甘く、深く2

  はだけた衣服の上に、ジャーファルは不本意ながら排便しなければならなかった。
  シンドバッドはその様子を、一部始終眺めていた。
  恥ずかしいのと、腹立たしいのとでジャーファルの頭の中が真っ白になる。
  肛門がヒクヒクとなって、中から茶色い塊が押し出されてくる。その瞬間の感覚はしかし、不快なものではない。
「……っ」
  腹の中を満たしていた液体と一緒に排出されたそれは、多量の水分を含んで柔らかくなっていた。
  頭を上げて足の間を見ると、茶色い液体が衣服に染みていくところだった。このまま王の寝具に染みが残ったらどうしようと、ジャーファルは頭の中でそんなことを考えている。
「これで全部か?」
  シンドバッドが尋ねてくる。
  拗ねたように唇を尖らせ、ジャーファルはシンドバッドを睨み返す。
「さあ、どうでしょうね」
  多分、これで全部だろうと思われたが、確信はない。「私にもわからないことを、いちいち尋ねないでください」とつっけんどんに言い返せば、シンドバッドはいっそう嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、とりあえず綺麗にして、ヤムライハの軟膏を使うとするか」
  新しく手に入れた玩具で遊びたくて仕方がない子どものような表情だ。屈託がなくて、純真で……それなのに、いやらしい目つき。
  ぐい、と足を引き上げられたかと思うと、シンドバッドの手が濡れた布でジャーファルの尻についた汚れを拭い落としていく。こんなことをしたがる者なんて、珍しいのではないだろうか。仮にも一国の王が、だ。こんなふうに臣下の尻の汚れを嬉々として拭うところなど、ジャーファルはこれまで一度として見たことがない。
  衣服の上に残る汚物はそのままにして、シンドバッドはジャーファルの足から手を離した。
  汚れを落とすのに使った布は架台のたらいに入れて、そのすぐそばに置かれた軟膏を手に取る。
「わざわざ異国から取り寄せた媚薬を練りこんであるらしいぞ」
  再び足首をシンドバッドの手が掴む。膝を広げさせられ、尻の奥にするりと指があてがわれた。べたついた軟膏まみれの指が後孔に触れたかと思うと、襞の縁を執拗に何度もなぞっていく。
  べたついた感触が気持ち悪くて、ジャーファルは腰を揺らしてシンドバッドの指から逃れようとした。そのたびにシンドバッドの手が足首を掴み直し、ジャーファルの尻の、普段は誰も目にしないような場所を露わにした。
「ぁ……」
  不意に、ジャーファルの口から微かな声が洩れた。
  襞の隙間にシンドバッドが指を突き立て、中へ押し込もうとしている。指先だけを出し入れしているうちに、ジャーファルの体温で融けだした軟膏がクチュクチュと湿った音を立てるようになった。恥ずかしい音がやけに大きく響いているのは、気のせいだろうか。
「シン……やめっ……」
  膝を合わせてシンドバッドの手を拒もうとするが、後孔に潜り込んだ指の、そして足の間に差し込まれた腕のせいで、どうしてもうまくいかない。それでもしつこく膝を閉じようとしていると、ぐい、と自由なほうの足をいっそう大きく開かされ、肩にかけられてしまう。
  後ろに潜り込んだ指と軟膏の感触が気持ち悪くて、ジャーファルは気になって仕方がない。数えるほどの回数しかこなしていない性行為は、裸になって互いの性器を触り合うだけのものでしかなかった。これまで、襞の縁をなぞられることはあっても中に指を潜り込ませてくるようなことをされたことはなかったのだ。
「痛いか?」
  尋ねられ、ジャーファルは首を横に振った。
  痛いのではない。痛みなら、多少は我慢ができる。だがこの違和感は、どうやり過ごせばいいのだろう。
「……よく、わかりません」
  シンドバッドの小指が、丁寧に時間をかけてジャーファルの中に潜り込んでくる。指の根本まで押し込まれ、内壁を優しくなぞられた。
「少し……きつい、です……」
  シンドバッドが自分を傷つけることなどないとわかってはいても、やはり体の中を触られるというのはあまり気持ちのいい話ではない。信じていないわけではなかったが、少しばかり怖くもある。
「そうだな。もう少し軟膏を足してみよう」
  小指ですら違和感があるのだ。これが他の指だったなら……いや、シンドバッドの性器だったら、間違いなく自分の襞は裂けてしまうだろう。
  ちらりと架台に置かれた洋ナシ型の器具へと視線を馳せ、ジャーファルはそっと息を吐いた。
  シンドバッドのものほど太くはないが、あの器具はどう見ても、シンドバッドの小指より細くはない。あれを自分の中へ入れるのだって、きっと一苦労するはずだ。いっそやめてくれて泣いて懇願したなら、シンドバッドは気持ちを翻してくれるだろうか。
  そんなことを考えていたら、低い声でシンドバッドが静かに告げてきた。
「ほら、緩んできたぞ」
  内壁に指を這わせたまま、くい、と中で指を曲げられた。狭い部分を押し広げるようにしてシンドバッドの指が、内壁をそっと擦っていく。
「ゃ……」
  圧迫感から逃れようとして腰を捩ると、いっそう圧迫感が大きくなる。
「……く、ぁ」
  腕を繋ぐ鎖を握り締め、眉間に皺を寄せてシンドバッドを睨み付ける。
  こんなことはやめて欲しかった。
  さっさと終わらせて、今日はもう何もしないで眠らせて欲しいと思う。
  そもそも、男同士で身体の関係を持とうとしたことが間違っていたのかもしれない。
  自分には無理だ。これ以上シンドバッドのために身体を好き勝手触らせるのは、嫌だ。
「も、や……」
  ぐち、と湿った音がした。それから、腰がヒク、と小さく跳ねた。自分の意思でしたことではない。
「な──に?」
  むずむずとした感覚が、腹の底からこみあげてくる。
  これまで、シンドバッドと抱き合った時に感じたのと少し似ているような気がする。
「軟膏のおかげかな」
  何でもないことのように、さらりとシンドバッドが呟いた。
  ヤムライハが媚薬を練りこんで作った軟膏らしいから、その効果が表れてきたのだろう。
「もう……もうやめましょう、シンドバッド」
  これ以上続けたら、自分はとんでもなくみっともない姿を晒してしまうことになるのではないだろうか。傷つけられるのではないかという恐怖よりも、シンドバッドの前で醜態を晒してしまうことに対する不安のほうが、今のジャーファルには大きかった。
  これ以上続けらけたら、もっともっとみっともないことになりそうだ。
  もう、やめてほしい。これ以上は触らないで欲しい。
「駄目だ」
  しかしシンドバッドははっきりとそう一言、低く告げただけだった。



  シンドバッドの指がゆっくりとジャーファルの中を犯していく。
  小指の太さに慣れたら、次は薬指だ。
  ぐちぐちと湿った音を立てながらシンドバッドの指が、ジャーファルの襞の隙間に突き立てられる。出して、入れて、それから中でぐにぐにと蠢きながら、ジャーファルの硬い部分を解していく。
  中で軟膏が溶けてトロリと尻を伝っていく感触に、ジャーファルは顔をしかめた。
  自分のほうからは見えないが、きっとシンドバッドのほうからはいろいろなものが見えているのだろう。
「あ、ぁ……」
  つぷ、と突き立てられた薬指が、襞を押し広げようとする。窄まった部分を広げられたかと思うと、別の指も中へと潜り込んでくる。
「二本、入ったぞ」
  言いながらシンドバッドが指を動かすと、くち、と淫猥な音が響いた。
「ひっ……んっ」
  唇を噛み締め、ジャーファルは声を飲み込もうと必死だ。むず痒いような感覚は、次第に大きくなってきている。窄まりの周囲、太腿のあたりにシンドバッドの腕が触れただけでも、背筋がゾクゾクするのはどう考えてもヤムライハの軟膏が原因ではないだろうか。
  クチクチと湿った音を立てながら指の動きが大きくなっていく。嫌だ、やめてくださいと口にしかけた言葉を飲み込んで、かわりに何度も唇を噛み締める。いつの間にか、噛み締めた唇の端が切れていた。舌で舐めると、錆びついた鉄の味がして気持ち悪かった。
  少し前から腹の底で燻っていたむずむずとした感覚が、気付けば堪えきれないほど大きくなっていた。
  頭を上げ、ジャーファルは自身股間へと視線を向ける。勃起した性器は硬く張り詰めていた。
「ああ……」
  媚薬のせいだと思うと、わずかだが気持ちが楽になる。自分がはしたないせいではない。自分の意志が弱いわけではない。そんなふうに何かに責任を転嫁したいだけかもしれなかったが、それでも今は構わない。
「……シン」
  ねだるようにジャーファルは、自分から腰を揺らした。
「大丈夫だ。この一回でお前を壊してしまうようなことはしない。もちろん、この先だって壊しはしない」
  腹を括れとジャーファルは胸の中で自分を叱咤した。
  シンドバッドの言葉に嘘はないだろう。彼がこう言うのだから、絶対にジャーファルを傷付けることはない。それは、これまでのシンドバッドに対する信頼からくるものだ。互いに相手を信じ合うことで繋いできた絆が、それだけ強いということだ。
「いいか?」
  静かに尋ねられ、ジャーファルは微かに頷いた。
  痛みを堪えるだけでいいのなら、お手の物だ。そういった訓練は、幼い頃から受けてきた。痛みを逃がすために気を逸らし、別のことを考えていればいいのだから。だから多少の痛みなら耐えられると思っている。それにこれは、好いた相手から与えられる痛みだ。きっとそれは、ただ苦しいだけのものではないだろう。
「……どうぞ、お好きなように」
  諦めたわけではない。
  シンドバッドを信じているから、今の言葉が出たのだ。
「ですが手早くお願いします」
  素早く、事務的に。自分が痛みを感じるよりも早く、器具が体の中から出ていけばそれで充分だ。
  ジャーファルはゆっくりと息を吸った。
  すぐに尻に冷たい金属が宛がわれ、ゾクリと背筋を震わせるよりも先に器具の先端がつぷりと体の中へ捻じ込まれた。
「あ、あ……」
  知らず知らずのうちに体に余計な力が入ってしまう。慌てて体から力を抜こうとするが、なかなかうまくできない。
「っ、あ……」
  ズブズブとめり込んでくる感触が苦しかった。内臓がせり上がるような圧迫感と、じわじわとこみあげてくる恐怖。握り締めた拳の中で爪を立てると、ジャーファルは歯を食いしばる。
「いいぞ。そのまま息を吐け」
  シンドバッドが低く囁く。
  眉間に皺を寄せ、小難しい顔をした国王は、慎重な手つきで金属の器具をジャーファルの体の中に収めてしまった。
  それからゆっくりと、ジャーファルの腹の中に収めたものが形を変えていくのが感じられた。
  シンドバッドが時間をかけて洋ナシの支えの部分を引いていくにつれて、ジャーファルの腹の中の圧迫感がさらに増す。
  ゾクゾクするのは、恐怖だろうか。なんて甘美な恐怖だろうとジャーファルは思った。
  愛する男の手によって自分の体を作り変えられる、恐怖。甘くて甘くて、今にもジャーファルの心臓は張り裂けてしまいそうだ。
「ぁ、く……」
  内壁への圧迫が、いっそう大きなものへとかわる。洋ナシの形が変化して、体の奥のほうに入り込んだ先端部分をふっくらとさせていく。内臓がせり上がり、軽い吐き気をジャーファルは感じる。腹の中が、そして骨盤が、内側から開かれていく。
「ぐ……ん、ぅ……」
  爪を立てたてのひらが痛かった。そして噛み締めた唇が。それでも、体の中を変えられる痛みには遠く及ばない。窄まった部分が引き攣って、ピリピリとしている。裂けるほどのことをシンドバッドがするだろうとは思えなかったが、痛いことに変わりはない。
  それでもジャーファルは泣き言を口にしなかった。
  シンドバッドは素早く器具を操ると、今度も時間をかけてゆっくりと洋ナシを元の形へと戻していく。
「はや、く……」
  ジャーファルの背筋がゾクゾクしている。
  気持ち悪いのか、それとも気持ちいいのか、よくわからない。
  わからないが股間の性器はいまだ硬く張り詰めたままだし、みっともないことに先端からは透明な先走りをトロリと滴らせてもいる。
「シン、早く……」
  懇願するようにジャーファルが甘く囁く。
  シンドバッドはジャーファルと視線を合わせると、微かに頷いた。それと同時に、ジャーファルの身体の中から内臓を引きずり出すような感覚がして、器具が引き抜かれていくのを感じた。
「あ、あぁ……」
  堪えなければとジャーファルは思った。
  何を堪えるのかはわからなかったが、堪えなければと思った。
  拳をいっそう強く握り締めると、ジャラ、と鎖が音を立てた。
  洋ナシが引きずり出されるにつれて、ぐちゅぐちゅという湿った音が聞こえてくる。それから、腹の奥のほうから滴る融けた軟膏と、便の残りが一緒くたになって身体の外へと尻を伝い降りてくる。
「も、ムリ……」
  立て膝にしていた足がかくかくと震えて、ジャーファルの下腹がヒクヒクと痙攣したように震えた。
「シン……シン……」
  掠れて啜り泣くような声でジャーファルは、恋人の名を呼んだ。
「ああ……大丈夫だ。傷は付けない」
  シンドバッドの力強い声がして、ジャーファルは陶酔しきったような甘い溜息と共に精を放っていた。



(2015.1.2)


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