甘く、深く3

  結局ジャーファルの体は、あの痛みも恐怖も含めて、すべて快感と捉えてしまっていた。
  洋ナシが体の中から引きずり出された瞬間、ジャーファルの性器は白濁したものを放っていた。自身の腹や胸のあたりを白濁で汚したジャーファルは、トロンとした目でシンドバッドを見上げている。
「シ、ン……」
  震える声で男の名を呼ぶ。掠れた声は自分でもぞっとするほど欲情していた。なんていやらしくて、浅ましい声なのだろう。
「気持ちよさそうだったな、ジャーファル」
  そう言うとシンドバッドは、まだ先端からトロトロと残滓を滴らせるジャーファルの性器に手をかけた。
「ん、ぁ……」
  くちゅっ、と音を立てて、竿を扱かれた。
  優しい手つきだが、強弱をつけててのひらぜんたいで竿を擦り、ジャーファルを再び追い上げようとしている。
「も、やめ……」
  弱々しく訴えると「だめだ」とあっさり却下されてしまった。
「まだ、物足りないだろう?」
  言われるまでもなかった。
  腹の底にはいまだ熱が燻っており、ジャーファルの体を苛んでいる。媚薬の効果もあるのだろう、きっと。シンドバッドに触られている前だけでなく、さっきまで器具を突っ込まれていた体の中もじくじくと欲望が渦巻いているような感じがする。
「ん……」
  引きずり出された器具のかわりに別のものが欲しいと告げることは簡単だったが、それはできないことだった。言ってしまえば自分は、堕ちてしまう。男の自分が、尻に何か──明確に言えばそれは、シンドバッドの昂りだ──を入れて欲しいなどと口にするのは憚られた。
「すごいな。後ろがヒクヒクして……ほら、中からまだ軟膏が出てきてるぞ」
  もう一方のシンドバッドの手が、するりとジャーファルの尻を撫でた。
「ぁ、んんっ」
  その瞬間、ゾクリとジャーファルの背筋に痺れるような何かが走る。
「閉じてしまう前に、もう少し慣らしておくか」
  独り言のようにポツリと呟くとシンドバッドは、ジャーファルの竿から手を放した。それから器用な手つきでジャーファルの腕と脚を拘束していた鎖を解いていく。
「……な、に?」
  怪訝そうにジャーファルはシンドバッドの顔を見た。
  これ以上、どうしようというのだろうか。
「風呂で綺麗にしてやる。それから、もう少しだけ気持ちよくなれるようにしてやるからな」
  満足そうな笑みを浮かべてシンドバッドが言うのに、ジャーファルはよくわからないながらも微かに頷いた。もう、どうとでも好きにしてくれればいいといったところだろうか。
  ジャーファルはシンドバッドの腕に抱き上げられ、浴場まで運ばれた。途中、誰かと顔を合わせるのが怖くてジャーファルは始終俯いていた。こんな姿を見られたら、何を言われるかわかったものではない。
  シンドバッドにしっかりとしがみつき、下ばかりをじっと見つめている。目の端に入ってくる床の模様を追いながら、この男に身体をまさぐられるのは嫌ではないとジャーファルは考えた。骨ばってごつごつした手も、意地悪く引っ掻いてくる爪の先も、ざらざらとした舌も好きだ。
  だけど、これは……こんなのは嫌だ。身体を繋げる行為だけが愛ではないことも理解しているし、特殊な嗜好の者がいることも知っている。この男が最後まで身体を繋げようとしなかったのは、もしかしたらそういった特殊な嗜好を持っていたからかもしれない。
  そのこと自体は別に、気にはならない。ただ、心の底ではそんなシンドバッドであったとしてもこれまでとかわりなく愛情を感じているというのに、最後まで身体を繋げてしまうことに対して気持ちがついてこないことにジャーファルは気付いてしまった。
  もしかしたら、自分の覚悟が足りなかったのかもしれない。
  シンドバッドの全てを理解したつもりでいたが、そうではなかったことがショックでならないのかもしれない。
「シン……」
  しがみついた衣服をぎゅっと皺ができるほど強く握り締め、ジャーファルは微かに身体を震わせた。
  最後まで行為をすることに対して、急に恐怖心を感じるようになってしまった。正直にそう告げたなら、シンドバッドはどう反応するだろう。怒られることはないだろうが、互いの関係がぎくしゃくしてしまうのではないだろうか。そんなことを考えると、これから先のことを不安に思うのも、いけないことのような気がしてならない。
「シン、怖い……」
  ボソリと呟いて、ジャーファルはシンドバットの肩口へと頭をすり寄せた。
  男同士のセックスがどんなものかは知っているつもりだった。だが、これ以上はもう無理だ。日を改めたとしても、こんなことを毎回繰り返すのならば、できることならご免こうむりたい。覚悟はしていたはずなのだが、自分の考えは随分と甘いものだったのだろう。
  これまでのような緩やかな触れ合いではいけないのだろうか。互いに相手の性器を握るだけでも、充分に気持ちよくなることはできるはずだ。それでいいではないか。それ以上を求める必要など、どこにもない。
  だけど……。
  唇を震わせ、ジャーファルは掠れた声を押し出した。
「──…ぃ」
  もう、やめてください。
  そう言いたかった。
  はっきりと口に出して告げることができたなら、シンドバッドはおそらくジャーファルの気持ちを汲んでくれるだろう。
  それなのに、ジャーファルの口から出た言葉はまったく反対の言葉だった。



  宮殿の奥にある、王専用の浴場にジャーファルは連れていかれた。
  その頃にはジャーファルの体に塗り込められたヤムライハの軟膏は粘膜を通してすっかり体内に吸収されていた。身体のどこに触れられてもピリピリとした痺れるよう感触がジャーファルを襲い、少しの刺激ですら快感に変換された。
  大理石の床にジャーファルを下ろしたシンドバッドの手に優しく体を抱きしめられると、言いようのない快感が体の中を駆け抜けていく。フルッと体を大きく震わせたジャーファルは、シンドバッドにしがみついた。
  体のそこここが熱くて、たまらない。疼くような、もどかしいような苦しさが腹の底で渦巻いているような気がして、思わずジャーファルは腰をシンドバッドの太腿に押し付けていた。
「助けて……くださ、ぃ……」
  掠れる声は、甘えるように媚びていた。
  自分でもみっともないということはわかっていたが、一度そう告げてしまえば止まらない。
  ねだるように腰をすり寄せ、シンドバッドの腕にしがみついたジャーファルははあっ、と吐息を零した。
  恥ずかしさを誤魔化そうと下を向くと、二人の間にあった自身の昂りが目に入ってくる。いちどは萎えたはずの竿がいつの間にか硬く勃ち上がっていた。それに気付いたのか、シンドバッドも同じようにちらりと下を見て、低く満足そうに笑った。
「体の隅々まで綺麗にしてあげるよ、ジャーファル」
  そんなふうに甘い声で囁かれると、何もかもこの男の前に投げ出したくなる。心は、もう何年も前からこの男に心酔し、預けきっている。しかし身体は……こういった関係になってからは、気持ちに流されしまわないように特に気を付けてきた。あってはならないことだ。最後の一線を越えてしまうようなことにならないように、ずっと自制してきたのだ。ここから先は……。
  唇を噛み締めたジャーファルの耳元で、シンドバッドが小さく笑うのが感じられた。喉の奥で低く笑うと彼は、ジャーファルの身体を撫で回し始める。大きな手が何度も背中を行き来し、ゆっくりと尻の狭間へと下りてくる。ジャーファルの後孔は知らず知らずのうちにヒクついた。待ち望んでいるものは、シンドバッドの指だ。太い指で孔をこじあけ、侵入してきてほしいと思ってしまう。節くれ立った指で中を掻き混ぜ、擦ってほしい。それからあの太いもので、たっぷりと時間をかけて犯されたい。そう、今や胸の奥でジャーファルはそう望んでいる。
  ついさっきまでシンドバッドに最後まで抱かれることを拒否していたはずの自分は、もうどこかへなりを潜めてしまっている。
  媚薬のせいとは言え、現金なものだとジャーファルは思う。
  だが、この欲求は自分一人で抑え込めるようなものではないこともまた確かだった。
  ヤムライハの媚薬は、自身の矜持すらひっくり返してしまいそうなほど強力なものだった。
「シン……早く、シン……」
  ぐずりながら囁くと、シンドバッドの手がジャーファルの身体を再び抱き上げた。そのままザバザバと飛沫を上げながら湯船へと入っていくと、広い湯船の真ん中でジャーファルを下ろした。すぐそばには獣を模した石像が設えられており、大きく開いた口からはなみなみとした湯が溢れ出している。
「ここにも掴まるんだ」
  そう言うとシンドバッドは、ジャーファルの身体を石像に押し付けた。
  石像に掴まると、獣の口から溢れる湯の飛沫が身体に跳ねた。ジャーファルは微かに震える手でごつごつとした獣の首にしがみつかなければならなかった。
  シンドバッドはそんなジャーファルの背後にぴたりとくっついてくる。着ていたものを湯船に脱ぎ捨てると、彼はジャーファルの尻に昂ったものをなすりつけた。風呂の湯よりも熱いものがゆるゆると隘路を擦る感触に、ジャーファルの背がしなる。
  シンドバッドは上擦った声でジャーファルに告げた。
「もう、待たないぞ」
  そう宣言すると申し訳程度に汚れたジャーファルの身体をさっと湯で洗い流した。それから、ほっそりとした白い腰を掴んで、後孔に切っ先を突き立てた。
「ぁ……ゆっくり……シン、もっとゆっくり……」
  石像に掴まる手にぎゅう、と力を入れると、ジャーファルの指先が血の気を失いいっそう白くなる。
  ジャーファルの懇願などどこ吹く風でシンドバッドは腰を推し進めた。ぐっ、と先端の括れた部分が襞の隙間を通り抜け、狭い内壁を拡げながら奥へと挿入されていく。
  先刻、洋ナシによって拓かれた身体はシンドバッドの竿を従順に飲み込んでいく。痛みがないのは媚薬のおかげだ。
  くい、と背を逸らし、胸を突き出したジャーファルの乳首をシンドバッドの指先がきゅっと摘まみ上げる。
「あ……ぁあっ……!」
  ヒクッ、とジャーファルは喉の奥でしゃくりあげるような声を上げた。
  シンドバッドの竿がジャーファルの最奥を突き上げ、パン、と腰骨にぶつかってようやく動きを止めた。
  と、同時にジャーファルは達していた。
  先端から勢いよく白濁を放ち、湯の中にたらたらと精子を零した。



(2016.6.13)


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