目を開けると、キスをしたままの状態でサンジがこちらをギロリと睨み付けていた。
  慌ててウソップが体を離すと、さらに鋭い眼差しで睨み付けられた。
「お前……この期に及んで、まだビビってんのか?」
  どこかしら呆れたような様子でサンジが問う。
  どう返したものかとウソップが口をパクパクさせていると、サンジの白い指先がひらりと舞った。
「なに、心配するな。俺がちゃんと面倒見てやるから」
  言うが早いか、サンジの手が床の上にウソップを押し倒す。そのまま腹の上にのしかかると、強い力で頭を固定し、唇をところ構わず押しつけていく。
  不覚にもウソップは、そんなサンジに見惚れていた。



  キッチンの床が背中に痛い。
  打ち寄せる波の音が、船体を通して耳に響いてくる。
  甲板ではルフィとチョッパーがふざけているのか、賑やかな声が聞こえてくる。
「ここで、してえ」
  さらりとサンジが言ってのけるのに、ウソップは何も返すことができない。
  仲間に自分たちの関係が明らかになった時に、どうしたらいいのかがわからない。
  別に悪いことをしているというわけではないのだが、なんとなく後ろめたい気がするのは何故だろう。
「だ……駄目だ」
  掠れた声で、ウソップは呟いた。
「駄目だ、サンジ。ここはキッチンだ」
  サンジが大切にしている場所だと思うと、それだけで体が竦んでどうにも手足が動かなくなってしまう。
「ここでするのは勘弁してくれよ」
  半泣きになりながらウソップが訴えると、驚くほどあっさりとサンジは腹の上から退いてくれた。
「今日のところは許してやるから、この埋め合わせは必ずしろよ」
  呆れたように溜息をついてサンジは、ウソップを睨み付けた。
「あ…ああ、そりゃもう、もちろん」
  どもりながらウソップは返したが、サンジは興味なさそうに手をひらひらと振って、キッチンから出ていってしまった。
  パタンと閉じたドアが、ウソップを拒絶するサンジの心のように思われた。
  拒んだのは自分だというのに、罪悪感と共に残された胸の内のモヤモヤに、ウソップは舌打ちをした。
  のそりと起きあがると、溜息をつきながらボリボリと頭を掻く。
「あー、もうっ。いったい俺にどうしろってんだよ」
  小さな呟きが、キッチンの中にポトリと落ちた。



  サンジに避けられているとウソップが気付いたのは、夕飯の時のことだ。
  朝の一件から二人は、どちらからともなく相手を避けていた。
  それでも、仲間たちに妙に思われないようにウソップは適当に言葉を交わすようにしていたのだが、それがまずかったらしい。
  いつの間にかサンジはこれまでにないほど機嫌が悪くなっており、ウソップのほうを見ようともしなくなっていた。
  自分のせいだと、ウソップは思う。
  あの時、サンジを拒んでしまった自分のせいだ。
  キッチンだろうがどこだろうが、サンジに言われるまま、抱いてやればよかったのではないかと、ウソップは思う。
  しかしそうすると、ウソップの気持ちはどうなるのだろうか。
  大切に想っている恋人とキッチンの床の上で初めてというのは、どうなのだろう。自分としては、初めての場所がキッチンというのはあまりいい感じがしない。せっかくなのだから、少しくらい奮発してどこかの港で宿を取って、清潔なベッドの上で……と思うのは、悪いことなのだろうか。
  ──それとも。
  それとも年上のサンジは、ウソップなんかよりもっとずっと手慣れていて、初めての場所などどこでも構わないということなのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれでウソップとしてはなんとなくいい気がしないし、悲しい気もする。
  サンジの本心は、どうなのだろう。
  海の男なら、ベッドの上でなくても構わないということなのだろうか。
  そういったこだわりはなく、ただ好いた相手とのセックスができればそれで構わない、悦楽さえあれば問題はないということなのだろうか。
  どうしたらいいのだろうと、ウソップは思う。
  同じ男というだけでなく、恋人として、サンジの気持ちもわからないでもない。
  しかし、嫌なのだ。
  恋人としてたまにはロマンチックにことを進めたいと思うのは、自分が年下で、恋愛に対して甘いイメージしか持っていないからなのだろうか。
「どうしたもんかな……」
  呟いた途端、溜息が出た。
  同時に、ポロリと涙が零れ落ちた。



To be continued
(2006.5.23)
(加筆修正2009.11.22)



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