『恋はトツゼン! 5』



「ちょっとゾロ、あんたどういうつもりなのっ?」
  店に入って来るなり、琥珀色の髪の少女が罵声を張り上げた。
  快活そうな外見の娘だ。
「仕事はしている。お前に指図される筋合いはない」
  低い声でゾロが言った途端、娘は手元のグラスを取り上げた。
「偉っそうに言ってんじゃないわよ、この馬鹿!」
  と、そう言うが早いか手にしたグラスの中の水をゾロの頭にひっかけた。グラスに半分ほど入っていた水がゾロの髪を濡らし、ポタポタとこめかみを伝って落ちていく。
「やめなさい。貴女ぐらいの歳になれば、していいことと悪いことの区別ぐらいつくでしょう?」
  もう一人の女が言った。落ち着いていて穏やかな低い声は、彼女たちがゾロと争うためにやってきたのではないことを暗に示していた。背はすらりと高く、艶めいた黒髪と謎めいた瞳が不思議な雰囲気を醸し出している。
「でも……」
  言いかけた娘の腕をゾロは掴んだ。
「まだあと二日、残っているはずだ。それまでは口出しするな」
  少女はしかし、もう片方の手を振り上げた。勢いに任せて少女の手がゾロの頬を打つ。
  小気味よい音が店の中に響いた。



「お前、絶対に何か悪さをしたんだろう」
  にやにやと笑いながらサンジが言う。喋りながらもサンジの手はコーヒーの用意に忙しい。二人連れはゾロと少し距離を取るようにして、カウンター席に腰掛けたからだ。
  ゾロは不服そうにギロリとサンジを睨み付けると、カウンターのテーブルに片肘をついた。
「馬鹿か、お前は。この二人が、ここの権利人……泣く子も黙るニコ商会のロビンとナミなんだぞ」
  と、ゾロが言った瞬間、サンジは軽く手を打って頷いた。
「ああ、お前が借金した相手な」
「……るせっ」
  むすっと頬を膨らませてゾロはコーヒーカップを掴んだ。カップの底にわずかに残っていた茶色い液体をぐい、と一口で飲み干してしまうと、苛々とソーサーに戻す。
  黒髪の女性はそんなゾロを一瞥すると、サンジに向かってにこりと微笑みかけた。
「ごめんなさいね。あなたを困らせるためにこの人を寄越したわけじゃないのよ。ただ、契約書に沿った形で私たちは動いているだけなの。そこのところを理解していただけると嬉しいのだけれど……」
  と、女性が軽く肩を竦めると、サンジは照れたように頬を染めた。
「もちろん、よく解っているつもりです。貴女のような美しい人が…──」
  鼻の下を伸ばしながらもつらつらとサンジは喋り続けている。
「ロビンよ」
  不意に、黒髪の女性が言った。
「ニコ・ロビンっていうの」
  彼女がそう告げただけでサンジは、夢見心地の浮ついた状態になってしまっている。
  香ばしいかおりのコーヒーを女性二人の前に並べたまではよかったが、その後サンジは、二人の笑みにクラゲのように骨抜きにされてしまったようだった。



  店じまいの時間より一時間早く、サンジは看板を下ろすことにした。
  今日は、ゾロをお客として数えるならば、三人しかお客はいなかった。あとの二人はニコ商会のロビンとナミだ。
  元々、そう客数の多い店ではなかった。しかしほんの四、五日でここまで売り上げが落ち込むとは正直、思ってもいなかったことだ。ゼフに何と報告しようかと、増えるはずのない売り上げ金をジャラジャラともてあそびながらサンジはちらりとゾロを見遣った。
「売り上げが……」
  ぽそりと低く呟くと、ゾロはじろり、とサンジのほうへと視線を向けた。
「やりたかないが、これも仕事でな。悪く思うな」
  ゾロがそう言うと、サンジは盛大に溜息を吐いてみせた。
「お前……」
  覗き込むようなサンジの瞳が、じっとゾロを見据える。
「さっきの二人のうちどっちかに淡い想いを抱いているとか、お付き合いしているとか、そんなことはないよな……?」
  サンジが尋ねた瞬間、ゾロはガタン、と音を立てて椅子から立ち上がった。サンジを睨み付ける目が、本気で怒っているようだ。
「恐ろしいこと言うな。俺は、女は嫌いなんだ」
  唸るように、ゾロ。
「……じゃあ、ホモなのか?」
  サンジがそう言った途端、ゾロは両手でテーブルをバン、と力任せに叩いた。
「誰がホモだ、誰が。んなわけねぇだろっ!」
  怒らせてしまったと思いながらも、何故だかサンジは楽しんでもいた。彼が本気で感情を自分にぶつけてくるのを、初めて見た気がする。
  ゾロが怒って店を出ていってしまうと、サンジは看板を下ろすために戸口へと出た。
  湿気を含んだ生暖かい風が吹いており、夜の空はほんのりと赤みを帯びている。
  嫌な夜だと思いながら閉店の看板をドアのノブにかけようとしたところに、人影が映った。
「夕方はごちそうさま。おいしいコーヒーだったわ」



  照明を落とし気味にして薄暗くなった店のカウンター席に腰を下ろし、サンジはロビンとコーヒーを飲んでいた。
「彼……本当は、悪い人じゃないのよ」
  ぽつりとロビンが告げた。
「なんだ、そんなこと。解ってますよ、それぐらい」
  口元に微かな笑みを浮かべてサンジは返す。ロビンは銀色のスプーンでコーヒーを掻き回していた。
「とても優しい人……だと、思うわ。自分が昔、世話になった道場を守るためにうちのナミに借金をしたのよ、彼」
  言われなくても、ゾロが優しい人間だということはとっくに知っている。
  サンジはロビンのほうに視線を向け、じっと見つめた。
「──ゼフ氏に伝えてくれるかしら? 私たちと有益な契約を交わしましょう、と」
  それだけ言うと、ロビンは席を立った。
「また、来るわ」
  静かに、入り口のドアが軋んだ。
  ロビンが店を出ていったのだ。
  サンジはじっとその場からロビンの後ろ姿を見つめていた。






to be continued
(H15.9.20)



ZS ROOM

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