強がりの君 3

  うららかな春の日差しを求めて、その島にたどり着いた。
  穏やかな風が吹き、花々の甘い香りがそこここに満ちている。
  水平線の向こうに島が見えたきた時、いちばんに喜んだのはサンジだった。表向きにはいつもとかわらない様子だったが、本当は誰よりも島に到着したことをサンジは喜んでいた。
  さりげなくウソップのそばを通り過ぎる時に、サンジはニヤリと口元に意地の悪い笑みを浮かべた。
「あの約束、覚えてるよな」
  ニヤニヤと笑いながら、サンジは通り過ぎて行った。ちらともウソップのほうを見なかったからだろうか、余計に心臓がドキドキとして、追いつめられているような感じがした。
  もちろん、ウソップは約束を覚えている。
  次の島に着いたら港町のどこかに部屋を取ろうと言い出したのはウソップのほうからだ。それがその場しのぎの言葉だったとしても、今のサンジには通用しないだろう。
  溜息をついて、ウソップは海を見おろす。
  チャプン、と船縁にあたる波の音が耳に優しい。
「ああ……」
  呟いて、また溜息をつく。
「なんで俺は、あんな簡単に約束なんてしちまったんだろう……」
  今さら後悔したところで、どうにかなるわけでもない。
  一度口にしてしまった言葉を取り消すわけにもいかず、ウソップは手摺りにもたれてぐい、と身を乗り出した。
  じっと水面を見つめていると、海の青さに、吸い込まれてしまいそうな感じがしてくる。
  どうにも言い表すことのできない気持ちが胸の中でグルグルと渦巻いていて、悪酔いしそうな気分だった。



  メリー号が港に入ると、サンジはそそくさと下船の準備をした。
  買い出しのためにウソップを連れて行くとサンジが真っ先に宣言したため、船番としてゾロが居残ることになった。ナミは、ルフィを連れて島の様子を見に行くと言っていた。
  どうしてこんなことになってしまったのだろうと、ウソップは泣きたい気分だった。
  別に、サンジが嫌いというわけではないし、苦手というわけでもない。恋人としてのつきあいがあるぐらいだから、マイナスの感情よりもプラスの感情のほうが大きいはずだったが、今回に関して言うと、逃げ出したくてたまらない気持ちになることがあった。
  もちろん、性的な行為には正直、興味がある。
  ただ、サンジが積極的なのが苦手なだけだ。
  もっとゆっくり進展していきたいと思うのは、これは贅沢なことなのだろうか。
  サンジの後ろをついてトボトボと港町を歩いていると、いつの間にか市場を通り過ぎていた。
「あれ……サンジ、買い出しはいいのか?」
  尋ねるウソップに、サンジは愛想良く笑った。
「いいんだよ。目星はつけているから、後で買えばいいだけだ」
  その言葉は多分、本当のことだろう。ただブラブラと歩いているだけのように見せかけて、サンジは割と細かいところまで目を光らせている。市場の露天の中にいくつか、気に入った店があったようだ。
「そんなんでいいのか?」
  聞こえないようにポソリと呟いたつもりだったが、くわえ煙草のままサンジは振り返り、ギロリとウソップを睨み付ける。
「いいんだよ、今日は」
  そう言ってサンジは、尻込みするウソップを強引に木賃宿に連れ込んだ。



  通された部屋は、汚くはないが簡素な部屋だった。
  丁寧に繕われたカーテンが、表からの視線を遮断している。おそらく、どこの宿も似たようなものだろうが、少なくともこの部屋は清潔に見えた。
「こ、こ……」
  何を言えばいいのだろうか。
  もたもたとウソップが口を開くと、サンジが身振りで座るように示した。
「ほら、座れよ。とりあえず落ち着け」
  鷹揚なサンジの言葉に、ウソップはベッドの端にちょこんと腰をおろした。たらたらと脂汗が出ているのだろうか、握り拳を作ると手のひらが汗でべとついていて気持ち悪かった。
  カーテンを開けるとサンジは、ガタガタと音を立てて開閉式の窓を引き上げた。ポケットから煙草を取り出すと、火をつける。面白くなさそうな顔のまま一服すると、窓の桟で煙草をにじり潰し、携帯のアッシュトレーに無造作に突っ込んだ。ふう、と、溜息のように大きく息を吐き出してからサンジはほんの少しだけ隙間をあけたまま窓を引き下ろし、カーテンを閉めた。
  背後からウソップが見ていると、白いうなじがちらちらと金髪の下に見え隠れして、それが妙に色っぽく思われた。
「サンジ……」
  何か言わなければと口を開くと、唇に指を押し当てられた。そっと触れるサンジの指は少しひんやりとして、毎日の水仕事のせいかざらついている。
  この指に触れたいと、ウソップは思った。白くて繊細な指先に、触れたい。
  そっとサンジの手を掴むと、口元に持っていく。荒れた手の甲に唇を押しつけてから、指の一本いっぽんにまで唇で触れた。
  目を細めてウソップを見おろしていたサンジは、満足そうに喉を鳴らした。



  ベッドにもつれ込んだ二人は、何度も口づけを交わした。
  日は高く、カーテンを通して明るい日差しが部屋の中に差し込んできているのが感じられる。
  チュ、と音を立てて唇を放すと、ウソップの腹の上に馬乗りになったサンジがゆっくりとシャツのボタンを外し始めた。
  じっとウソップの目を見つめて、ひとつひとつのボタンを丁寧に時間をかけて外していく。
  サンジの股の下でウソップが、ゴクリと唾を飲んだ。喉を上下させると、もの欲しそうにサンジへと手をさしのべる。
「サン…ジ……」
  掠れた声が愛しくて、サンジは口元に笑みを浮かべた。
  ペロリと舌でねぶって下唇を湿らせると、サンジはさしのべられたウソップの手を取り、自らの股間へと導いた。
「……今からすることが嫌だったら、もう二度と俺に喋りかけるな。嫌じゃなかったら……観念して、ここで俺を抱け」
  やわらかな笑顔でサンジはそう告げた。
  いつになく真剣な眼差しで、じっとウソップを見つめている。
「あ……」
  ウソップは、サンジの目から視線を外すことができなかった。
  どうしたらいいのかは、頭の中ではよくわかっている。
  急に喉がカラカラになって、ウソップは何度も唾を飲み込んだ。
「なぁ。お前は、どうしたい?」
  今度こそウソップは、逃げ出そうとはしなかった。
  指先に力を入れてサンジの股間をゆっくりとなぞり上げる。
「俺、は……」
  言いながらウソップは、サンジのズボンの前をさっと広げると、下着の中へと手を滑り込ませた。
  ドキン、ドキン、と、鼓動が高鳴っているのは、この行為がウソップにとっては初めてのことだからだろうか。
  行為の合間にウソップは、何度もサンジの顔を見た。自分のしていることが間違ってはいないかどうか、確かめるためだ。
  この年上の恋人はしかし、いつもと違って今日は文句ひとつ言おうとしない。
  ただ、何食わぬ顔をして艶やかに微笑むばかりだった。



  淡い色をした乳首に恐る恐る、舌を近づけた。ペロリと舐めると、サンジの体がピクンと震える。
「……焦らすなよ」
  この行為に至るまで、散々焦らされ、待たされた。
  もう、待つのは嫌だとサンジはぐい、とウソップの頭を両腕で囲い、胸に抱きしめる。
「うわっ……」
  驚いたウソップが上げる声さえも、サンジの肌を震わせた。もう待てないと焦げ茶の癖毛に手を差し込み、乱暴に指で掻き乱した。
「ウソップ。早く続けろ」
  横柄な口調が、子どもの我が儘のようにも聞こえる。ウソップはこっそりと笑った。
「早く…──」
  そう言ってサンジは、ウソップの髪に口付ける。額や鼻先、顎へと順番に唇で触れ、最後に唇にキスをした。悪戯をしかける子どものように、サンジは舌先でウソップの唇をつついてくる。ウソップが唇を開くと、すぐさまサンジの舌が口の中へと入り込んでくる。あたたかくて、少しざらついている舌が、うねうねと口の中で蠢いている。
「ん……」
  唾液が混ざり合い、唇の端からたらりと零れ落ちて、サンジの顎を濡らした。
  腹の上に乗り上げたサンジの股間が張り詰めているのがちらりと目に映ったが、自分の股間はそれどころではない。サンジの尻に当たった感触から、どんな状態になっているかがはっきりとわかっていることだろう。
  それでもサンジは、ウソップを求めている。
「早く、欲しい……」
  まるで溜息をつくように、優しい声でサンジが呟く。
「俺、も……だ……」
  躊躇いがちにウソップが返すと、よくできましたとサンジは笑う。それから腹の上に乗り上げた体勢のままサンジはくるりと向きを変え、ウソップのジーンズを下着ごと引きずり下ろした。



To be continued
(2009.12.5)



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