『PIERCE 6』
こんな夜があってもいい。
穏やかな眼差しに見つめられ、身悶えるのもなかなかいいものだ。
普段の情交では、こんなことを考えている余裕などない。余裕を与えてしまうと、この目の前の淡泊で軽薄な男はセックスの最中だろうがなんだろうが、そのまま眠り込んでしまうのだから。
充足感に包まれたサンジは、掴まれた腕に意識を戻した。
「腕……」
サンジはぽつりと呟いた。
「あ?」
ゾロは短く返すと、次の言葉を待つ。
「放せ、っつってんだよ、腕を。クソッ……痺れてる……」
気に入らないとでも言うかのように、サンジは掠れた声でそう言った。
先ほどからがっしりしたゾロの手に掴まれたままだった両の手首には、うっすらと赤い跡が残っている。
それから、ゾロの顎のラインに痺れの残る手で触れた。
「次の港に着いたら、どこかに宿をとろうぜ」
翌日の昼過ぎ、昼と言うには随分と遅い時刻になってから、船は港へ到着した。
タラップが地面につくと同時に、それぞれが思い思いの方向へと飛び出していく。
サンジはいちばん最後にタラップを下りた。
港近くの市場をぐるりと回り、買い出しの下見をする。それからぶらぶらと町中を歩き回っているうちに、向こうから緑色の短髪の男がやってきた。
「よぉ、胃袋は満たされたか?」
サンジがそう尋ねると、ゾロは僅かに肩を竦めた。
「……じゃあ、俺がいいところへ連れていってやる。ついて来いよ」
と、サンジは拳から親指を突き出し、一軒の店を指し示す。一階が酒場、二階から上が宿泊施設となった宿だ。
ゾロは黙ってサンジの後について、店に入っていった。
ふと気付くと、サンジの耳の蒼いピアスがきらりと輝いていた。
夕べ、あれだけ痛い、嫌だ、と文句を言っていたというのに、現金なものだ。ピアスをしているということは、文句を言いはしても外す気はないらしい。サンジの耳朶にちんまりと乗っかったピアスはしかし、二人の間にあったそんな些細なことなど気にもとめていないようで、今は不思議な色香を醸し出している。
「どうせ出発は明後日なんだから、明日の昼頃までごろごろしてようぜ」
不意にサンジが振り返って、声をかけた。
その瞬間、入り口の隙間から差し込んできた夕暮れの太陽がピアスに反射して、ゾロの目に残像を焼き付けた。
眩しいと思うと同時にゾロは、不覚にもサンジに見惚れていた。
「あ……ああ、そうだな」
ゾロは何とかそう言ってのけた。
サンジはそんなゾロの様子に気付くこともなく、早々とカウンターのスツールに腰を下ろして煙草を吸っている。
強張っていた肩の力を抜くと、ゾロは口元に微かな笑みを浮かべた。
見惚れたとしても別に構わないだろう──サンジの背中が、そう告げているようにゾロには思えた。
「とりあえず酒をくれ!」
酒場の喧噪に負けないほどの声で、ゾロは言った。
END
(H15.8.17)
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