とっておきのプレゼント 1

「誕生日おめでとう、獄寺君」
  レストランの個室に案内され、席につくやいなや、綱吉が言った。
  いつになく照れ臭そうな顔をして、あらかじめ用意してあったのか、丁寧にラッピングされた箱を獄寺の目の前に差し出してくる。
「ありがとうございます、十代目」
  受け取った箱は、そう大きくはなかった。
  片手でも充分持てるほどの大きさだが、今年はいったいなんだろうと獄寺は思う。
「見てもいいっスか、十代目?」
  目を輝かせて獄寺は尋ねる。
  十四歳で綱吉と知り合い、男同士ではあったが恋人となった。それ以来、毎年のようにお互いの誕生日を祝い合うようになっていたが、プレゼントをもらうのも、渡すのも、獄寺にとっては一年のうちの一大イベントのひとつだ。
「じゃあ、遠慮なく」
  言うが早いか獄寺は、プレゼントの包装紙をビリビリと破いていく。
  いったい中にはなにが入っているのだろう。期待に胸を膨らませ、包装紙をきれいに破り落とすと、小さな箱が出てくる。
「あ……」
  いったいこれはなんだ、と思うよりも早く、なんとなくだが、もらったものの正体がわかってしまった。
「十代目、あの、これ……」
  困ったように獄寺は、包装紙をきれいにはがした後の箱を綱吉のほうへと差し出してみせる。
「獄寺君に似合うと思って取り寄せたんだ」
  黒い革のアクセサリー……ではなくて、コックベルトだった。片方は陰茎の根本、睾丸を締めつけるようにして填め、もう一方は竿を締めつけるタイプのものだ。革の裏側には鋲打ちされた金具がついており、これらは電極となっていた。根本と竿を繋げる革の部分の裏側にも、びっちりと鋲は打たれている。説明書によると、同梱のコントローラーを接続すると微弱電流がコックベルトに流れ、睾丸から陰茎にかけて刺激を与えるらしい。
「や、あの……」
  すぐには返すべき言葉が見つからず、獄寺は途方に暮れてしまった。
「ペニスをすっぽり包み込む鞘タイプのものもあったんだよ。鳩目の穴に紐を通して縛ったところも見たかったんだけどね」
  と、綱吉は嬉しそうに告げる。
「十代目……」
  獄寺は、手にした革ベルトと綱吉の顔とを交互に見比べた。自分の顔が引きつっていることは、鏡を見なくてもはっきりとわかる。今回のプレゼントが本気なのかジョークなのか、判断がつかないほど動揺しているということも。
「大丈夫だよ、獄寺君。白蘭がね、獄寺君にはきっと似合うって太鼓判を押してくれてるから」
  そういうことじゃないんですと思いながらも獄寺は、引きつった笑みを返すことしかできなかった。



  いったい白蘭は、綱吉になにを吹き込んだのだろうか。
  かつて敵同士だったこともある白蘭と綱吉は、現在は友好的な関係を築いている。
  山本が綱吉のことを親友だと公言して憚らないのと同じように、白蘭と綱吉もまた、共に戦った仲間としての友人関係をいつの間にか作り上げていた。こんなふうに知らず知らずのうちに相手の心に入り込み、さらりと言葉を交わせるようになってしまっているのは、綱吉の人徳が故だろうか。
  それにしても、と、獄寺はこっそりと顔をしかめる。
  誕生日を二人きりで祝うために、獄寺好みの料理を出すレストランへやって来たのだが、これからどうしたらいいのだろう。
  手にしたプレゼントと綱吉の顔とを獄寺は、何度も見比べる。
「それ、ちょっと貸してくれる?」
  言いながら綱吉は立ち上がった。テーブルをぐるりと回って獄寺のほうへと近づいてくると、ベルトを取り上げる。
「体、こっちに向けて」
  上体を屈めた綱吉が、獄寺の耳元に囁きかける。獄寺は熱に浮かされたように体の向きをかえ、綱吉のほうへと向き直る。
  綱吉は獄寺の前に跪いた。手際よく獄寺のスラックスのファスナーを下ろし、下着の中からまだくたりと萎れたものを取り出す。
「じゅっ……!」
  慌てて制止しようとすると、下から顔を覗き込まれた。
「しーっ。誰か来たら困るだろ?」
  そう言われると、黙るしかない。獄寺は困ったように唇を噛み、綱吉の手元をじっと見つめることしかできない。
  綱吉の手は素早かった。慣れた手つきでベルトを獄寺のペニスに装着し、悪戯っぽく口元だけでニヤリと笑う。
「……後でそれ、使ってみようね?」
  そんなふうに言われて、獄寺は瞬時に目元を赤く染めた。時たま綱吉は、意地の悪いことを言う。だが、それがかえって普段の綱吉と違って見えて、獄寺の気持ちを高揚させる。こういう綱吉も実は嫌いではない。
  顔が熱い。耳たぶも。それに、そんなことを言われたら体のほうが反応してしまいそうで、獄寺は椅子の上で落ち着かなさそうにもぞ、と体を動かす。
  返す言葉が見つからないというのは、こういうのを言うのだろうか。はい、ともいいえ、とも獄寺には答えられなかった。肯定するには恥ずかしすぎたし、拒否するには綱吉に失礼な気がして、喉元まで出かかっている言葉がどちらの言葉なのかすら、自分にもわからない。
  しばらくはベルトを装着した獄寺のペニスをじっと見つめていた綱吉だったが、取り出した時と同じように手早くそれを下着の中にしまいこむと、元通りにスラックスのファスナーを上げる。獄寺の耳元に掠めるようなキスをしてから綱吉は、悠々と向かい側の席へと戻っていく。
  獄寺が困ったようにうつむき、視線をテーブルに向けていると、個室のドアが開いて料理が運ばれてくる。
  気まずくてたまらないのは、綱吉にもらったプレゼントを、少しは嬉しく思っている自分がいたからだ。
  獄寺はますます自分の顔が赤くなるのを感じていた。



  せっかくの好物だったが、なにを食べたのか、獄寺には味すらもわからなかった。
  おいしい料理とワイン、それにデザート。獄寺だって嬉しくはあったのだ。だが、綱吉にもらったプレゼントのことが気になって、食事どころではなかった。ワインにしても綱吉がかなり張り込んでくれたことは頭の隅で感じているものの、肝心の味がわからない。デザートが出てくる頃には早くこのレストランを去りたくて、そのことだけが獄寺の頭の中を占めるありさまだ。
「あんまりおいしくなかった?」
  獄寺の様子に気づいていたのか、店を出た途端に綱吉が尋ねかけてくる。
「いいえ、そんなことは……、……っ」
  言いかけたところで綱吉の唇が獄寺の視界に飛び込んできて、わけもなくドギマギしてしまう。
  見ていると、それだけで恥ずかしくなってくるのはどうしてだろう。
  ふい、と視線を逸らして獄寺は息を吐いた。股間の違和感が気になって仕方がない。
  綱吉はそんな獄寺の気持ちに気づいているのか、それ以上はなにも言わずに、そっと肘を取るだけにとどめる。
「……これから、どうする?」
  綱吉が尋ねてきた。
  誕生日には、二人で過ごす。今回のようにレストランで食事をするだけのこともあれば、ホテルのスイートに泊まった時もある。どちらかの部屋でケータリングした料理を食べていちゃつくこともあったが、今日はどうするのだろう。
「十代目が……決めて、ください」
  来る時は、部下にレストランの近くまで車で送ってもらった。その時点で帰りはどうするか決めていなかったため、迎えはいらないと言って断っている。それにどのみち、ここでホテルに行こうが部屋に戻ろうが、することはひとつしかない。それがわかっているから尚のこと、部下に迎えに来させるようなことは避けたいと獄寺は思ったのだ。
「じゃあ……オレの部屋でちょっとだけ飲み直そうか?」
  ちょっとだけというのも、飲み直すというのも、単なる口実でしかないことを、獄寺は既に理解している。綱吉の部屋へ行ってしまえば、なにをされるのかも。
  そう思った瞬間、獄寺の股間に熱が集まりだす。
  ベルトがきゅう、と固くなり始めた獄寺の性器を締めつけてくる。実際にはまだそんなに締めつけているわけでもなかったが、普段とは異なる感触に、獄寺は自分の性器がベルトによってきつく締めつけられているような錯覚を起こす。
  その途端、獄寺の足下が覚束なくなってしまった。
  よろよろと歩きにくそうにしたかと思うと、困ったよように隣を歩く綱吉を見遣る。
「じゅ…っ……ぅ……」
  なんと言えばいいだろう。困ったように唇を噛み締めていると、綱吉の手がさっと獄寺の頬に触れてきた。
「歩けない?」
  尋ねられ、獄寺はこくこくと頷いた。今、声を出すと、変な声が出そうだった。
「タクシーを呼んでくるよ。ここで待ってて」
  そう言うなり綱吉は、今出てきたばかりのレストランのドアを開け、中へと戻っていく。店から車を呼んでもらったほうが、断然早いのはわかっているが、今の状態でじっと立っているのも獄寺には辛かった。半泣きになりながらもよろよろと店のほうへと近づき、植え込みの縁にどうにか腰を下ろす。
  そうしている間にも股間の熱はどんどん集まってくる。体中の血が、熱が、下腹部へと集まってきているような感じがして、焦れったい。
  こんなのは困ると、獄寺は溜息をつく。吐息までもが甘くて熱っぽいのに驚いて、獄寺は喉の奥で小さく呻いた。



  ほどなくして綱吉がレストランから出てきた。
  ホッとすると同時に獄寺は、股間の熱を焦れったく思う。
  ベルトの部分がきゅう、と締めつける感じだとか、ひんやりとした鋲の部分が竿に触れるたびに性器が固くなっていくような気がして、体が辛くてたまらない。
  この熱をどうにかしてほしいと綱吉のほうに視線を向けたところで、タイミングよくタクシーがやってきた。
  うまく歩くことのできない獄寺をタクシーのシートに先に乗せると、綱吉は行き先を告げた。やはりこのまま綱吉の部屋に行くことになるらしい。
  獄寺は諦め半分に溜息をつく。
  このまま綱吉の思い通りに抱かれるのも癪だが、抱かれなければ気がすまない自分もいる。
  結局のところ獄寺は、綱吉の思う通りにいつもいつも、もてあそばれているのではないだろうか。
  悔しい。
  こんなにも自分は綱吉のことを想っているというのに、こんなふうに簡単に綱吉は、獄寺を虐めるようなことをしかけてくる。
  綱吉の性格からして本気で虐めようとしているわけではないことはわかっているが、それが獄寺には辛いような、嬉しいような、複雑な気持ちにさせている。
  辛いのは、今だ。性器を締めつけるベルトの感触に、燃えてしまいそうなほど体が熱くなってきている。そして嬉しいのは、この後、綱吉の部屋で自分が抱いてもらえるだろうというインモラルな期待に満ちているからだ。
  綱吉の部屋に着けば、この熱から解放される。体を蝕み、じわじわと浸食してくる、この、熱。綱吉の部屋に着くまではこの熱から逃げられない。もしかしたら、ベッドの中でもこの熱は続くかもしれない。すべて綱吉次第だと思うと、それがまたさらに獄寺の体を熱くしていく。
  この熱からはおそらく、逃げられないだろう。
  スラックスの下でもうすっかり固くなってしまった性器が、トロリ、と先端から先走りを洩らしそうになるのを感じた獄寺は、タクシーの中で慌てて膝頭を摺り合わせたのだった。



(2012.8.18)
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