『恋はトツゼン! 2』



  翌日から、あの緑の髪の青年が店に日参しだした。
  朝八時の開店直後から、夜十一時の閉店間際まで、コーヒー一杯で粘るのだ。
  そう広くはない店内には、四人がけのテーブルが三セット、六人がけと二人がけのテーブルが一セットずつ、それにカウンター席が六人分用意されている。青年が居座っていても営業にはそう支障はないが、やはりお昼の時間帯にいられると、邪魔になってしまう。おまけにどう見てもチンピラ風にしか見えない外観のせいで、心なしが客数が減っているような気もしないでもない。
「悪く思うなよ。これが俺の仕事なんだ」
  悪びれた風もなく、青年は言った。
  そのたびにサンジは過剰な反応を示す。
  ゼフからは相手にするなときつく言われていたが、どうにもサンジの気持ちは納まらなかった。
  もともとこの洋食屋は、ゼフの知り合いから土地を借りていたものだ。賃借契約とは形ばかりのもので、知人はこの店を心から愛してくれていた。それが、このところの不景気でどうやら売りに出してしまったようなのだ。契約相手のゼフに連絡が一切なかったのは、知人が数ヶ月前に夜逃げをしてしまっていたからだ。
  ゼフも、相手と連絡が取れないことで薄々は何かを感じ取っていたようなのだが、まさかこんなことになっていようとは考えもしていなかったらしい。青年から受け取った封筒の中身を手に取っては溜息を吐き、といった動作を緩慢に繰り返すのみで、すっかり意気消沈してしまっている。
「クソジジイに何かあったら、てめぇのせいだからな」
  ガチャン、と青年の前にコーヒーを出しながら、サンジはぶっきらぼうに言った。
  青年はそんなサンジににやりと笑う。
「面白れぇ。そん時ゃ、どうすんだよ」
  まっすぐな眼差しに威嚇され、その瞬間、サンジの背中に冷や汗がどっと溢れ出す。
「あ? 何かあったらどうする、って聞いてんだよ。俺を殺すか?」
  そう言うと青年は、がははと大きな口を開けて笑った。



  四日目の朝、開店時間に青年はやって来なかった。
  もう諦めたのかとサンジはホッとすると同時に、何故だか寂しいような奇妙な気持ちにとらわれた。
  あの緑の髪の青年が店に来ていたのはたったの三日間だけだったが、会えないとわかるとどこか物足りない感じがしてならない。
  何故、彼は来ないのだろうかと苛々していると、カラン、と入り口のベルが鳴った。
  反射的にサンジが顔を上げると、緑色の髪の青年が立ち尽くしていた。
「おいおい、穏やかじゃないな」
  眉をひそめてサンジは言った。ちょうど客足の途切れたところでサンジは煙草をふかしていた。薄荷煙草のほのかなかおりが店内に漂っている。
「ちょっとな……」
  そう返す青年の目の縁には赤紫色の痣ができており、左足にはじんわりと赤いものが滲んでいる。血だ。よく見ると着ているものも昨日と同じで随分と薄汚れている。一日でここまで汚れることはまずないだろう。余程のこと……一人二人を相手の小競り合いなどではなく、もっと派手に暴れなければここまで汚れることはないように思われた。
「そんな汚いナリで店に居座られちゃ、売り上げに響く」
  今日は朝から暇でよかったと思いながら、サンジは入り口に準備中の看板をかけた。それから中に戻ってくると、青年の腕を取って店の奥へと案内をした。
「アンタ……ええと……」
  名前を呼ぼうとして、もう四日も顔を合わせているというのに彼の名を知らないことにサンジは初めて気付いた。そう言えば、名前を聞こうと思ったことは一度としてなかった。知る必要がなかったからだ。困ったように黙り込むと、青年が微かに笑った。
「ゾロだ。俺はロロノア・ゾロってんだ」



  店の奥には簡易式のバスルームと休憩室がある。
  急に用事ができて店に泊まり込むこともあるため、もう十年ほど前に簡単な設備を増改築していた。サンジはここに寝泊まりするのが好きで、自分の身の回りのものも最低限の範囲内で持ち込んでいる。時々、ゼフと一緒にいると息が詰まることがあったから、ちょうどいい避難場所として利用していたのだ。
「風呂はあっちだ。出てきたら、これに着替えろ。洗濯したばかりだから綺麗だぞ」
  バスタオルを押し付けながらサンジは言った。
  幸い、背丈はほとんどかわらない。手持ちの服の中でいちばんラフなものを選んで渡してやった。
  ゾロがシャワーを使っている間にサンジは傷の手当ての用意をした。簡単な救急キットなら常に置いてある。養い親であるゼフとはよく喧嘩をしたし、反抗期には生傷の絶えない日が続いたこともある。そういった経験から、消毒液ぐらいは置いておくように心がけていたのだ。
  シャワーの音が止んでしばらくすると、キィィ、とバスルームのドアが開いた。
  サンジが顔を上げると、腰にタオルだけを巻いたゾロが不機嫌そうな顔をして立っている。なかなか出てこないと思っていたら、まだ服も着ていなかったのかとサンジは眉をひそめる。
「お前……」
  サンジが言いかけたのを遮るようにして、ゾロは言った。
「……てめぇ、いったいどんなもん喰ったらこんなにガリガリになるんだ?」
  そう言われて初めて、サンジは気付いた。背丈が同じでも、自分とゾロとでは横幅が違うのだということに。
  慌ててサンジは下着だけを近くのコンビニまで買いに走った。シャツは何とか着ることができるようだったが、肩のあたりがきついらしく前のボタンは全開のままだ。ズボンを貸すと、ことごとく腰回りが合わない。仕方なくスエットの下を貸したが、どうにも格好がつかない。
  とりあえず傷の手当てを、とゾロへと視線を向けてサンジはぎょっ、とした。全開のシャツの中、胸の少し上から臍のあたりにかけて袈裟懸けに残る大きな傷跡が見えている。バスルームから出てきた時に気付かなかったのが不思議なぐらいの大傷だ。
「足、見せてみろ。血が出てただろう?」
  気付かなかったふりをしてサンジは声をかけた。
「たいしたことないって。これぐらい、舐めときゃ治る」
  そう言って嫌がるのを無理に見ると、確かに足の傷自体はそうたいしたことはないようだが、足首の部分を捻ったのか、こちらも紫色になっている。目の横の痣はおそらく、明日の朝にはどす黒くくすんだ紫色になっているはずだ。
「いったい何をやらかして来たんだ、ええ?」
  喋りながらも手際よくサンジは湿布とテーピングで足首を固定していく。
  チッ、とゾロが舌打ちするのが聞こえた。
「やられたんだよ、女に」
「……にしては、えらく物騒だな」
  そう返してサンジは、目だけでゾロの足の傷を示した。
「そうでもないさ、この土地の権利人だからな」
  と、ゾロ。
「ぁん? ここの権利人にやられたのか? なんでまた?」
  サンジが尋ねると、ゾロは自嘲気味に肩を竦めた。
「俺は、あの魔女に多額の借金がある。お前ンとこにここから出ていってもらったら、その借金が帳消しになるんだ。だから今は、あの女には逆らうことができない。何を言われても、何をされても受け入れることしかできないのさ」
  そう告げたゾロの瞳は遠い日に出会った誰かに似ていて、サンジはその瞬間、どきりとした。






to be continued
(H15.8.28)



ZS ROOM

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