自分の声ではないと、心の中でサンジは思った。
  こんな、女性じみた声をあげるのは、自分ではない、嬌声をあげて、大きく股を開いて。自分と同じ顔をした鏡の中の男に犯されているのは、これは、自分ではない。決して。
  だらしなく開けた口の端から、涎がしたたり落ちる。
  ひどく惨めだった。
  ゾロとのセックスでは感じたことのない種類の羞恥心を、サンジは今、感じていた。
「これが自分……本当のお前なんだ」
  サンジのペニスを口に含んだまま、男が告げる。
「ほら、まるでよがった女の蜜が溢れているようだぜ、ここは」
  そう言って男はまた、サンジの後孔を掻き混ぜる。ぐちゅぐちゅと湿った音がやけに大きく室内に響いた。だらだらと溢れる精液は、ポタリ、ポタリ、と洗面台に零れ落ち、白濁した水たまりを作っていく。
  前立腺の裏側のしこりのようになったところを大きく引っかかれると、そのたびにサンジの身体は大きく震えた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなっていく。男の、長くすらりとした指が内壁を擦るようにして出入りするたびに排泄感が身体の中を駆け巡る。堪えても堪えても、身体を動かすごとに身体の奥に注ぎ込まれた精液が逆流してきて、自分では思ってもいないのにどうしても濡れたようになってしまう。
「ぁ……あ、あぁ……」
  フェラをする男の唇はサンジのペニスをきつく擦りあげていく。
  先端の窪みに唾を垂らされ、ついで爪の先で尿道の入り口を舌の先で抉られた。



「…はっ……ぅぅぅ……」
  片手だけで身体を支えるサンジの目尻に、涙が滲む。
  男は、口を窄めると竿全体を強く吸い上げた。サンジの顔をして、サンジの声で喋るその男は、執拗にサンジのペニスを舐め回し、その合間に後孔に突き立てた指を出し入れしている。指を大きく動かすと、ぐちゅぐちゅという湿った音がした。小刻みに動かす時は前立腺の裏側をひっきりなしに責め立て、サンジの身体は大きく痙攣した。
  陸に上がった魚のように口をパクパクさせて、サンジは肺に酸素を取り込もうとした。涙が……意図せずして、涙がつー、と頬を伝う。
  肩口を洗面台の鏡に押しつけて、サンジは身体を支えた。ペニスがビクビクと震えるのがわかった。先端から男の口の中へ、精液が流れ込んでいく。止めようとしても、止まらない。何もかも奪い尽くしてしまいたいのか、男は、亀頭を食いちぎりそうな勢いで吸い上げている。
  苦しかった。自分を犯しているこの男の行為は確かに、サンジの下半身を痺れるような快感に引きずり込んでいく。しかし同時にサンジは、この男を憎んでもいた。激しい嫌悪感と吐き気とが、サンジの胸の内で渦巻いている。今か今かと、出口を求めて彷徨っている。
「は……ぁ……」
  大きく息を吸い込んだ瞬間、男の唇がしっとりとサンジの唇を塞いだ。舌を、痛いほど吸い上げられ、絡め取られる。
  くちゅくちゅという音が、次第に大きくなってくる。
  男の指が、円を描くようにサンジの中を掻き混ぜている。
  それでも。
  自分と同じ声、同じ顔、同じ仕草の男に犯されるのは、サンジにとっとては苦痛でしかない。
  男の指が、嫌になるほど優しい動きで前立腺の裏側を引っ掻き、圧迫した。
「ふ……ぁぁ……」
  逃げようとするのに、身体がついてきてくれないのがもどかしい。涙で潤んだ瞳には、何もかもがぼんやりとしか映らない。
  と、その時。
  ガチャリと音がして、バスルームのドアが開いた。
  サンジが大きく目を見開くと、そこには、口をぽかんと開けて呆然と立ち尽くすゾロの姿があった。



  ぼんやりと霞んでいた視界が、次第にはっきりと見えてくる。
  うつろな眼差しでサンジはゾロを見遣った。ゾロの喉がごくりと鳴り、大きく上下するのが見えた。
「お前……」
  パチパチと何度も眼をしばたたかせ、ゾロは何かを言おうとする。しかし、どうしても声が出てこないようだ。喉に何かが引っかかったような、奇妙な顔つきをしている。
「お前、今……」
  ゾロの声を耳にした途端、サンジは助かったと思った。
  気がつくと、サンジと同じ顔をした男の姿はかき消えていた。きっと、鏡の中へ戻っていったのだろうとサンジは頭の隅でぼんやりと思った。
  洗面台からおりようとすると、そのまま滑り落ちそうになった。大股でバスルームを横切ったゾロは、サンジの身体を掬い上げるようにして抱き留め、そのままバスタブにおろした。
「まったく、何て格好をしてるんだ、お前は」
  どこか呆れたような声を聞いていると、サンジはほっとすることができた。何を言われようと安心できるのだ、今は。目を閉じると、浴槽にもたれかかる。身体がだるかった。漬け物石のように重くて、だるい。胃のあたりがむかむかするのは、腹の奥に何度も射精されたからかもしれない。
「おい、寝るな。沈んでも知らんぞ、俺は」
  耳元で怒鳴られたサンジは、こくりと頷いて返した。
「起きてるさ」
  掠れた弱々しいサンジの声はしかし、シャワーの音にかき消されてしまった。ぬるめの湯が、サンジの身体を清めていく。
  清潔な石鹸のにおいのするスポンジが、サンジの身体にそっと触れてくる。心地よかった。やっと安心できることに気付いたサンジは口元に微かな笑みを浮かべた。鏡の中の男は、いなくなった。とりあえず、今日のところは安全だろう。
  もう大丈夫だと、サンジは自分自身に言い聞かせた。



  目を開けると、サンジはどうやら男部屋のカウチに寝ているようだった。
  あたりを見回したが、ゾロの姿はない。
  あれはいったい、夢だったのだろうかと思いながらも、サンジは胃の底で燻る吐き気に気付いた。
  うっすらと額は汗ばんでいたが、最後にゾロが身体を清めてくれたおかげで、不快感は残っていない。残っているとすれば、精神的なところからくるものだけだろう。
「──夢……見てたみてぇだ……」
  ぽつりと独り言を呟く。
  そう口にすることで、あの悪夢のような出来事を帳消しにしてしまうことができたらと、サンジは思っていた。
  しばらくじっと天井を眺めていると、ドアが開いた。
「よう、サンジ。もう調子はいいのか？」
  ルフィだった。
「あ？」
  怪訝そうにサンジは、ルフィを見遣った。その後ろからひょいと長っ鼻と顔とを覗かせて、ウソップが言った。
「睡眠不足でぶっ倒れたって聞いたけど……思ったよりも元気そうだな」
「ああ、まあ」
  適当に相づちを打つと、サンジはまた目を閉じる。
  身体の怠さが、サンジを無気力にさせる。気持ちでは起きなければと思うのだが、身体がついてきてくれないのだ。
「もうちょっとしたら何か作ってやるから、少し待て」
  それだけ言うのが、やっとだった。
  すぐにまた強い眠気が襲ってきて、サンジは深い深い眠りに落ちていったのだった。