『I vowed never to…… 3』



  自警団によって戒厳令の敷かれた夜の町は、寒々としていた。
  チョッパーを隠れ家に連れて行ったサンジが戻ってくるまでの間、ナミとルフィは目についた酒場で時間潰しをすることにした。
  小腹を満たす程度に軽食と酒を頼むとナミは、のんびりと周囲の会話に耳を傾けた。
  この町に居座っているのは海軍崩れのならず者らしいということがわかった。海賊が出たとでっち上げては町の人々や港にやってくる航海者に乱暴を働き、金品を巻き上げては日々、面白おかしく暮らしているようだ。
  昼間、この海軍崩れの者たちに追われていたのはこの町に住む若者らしい。
  朝のうちから浴びるように酒を飲み、手あたり次第に娘たちを捕まえてはよからぬことをしていた男たちに注意をしたところ、反感を買って追いかけられていたというのが事の真相のようだった。
  途切れ途切れに耳に届いてくる話を組み合わせると、何とも酷い話のように思われた。
  麦酒を飲みながらナミは、隙なくあたりに視線を馳せる。
  この店に入る前にも感じたが、港近くにつきものの酒場や宿はひっそりと静まりかえっており、たまに出入りをする男や女たちはこそこそと、気まずそうな様子でドアを潜っていた。明かりの数も、おそらく常よりは少なくなっているようだ。
  もしこの噂話が本当だとしたら、本物の海軍はいったい何をしているのだろう。
  とは言うものの、自分たちには他人のことを気にしているような時間はない。
  ログが溜まるまで今日を入れて四日しかない。それまでにゾロには何としてでも傷を治してもらわなければならない。いや、万が一治らなかったとしても、船には戻ってきてもらわなくてはならないのだ。
「ここまで来たはいいけれど……これじゃあ、情報収集どころじゃないわね」
  肩を竦めてナミは呟いた。
  ナミの独り言などこれっぽっちも気にもかけていないルフィは、メニューを眺めてはあれもこれもと注文をしている。店の者が持ってくる料理をものすごいスピードで平らげては、また新たな料理を頼むところが腹立たしい。
  そうこうするうちに、サンジが戻ってきた。
「遅くなってすまない、ナミさん」
  手を上げて、サンジが声をかけてくる。
  あまりいい顔をしていない。
「どうだった?」
  すかさず尋ねると、サンジは少し困ったような笑みを口元に浮かべた。
「明日、熱が下がれば移動しても大丈夫だろうってチョッパーが」
  今夜のところは熱が出るだろうと思われたから、チョッパーがゾロのそばにつくことになっていた。
  明日、ゾロの状態次第では移動も可能になるが、熱が下がらなければ移動は無理だ。
  本来なら怪我が完治してからの移動でなければとチョッパーが譲らなかったのを、あの手この手で脅し透かして譲歩させたのだ。熱が下がれば、移動をしてもいいと無理に言わせたのはナミ自身だ。
「そう。じゃあ、今日はもう船に戻るしかないわね」
  そう言うとナミは、テーブルに手をついて立ち上がる。
  サンジがルフィの首根っこを鷲掴みにし、三人は酒場を後にした。



「船に戻る前に買い出しをすましてしまいたいんだけど、いいかな、ナミさん?」
  酒場を出たところでサンジが声をかけてきた。
  ナミはくるりと振り返ると、顔を小さくしかめる。
「今から買い出し?」
  せっかくサンジが買い揃えた荷物は、ならず者たちに追われた時に失ってしまったそうだ。もう一度買い直さなければ、これからの航海で困ることは確実だ。
  荷物を失ったところまで戻ればどうかとナミは提案した。もしかしたら、まだその場に残っているものもあるかもしれない。
  サンジは二人の先に立つと、広場の片隅にあった露店を探しはじめた。やはりあのオヤジの店がいちばん品揃えも質もよかったように思えるとサンジが言うものだから、なんとかその店を探し出すようにとナミは言ったのだ。
「腹減ったなぁ……」
  ポソリとルフィが呟く。さっき酒場で随分と食べていたようだったが、まだ足りないらしい。
「もうだめよ。アンタ、いったいどれだけ食べたか分かってんの?」
  鬼のような形相でナミはルフィを睨み付けた。
  サンジはそんな二人の様子をちらりと横目で眺めながら、広場をぐるりと回る。
  ならず者たちはまだこの近くをうろついているようだった。町の人たちのどこか緊張した様子が、空気に溶け込んでいるようだ。ピリピリとした張り詰めた空気が、ナミの肌を通して伝わってくるような感じがする。
「まだちょっとしか食ってなかったのに……」
  ブツブツとルフィが文句を言っている。
  連れだって歩いていたサンジとナミの二人は立ち止まると、後ろをついてきていたルフィを振り返った。
「仕方ねえな。船に戻ったら何か作ってやるから、それまで辛抱しろ」
  サンジが言うと、ルフィははっと顔を上げた。それからそれはそれは嬉しそうな顔をして、大きく頷く。
「わかった。我慢する!」
  満面に笑みを浮かべるルフィを見て、ナミははあ、と溜息をついた。
  それらつられるようにして、サンジも小さく苦笑した。



  昼間、サンジが買い物をしたという露店のあった場所に足を向けると、まだ天幕が立っていた。
  早々と店を閉めたところは別として、あたりを見回すと商売っ気のある商人はまだ露店を畳んではいないところもポツポツと見受けられた。客足は遠のいているようだったが、それでも店を閉めずに頑張っている。まるで、自警団の出した戒厳令やならず者程度ではビクともしないのだと暗に示しているかのようだ。
  ハゲ頭の露店商に、サンジは声をかけた。
「おい、オヤジ。さっきの香辛料はいらねぇから、昼間買ったのと同じものをくれ」
  オヤジは鬱陶しそうな顔をした。
「また来たな」
「おう、来てやったぜ」
  くるりと背を向けたオヤジはしばらく店の奥の棚の中を何やらごそごそとしていたが、そのうちにあれやこれやの荷物を出してくるとサンジにぐい、と押しつけてくる。
「昼間のあの騒ぎでダメになっちまったものもあるがな、拾えるもんは拾っておいたんだ。感謝しろ」
  恩着せがましいオヤジのその言葉に、サンジは無言で荷を受け取った。
「どうしたの、サンジ君?」
  ひょい、とナミはサンジの手元を覗き込んだ。
  いつものサンジの買い出しにしては少々もの足りないようにも思われたが、一度は手放したものの大半が戻ってきたのだ。サンジを責めるわけにもいかないだろうし、これでよしとしなければならないだろう。
「ありがと、オジサン」
  そう言ってナミは、露店のオヤジにとっておきの愛想笑いを向けた。
  店のオヤジは三人に向かってしっしっ、と手で追い払うような仕草をした。
「さあ、行った、行った。商売の邪魔だ」
  威勢のいいオヤジの声に背中を押されるようにして、一行は広場を後にする。
  あたりを散策しようにも、こう暗くては何も見えない。
  ナミは、サンジを待っている間に立ち寄った酒場でのことを思い返していた。
  ならず者たちは、海賊を恐れてもいるようだった。その割にルフィやゾロの顔を知らないようにも思われる。海軍に所属していたことがあるのなら、少しは海賊のことも知っていそうなものなのだが。
  どういうことだろうとナミは考える。
「……まあ、いいわ」
  ポツリと呟くとナミは、背後の広場をちらりと振り返る。
  薄暗い広場には、そこここにカンテラが灯されていた。
  残った露店もそろそろ店じまいを始めだしたのか、少しずつ人が減っていくのが窺われる。
  見ていると、海軍の格好をしたならず者たちがやってきた。
  港によくいる商売女を片手に抱き、もう片手には酒の入ったジョッキを手にしている。久しぶりの陸に浮かれて羽目を外している海軍のほうが、まだ上品なように思われる。
「あれで、元海軍兵士?」
  口の中でナミは呟いた。
  これまでに何度も海軍と渡り合ってきたが、上官次第で海軍が悪にも善にもなることをナミは知っている。だが、ここまで落ちぶれた様子は見たことがない。やはり海軍崩れ、海軍兵士にもなれなかった意志の弱い者たちなのだろう。
「なんだ、あまり素行がよくなさそうな連中だな」
  すぐ隣でサンジも、同意の言葉を発する。
「あいつら、海軍と繋がっていると思う?」
  ぽそりとナミが言葉を零すと、サンジはニッと微かに笑った。
「俺たちみたいに堂々と潜り込んだ海賊にも気付かないんだ。繋がりはないだろう」
  彼らは、ナミやサンジ、ルフィがすぐそばを通りがかってもその正体に気付きはしなかった。
  麦わら海賊団の手配書は既に各地に出回っているはずだ。それなのに、これっぽっちも気が付かないだなんて、どうにもおめでたすぎる。ルフィたち麦わら海賊団がアラバスタでひと暴れしたことは、世間からしたら記憶にそう遠くないはずだ。
「まあ、こんなところとはさっさとオサラバしちまうに限るがな」
  うんざりしたようにサンジが言う。
  ナミは「そうね」と返した。
  広場では、まだ酒浸りのならず者たちがうろついている。酔っ払ってゴミ箱を蹴飛ばしたり、商品を積んだリヤカーをひっくり返したりと、好き勝手なことをしている。
  ああいう連中には関わらないのが一番だ。
  心持ち歩く速度を早めると、三人はメリー号へと帰っていった。




To be continued
(H17.2.26)
(H27.8.24加筆修正)



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