『恋はトツゼン! 14』



  サンジのベッドはそこそこの大きさがあったが、男二人が寝るにはやはり少々狭いようだった。
  互いの身体を抱きしめ合い、相手のにおいを嗅ぎながら目を閉じると早鐘を打つ心臓の音が耳に響いてきた。どちらの心音かは、わからない。
  目を閉じたまま、サンジはうっすらと微笑んだ。
  こうしていると、安心できた。
  二人が一緒にいられる時間はもしかしたら、そんなに残ってはいないかもしれない。
  出会った時にゾロが提示した一週間の期限は、もう目の前に迫ってきている。ゼフはいったいどうするつもりなのだろうかと、サンジはぼんやりと熱の残る頭で考えてみた。
  考えながら、ゾロにしがみつく。
  自分がゾロの妨げにならないよう身を引くべきだという考えが最初に頭の中に浮かんできて、ついでそれでもゾロと一緒にいたいという思いが沸き上がってくる。
  離れたくなかった。
  一緒にいて、こんなにも気持ちが穏やかになる相手はゾロが初めてだ。
  ゾロでなければ意味がない──サンジは掴んだゾロの手をきつく握り締めた。



  不安な夜をゾロの胸にもたれて過ごした。
  翌朝にはすっかり熱も下がり、いつものサンジに戻っていた。
  昨夜、サンジが胸の内で感じていた不安などどこかへ霧散してしまったかのようだ。
  鼻歌を歌いながらサンジはカウンターの中で朝食の用意をしている。
  ゾロとのことは敢えて考えないようにした。考え出せばきりがなかったし、考えること自体が無駄なことのように思われたからだ。
「コーヒー、飲むだろう?」
  コーヒーメーカーから香ばしい豆のにおいがあたりに漂っている。
  頷き、ゾロはちらりとサンジを見遣った。
  軽く口に煙草をくわえたサンジはいつになく穏やかな表情をしている。
  不意にゾロの携帯が鳴った。
「あ……悪りぃ、呼び出しかかった」
  そう断ってからゾロは、携帯に出る。相手が誰だかゾロにはわかっていた。日頃、携帯を使わないゾロに電話をかけてくるのはあの二人以外にはいない。どうせ、ナミかロビンのどちらかに決まっている。
「……」
  通話ボタンを押したものの、ゾロは自分から喋ろうとはしない。
  携帯の向こう側から淡々とした事務的な声が聞こえてくる。ロビンの声だ。会話の内容までは聞き取ることは出来なかったが、サンジの耳にも誰からかぐらいの判別はついた。
  ゾロは始終無言で、携帯の向こうで喋っているロビンの言葉を聞くだけだった。もしかしたら、すぐ傍にいるサンジに会話を聞かれたくないと思ってのことかもしれない。
「──…わかった……じゃあ、後で」
  押し殺したような声でゾロは返すと、不機嫌そうな顔つきのまま携帯を電源ごと切る。
  口元に作り笑いを浮かべたサンジは、コーヒーをゾロの前に出した。
「今から出かけなくていいのか?」



  ほとんど会話もないままに、午前中が終わろうとしている。
  店を開けてもお客はこず、時間だけが無駄に過ぎていく。
  ゾロは結局、店が開店してからはいつもの席にどっしりと座り込んで黙りを決め込んでいた。
  喋らないのはいつものように単なるポーズなのか、それとも朝っぱらからかかってきたロビンからの電話のせいなのか。どちらにしてもむっつりと黙り込み、目を閉じたゾロの表情は険しく、喋りかけるような雰囲気でないことだけは確かだった。
  手持ち無沙汰なサンジは新聞を眺めていた。
  店に来たお客が見るために用意している新聞だったが、客足の途絶えたここ何日かはサンジ一人が新聞を読んでいる。
  サンジが次の頁を捲ろうとした時、店の入り口にロビンの姿が見えた。
「ロビンちゃん……」
  サンジが呟くのとゾロが目を開けるのは、ほぼ同時だった。
  怖いぐらいの表情で入り口を睨み付けると、ゾロはじっとロビンが店内に入ってくるのを待った。
  カラン、と入り口のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、ロビンちゃん」
  相好を崩してサンジが声をかける。
「こんにちは。また、あなたのおいしいコーヒーをいただきに来たわ」
  愛想よくロビンが返すと、サンジはいそいそとコーヒーの用意を始める。それを横目で軽く睨み付けてからゾロは、口を開いた。
「おい、俺にもコーヒー」
  サンジが思っていたよりも不機嫌そうではない声で、ゾロ。
  電話がかかってきた時にはあれほど不機嫌そうだったのに。どういうことだろうかとサンジがゾロのほうへと視線を向けると、その向こう、ウインドウ越しに連れ立って歩いてくるゼフとナミの姿が見え隠れしていた。



「気になる?」
  フフッ、と笑いながらロビンが尋ねる。
  サンジは首を横に振りながらも、彼女のその何気ない仕草にどきりとしていた。
「ここの店はね、我が社の抵当に入ったの」
  そう言ってロビンは、指を組んでその上にほっそりとした顎を乗せた。
「オーナー・ゼフとあなたはさしずめ、委託の現場スタッフ、ってところかしら」
  ちらりと上目遣いに見上げるロビンの眼差しは、酷く色めいている。
「じゃあ、店は……──」
  サンジが言いかけたところで、カラン、とドアベルが鳴った。
「ジジィ……」
  ゼフが、ナミと共に店に入ってくる。
  一見したところゼフは不機嫌そうな表情をしていたが、サンジの見立てではそう機嫌は悪くないようだ。
  ナミがにこやかに言い放った。
「ごきげんよう、皆さん」
  すぐさまナミの声に反応したゾロが、ぎょろりと視線を巡らせる。
「サンジくん、明日からよろしくね」
  そう言われて、サンジは不思議そうに首を軽く傾げ、まじまじとナミを凝視した。言われたことの意味がよくわからなかったのだ。
「今、言ったでしょう?」
  小さく笑ってロビンが言った。
「この店を担保にしたオーナー・ゼフの判断は、間違っていないと思うわ」
「……担保?」
  鸚鵡返しにサンジが呟く。
「ええ、そう。土地の権利は私たちが持っている。そしてオーナー・ゼフは、この店の権利を。だから私たちはお互いに協力し合うことにしたの」
  担保という言葉がロビンの口から出た途端、サンジはゼフを見据えた。いったい、ゼフはあの厳つい顔の下にどんな思いを隠しているのだろうか。どう思って彼は、この店を抵当に入れたのだろうか。そんなことを考えながらサンジは、この頑固な養い親の胸の内を読み取ろうとしていた。
「要するに、こいつらにここから出ていってもらう必要がなくなった、ってことだろう?」
  苛々とゾロが口を挟んできた。
「そうなのか?」
  気の抜けたような声で、サンジがぽそりと呟いた。
「俺たちは、出ていかなくてもいいのか?」
「ま、そういうことね」
  満面に笑みを浮かべ、ナミが頷きかけた。






to be continued
(H15.12.16)



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