『やさしい手 1』
手を、繋ぎたいと思った。
ぎゅっと手を繋ぎあってみたいと、そんなことを不意に思ったのだ。
それなのに。
ごつごつとして節くれ立った、傷だらけの男の手が思い浮かぶだなんて、自分はどうかしている。
なんであんな手がいいのだろうかとサンジは煙草を燻らせ、考える。
手を繋ぐのなら断然、レディの繊細で優しげな手のほうがいいに決まっている。
白くて、柔らかくて、ほっそりとしていて……と、そこまで考えてサンジは、自分が心の奥底で思い描いている手が、実はレディの手ではないことに気付いてしまった。
サンジが頭の中に思い描いていたのは、男の手だった。
レディの手もいいけれど、それ以上に焦がれる『手』がある。
節くれ立った傷だらけの、ごつい手。
紛れもない、男の手だ。
──いったいどうしちまったんだろうな、俺ァ。
ふぅ、と溜息を吐くと同時に、白い煙がふわん、と空に立ち上る。
甲板の手摺りにもたれてぼんやりとしていると、こちらへやってくる男の姿が目の端に飛び込んできた。
「汗くさいな」
すれ違いざまにサンジは呟いた。
「あぁ?」
じゃれ合うように、緑色の髪の男が返す。剣呑な瞳はすがめられ、真っ直ぐにサンジを睨み付けている。
「先に、シャワー使ってこいよ」
その間に、何か冷たいものでも用意しておいてやろうとサンジは思う。どうせもうしばらくしたらおやつの時間だ。おやつ、おやつとうるさい連中がやってくる時間には少し早いが、まあいいだろう。
「汗くさい男はレディに嫌われるぞ」
小さくそう告げると、ゾロはにやりと口元に笑みを浮かべた。
「構うもんか。別に女に好かれようとは思っちゃいねぇからな」
その瞬間の眼差しに、サンジはどきりとした。くわえていた煙草を落としそうになり、慌ててしっかと指でつまみ直す。
「先、格納庫行ってるぞ」
ポン、と肩を叩かれる。
サンジが我に返った時にはすでに、ゾロは船室へ下りた後のことだった。
おやつの用意をしてしまうとサンジは、いそいそと格納庫へと下りていく。
誰に何と言われようと構わなかった。
そっと格納庫に入ると、積み荷の向こうに緑色の頭が見えた。
サンジの鼻の中に、ふわりとゾロのにおいが蘇ってくる。ゾロの汗のにおいは潮風と太陽のにおいに似ている。レディたちの手前、汗くさいとは言っているが、それは単なるポーズでしかない。本当は、ゾロの汗のにおいが好きだった。夏の暑い日差しのにおいにも似ているそれが、サンジは嫌いではない。
「さっぱりしたか?」
そう尋ねると、ゾロは振り返り、にやりと笑ってサンジを見た。
悪くない。
この、自信に満ちた含み笑いも嫌いではない。
「遅れて来たんだ、酒の一本でも持ってきたんだろうな」
そう尋ねるゾロに、サンジは冷えたビールを軽く掲げてみせる。
「なんだ、それだけか」
少し残念そうに、しかしそそくさとサンジに近寄っていくとゾロは、ビールを受け取ろうとした。
手を差し出して瓶を受け取ろうとしたところでゾロは、サンジに腕を捕まれた。
勢いよく引き寄せられ、前のめりにつんのめる。
ムッとしてサンジの顔を覗き込むと、目の前には悪戯小僧のようなにやにや笑いがあった。
To be continued
(H18.5.25)
|