『I vowed never to…… 6』



  チョッパーの言葉が頭の隅に引っかかって、サンジはメリー号に戻るタイミングを失っていた。
  隠れ家の周辺をぐるっと回って何者かが潜んでいないかを調べてみると、確かにチョッパーが言っていた通り、人のいた形跡が見受けられた。周辺には大人の足跡が残されていた。どうやら小屋の周囲を何周か回ってからここを離れたらしい。
  ウソップとチョッパーだけでは心もとないような気がしたが、まずはメリー号の連中の腹を満たしてやってからでなければサンジはここに居続けることはできない。それに、あの連中のことだ、放っておいたらとんでもないことになっていそうだ。
  最初に告げた通りサンジは、日が暮れる前に隠れ家を後にした。
  夕飯を用意したらそのまままたここへ戻ってくるつもりではあったが、いつになるかはわからなかったから、それについては黙っていることにした。
「じゃあ、明日の昼前までには必ず迎えに来るからな」
  そう言うとサンジは、隠れ家を後にする。
  振り返らずに隠れ家を去ったのは、背後に仲間のものではない視線を感じたからだ。
  じっとこちらを見据える視線をサンジははっきりと捉えていた。敵意はない。だが、だからといって悪意がないわけではないだろう。
  いったい何者なのだろう。チョッパーやゾロをおびやかし、身の危険を感じさせるほどに向こうも切羽詰っているということなのだろうか。
  何にしても、厄介なことだとサンジは思った。
  相手は一人だが、その一人のせいでチョッパーやゾロの身が危険に晒されるようであれば、敵と見なさなければならないだろう。もっとも二人とも海賊だ。怪我をしていようが死にかかっていようが、自分の身は自分で守ってこそ、なのだが。
「とりあえず、戻るか」
  ポソリと呟くとサンジは、小さく息を吐き出した。
  のろのろとした足取りでメリー号へと戻り始める。
  一足進むごとに、背後から視線が纏わりついてくる。まるでサンジがどこへ行こうとしているのか、見極めようとしているかのようだ。
  チッ、と小さく舌打ちをしたサンジは、ともすれば振り返りたくなる気持ちをぐっと押さえ込んだ。
  まだだ。
  まだ、振り返ってはいけない。
  そう口の中でブツブツと唱えながら、サンジはメリー号に戻っていく。
  買い出しをしたくだんの広場を通り抜け、海から吹きつけてくる濃い潮風のにおいが感じられるようになってようやくサンジは、ホッと肩の力を抜いた。どうやら知らず知らずのうちに、緊張していたらしい。
  その頃にはあの視線も感じなくなっていた。
  船に戻ったサンジは黙々と自分の為すべきことをこなした。
  メリー号の留守番組に夕食を食べさせる傍らサンジは、朝食の下拵えをこなしていく。
  明日になれば、ゾロの体調がどうだろうが船に連れ戻す予定をしている。まだ動けないゾロのためにウソップが荷車を用意してくれているはずだが、うまくいくかはわからない。
  それなのにあの隠れ家をこそこそと覗いている輩がいるというのは、あまりいい兆候ではないような気がする。
  くわえ煙草をしてほぅ、と息を吐き出したサンジは、ポソリと呟いた。
「どうしたものかな」
  答えの出ない答えが、紫煙となってゆらゆらと宙へ登っていく。
  もやもやとした気持ちが四散するように、煙はゆっくりと消えていった。



  深夜近くになってようやくサンジは、メリー号を後にすることができた。
  チョッパーたちのところへ戻るのはそう難しいことではなかった。
  だが、隠れ家の近くに潜む者がいるのもまた確かだった。気を付けなければならないことはわかっていたが、一刻も早くチョッパーたちと合流したい気持ちものほうが少しばかり優っていたかもしれない。
  足元の雑草を踏みしだきながらサンジは、隠れ家へと足を向ける。
  カサカサという自身の足音と、それから後をついてくるもう一つの足音。
  神経がピンと張り詰めて、こめかみがピクピクとなってくるのが感じられる。
  後をつけられたとは思いたくなかったが、間違いなくサンジを追いかけてくる足音があった。月明かりと自身が手にしたカンテラの灯りだけのこの場所にいてすら、例の視線が背中を見つめてくるのがはっきりと感じられた。しくじったと思うや否や、微かな焦燥感のようなものが込み上げてくる。
  隠れ家の場所は既に知られているから、このまま歩くしかない。小さく舌打ちをして、それから殊の外ゆっくりとサンジは歩いた。
  どこかで相手を締めあげて、二度と自分たちに近付かないように忠告をしてやってもいいかもしれない。だが、相手が何者なのかがわからない以上は、下手に手を出すこともできない。
  怪我をしたゾロと、後をつけてくる足音の主。港には海軍崩れのならず者が集まっている。それに自警団に本物の海軍だ。停泊できる期間が限られている今、サンジはいろいろと切羽詰っていた。
  どこから手をつければいいのか、わからなくなってしまいそうだ。
  知らず知らずのうちに、溜息が零れていた。
「……まったく、厄介だな」
  呟くと同時に、煙草が欲しくなる。
  ちらりと宙を仰ぐと、もう一つ溜息を吐き出す。
  今さら勿体ぶって隠れ家の位置を誤魔化そうとしたところで、相手には知られているのだ。やってられるかと半ばやけ気味にサンジは、足取りを早める。
  大股歩きでに草むらを横切って、鼻につく悪臭をこらえながら隠れ家に向かう。後をつけてくる気配は一定の距離を保っているものの、サンジの足取りが早まったことで、少々焦ってもいるようだ。いい気味だ。
  そうだ、ちょっとばかし驚かせてやってもいいかもしれない。チョッパーを怯えさせ、ゾロの食事を横取りし、この自分の後をつけてくるなどといったことをやらかす輩にはお灸でも据えてやらなければ気が済まない。
  タバコを口に咥え、それからサンジはすぐ傍らの木立の間にするりと身を潜ませた。
  見失ったと思ったのだろうか、相手が慌ててこちらへと駆けてくるのが感じられる。
  息を潜めてじっとその場にサンジは立ち尽くしていた。
  なにも特別なことをしたわけではない。ただ単に気配を消してじっとしていただけだ。
  気配は、サンジが隠れている木立のすぐそこまで近付いてきた。きょろきょろとあたりを見回し、落ち着かなげな様子で見失ったサンジの姿を捜している。
  暗がりの中で相手がすぐそばまで接近するのを待ってサンジは、手を突き出した。相手の襟元を素早く掴み上げる。ヒッ、と怯えたようなくぐもった声が、襟元を引っ掴んだ男の口から洩れたような気がした。
「いったい何の用があって後をつけ回す?」
  尋ねながらサンジは、目を眇める。
  暗がりの中でぼんやりと見えた相手は、年若い男だった。
  サンジの行動に心底驚いている様子からも、気が弱そうな男らしいことが窺える。
「ああ?」
  サンジは男に顔を近付け、うすぼんやりとした輪郭を睨み付けてやった。ただならぬサンジの殺気を感じたのか、男は再びヒッと喉を鳴らした。
「ち、ちがっ……」
  言いかけたものの、なかなか言葉が続かない。
  サンジはわずかに鼻白むと男の顔を覗き込む。
「お前だな、うちのクルーのメシを横取りしたのは」
  さて、どうしてやろうかと低く凄んでやると、男はさらに悲鳴らしからぬ悲鳴をあげ、助けてくれと半泣きで懇願してきた。
  サンジが襟元を握る手に力を込めると男の足がだらりと宙に浮く。地面に足がついていないことがさらに男の不安を煽ったらしい。ごめんなさい、ごめんなさいと男はみっともなく啜り泣きを上げ始めた。
  しばらくそうやって怖がらせておいてからサンジは、男を解放してやった。少々やりすぎの感もあったが、今後のことを考えるとこれぐらいでちょうどいいだろう。
  地面にどさりと尻もちをついた男は、ガタガタと震えながらサンジを見上げてくる。
  サンジはニヤリと男に笑いかけてから、口に咥えたタバコに火をつけた。
「お前、なんでうちのクルーの後をつけた?」
  あ? とサンジが凄んでみせると、男は委縮してさらに縮こまってしまう。
  それを見てサンジは、わざとらしく大きなため息をついた。
「あー……面倒くせぇ奴だな」
  実際、捕まえたものの面倒臭くなってきていたのだ、サンジは。
  はあぁ、とため息を吐き出すと、男の首根っこを掴み上げ、ズルズルと引き摺って歩き出す。隠れ家まではもうすぐそこだ。
  助けてくれと懇願する男の声を適当に聞き流しながらサンジは、足早に歩いていく。もう、サンジが声を荒げなくても男に逃げ出すだけの度胸は残っていなかった。
  サンジは鼻歌を歌いながら男を引き摺って隠れ家へと足を速める。
  灯りのない夜道をカンテラの灯りだけを頼りに、サンジはいい手土産が出来たとほくそ笑んだのだった。




To be continued
(H28.3.21)



ZS ROOM                                                 6