『I vowed never to…… 7』



  乱暴にドアを開けたサンジは、自らが引き摺ってきた男を小屋の中へと投げ込んだ。
  それまでのんびりとしていた隠れ家の空気が一転し、緊張したものへと変化する。
  突然の出来事に酷く驚いたのだろう、チョッパーは口をぱくぱくとさせながら、たった今、小屋に入ってきたばかりのサンジの顔を見上げてきた。
「サ……サンジ?」
  もの問いたげなチョッパーの眼差しをちらりと見てからサンジは、男の襟元をぐい、と掴み上げた。
「さて。どういう了見でこ俺やいつらの後をつけ回したのか、理由を聞かせてもらおうか」
  あ? と凄んでみせると、男は腰を抜かしたまま、みっともなく尻で後退ろうとする。サンジは込み上げてくる笑いをぐっとこらえて男を見下ろした。
「ちっ……ちがっ……」
  今にも泣きだしそうな情けのない顔で、男はサンジを見上げる。
  そのあまりにもみっともない様子に、サンジはわざとらしく大きな溜め息をついた。
「おい、てめぇ」
  言いかけた途端に反射的にひぃっ、と男が声をあげるのを見て、サンジは眉間に皺を寄せた。
  こんな輩に後をつけられていたのかと思うと、自分の間抜けさ加減にいっそう腹が立つ。やり場のない怒りをどうしようかと男をぎっと睨み付ける。
「まっ……待って、待ってください……!」
  怯えながらも男は後退ろうとした。そんな彼を、ウソップもチョッパーも同情の眼差しで見つめている。
「ああ。いくらでも待ってやるから、洗いざらい吐いちまえよ?」
  でないと怖いぞと、サンジの態度が物語っている。男にとってはまさに蛇に睨まれた蛙のような状態だ。
「……ったんだ」
  ボソリと、男が言葉を吐き出した。
「あぁ?」
  ギロリとまなじりをつり上げて、サンジは顎をしゃくった。
「もっぺん、ちゃんと聞こえるように言ってもらおうか」
  言いながらサンジはポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。威嚇するように腕を組んで男を見下ろす様は、まさに鬼のようだ。そんなふうにウソップもチョッパーも思っているに違いない。
  男はボソボソと喋りだした。一攫千金を夢見て故郷を飛び出したものの、何もかも失ってしまった。やはり自分には懐かしいこの場所しかないと帰ってきたはいいが、海軍崩れの悪たれどもが町にははびこっており、家族の前に姿を現すこともできず困っていたらしい。この近くの洞窟に潜んでいたものの、手持ちの炉銀も尽きてしまった。そんなところに、サンジたちが現れたのだ。様子を見ていると、食べ物のにおいがしてきた。腹が減ってどうしようもなくなり、誰もいないのを見計らってこの小屋にふらりと入ったと、男は正直に告白した。
  チョッパーが言っていた人の気配というのは、まさにこの男のものだったのだろう。
  前髪の間からのぞくぐる眉をひょい、とつり上げてサンジは、チョッパーに眼差しで問いかけた。
  チョッパーは落ち着いた様子で頷いた。この男がゾロの朝食を食べようとした犯人だと、トナカイの少年は大きく返した。
  サンジはそこで目を閉じた。みっつ数える間だけ。それから目を開けると、すう、と息を深く吸い込む。拳を握りかけて、ふと思い出したようにそっと指から力を抜く。
  何かの儀式めいたようなサンジの動きに、男はますます怯えた。
  じりじりと後退りながら、サンジの視線から逃れようとしている。
「逃げても無駄だぞ」
  ボソボソと、ウソップが男へと声をかける。
  チョッパーがその隣でうんうんと頷いている。
  二人していい気なもんだなとサンジは思った。
  ゾロに何かあったなら、サンジはおそらくウソップのこともチョッパーのことも許さないだろう。ましてや、この目の前の男に至っては地獄の果てまでも追いかけて、三枚おろしにしてやるか、それとも……と、ここまで考えてサンジはフッと口元に笑みを浮かべた。
  そもそもあのゾロが、こんな男にどうにかされるはずがない。いくら怪我を負っていようとも。
  まあ、まずあり得ねぇことだな。そうサンジは口の中で呟くと、ようやく肩の力を抜いた。



  ゾロを船に連れて帰るにあたって、男を放っておくことはできなかった。
  ウソップに男の面倒を見させる一方でサンジは、チョッパーの手を借りてゾロを連れて隠れ家を後にすることにした。
  船に戻るまでの道中で問題があるとしたら、件の広場だけだった。あの広場には、まがい物ではあるが海軍兵士と自称する不届きものたちがうろついている。
  怪我人を連れていたらそれだけで目立つというのに、あの連中の好奇心を刺激しないようにうまく港まで戻らなければならないとは、何とも骨の折れることだろう。
  できる限り目立たないようにと気を付けながらサンジは、道のりを急ぐ。
  気持ちが急くのは、ゾロの調子がいまだよくないからだ。タイムミットが近付きつつある今、一刻も早くメリー号へ戻ることが最優先にしなければならないことになっている。
「もう少しだからな、ゾロ。頑張れよ」
  額に脂汗を浮かべたゾロの世話をしながら、チョッパーが声をかける。もしかしたら、チョッパーの声は聞こえていないかもしれない。
  今朝、ゾロをメリー号に連れ戻すにあたってサンジが大まかな説明をしたものの、ゾロはほとんど何も聞いていなかった。どうやら痛みと熱のせいで、意識が朦朧としているらしい。昨日とたいして変わらないゾロの様子に、チョッパーもわずかな焦りを感じているようだ。
  だったら、尚のこと隠れ家を出てメリー号に戻るべきだろうと判断したのは、サンジだった。
  あのまま隠れ家にいたとしても、何もメリットはない。ゾロの調子は元に戻らない、出向の時間が迫ってくるでは、にっちもさっちもいかなくなってしまうこと間違いなしだ。
  だから少々の無理を押してでも、ゾロを連れ帰ることにしたのだ。
  メリー号なら、チョッパーが手当てをするだけの充分な道具が揃っている。ナミがいるから、いつだって出港もできる。何より、船に戻ればルフィがいる。船長である彼が、的確な判断──あれはきっと、野生の勘とでも言うのではないだろうか──を下してくれるはずだ。
  くれぐれも目立たないように、と何度も口の中でしつこいぐらいに唱えながら、サンジは道を急ぐ。あの広場へと続く道を進みながら、サンジの視線は油断なくあたりを見据えている。
  万が一、あの兵士たちの目に留まったら。その時はウソップが連中と渡り合うことになっている。たまにはいいところを見せてくれよと、隠れ家を後にする時に声をかけたが、うまくやれるかどうかはわからない。ただ、ウソップだってこれまでの航海で皆と同じように様々な経験を積んできている。一方的に敵にやられるばかりということは考えられないことだった。
「頼りにしてるぜ、キャプテン・ウソップ」
  ちらりと振り返ってサンジは声をかけた。
  おう、任せとけ、とウソップは胸を張って返してくる。
  そう簡単にいくわけはないだろうが、今はウソップのその言葉が少しだけ頼もしく思えた。

               ※

  ゴミゴミとして不衛生な路地をやり過ごすと、穏やかな丘陵地帯に出る。のんびりとした田園風景の中を一行は進んでいく。しかしいつ誰に見咎められるかわからないという状況に、サンジは苛立ちを感じずにはいられない。丘を下ったすぐそこの路地を何とか抜けると、不意に雑然とした賑やかな光景が目の前に飛び込んできた。あの広場だ。
  ここまで何もなかったことにホッとしつつも、ここから先が正念場だという緊張感が入り混じる。
  振り返ると、チョッパーもウソップも緊張した面持ちで歩いている。やはり、ここへきて肌に感じる空気が変化したことがわかっているらしい。
  油断なくあたりを警戒しながら一行は歩を進めていく。
  正面に見える大きな噴水、立ち並ぶ露店。行き交う人々は騒々しく、皆それぞれに落ち着きがない。
「大丈夫かな」
  低い声でチョッパーが呟いた。
「大丈夫だ。なんたってオレ様がついてるんだぜ?」
  そう返すウソップの声も、心なしか震えている。あれは空威張りだなと、サンジは僅かに口元を緩ませる。もっとも、キャプテン・ウソップにはここからが頑張ってもらいたいところなのだが。
  一行は隙のない視線を送りながらそろそろと広場を進んだ。
  露店のどこかで男が怒鳴り声を上げている。喧嘩だろうか、だみ声の女がそれに応じるように声を荒げる。別の露店では犬がうるさく吠えたてている。今日は、昨日よりもいっそうピリピリとした空気が漂っているように思えた。
  だらしのない格好をした兵士崩れの男たちが、露店を冷やかしながら歩いていた。皆、男たちとは目を合わせないのか俯いたり自分の仕事に夢中なふりをしている。誰だってそうだろう。明らかに自分たちの仕事もしくは日常生活を踏みにじっていきそうなああいった輩と進んで仲良くしたい者など、滅多にいないはずだ。
  目立つことはするなよ、とサンジは胸の内で改めて呟く。
  港へ続く路地はすぐ目の前にあった。路地に入ってしまえば後は港まで一直線だ。それなのに、足がなかなか進もうとしないのは何故だろう。
  のろのろとした動きであたりを見回すと、買い出しの時に世話になった露店のハゲ頭のオヤジが目に飛び込んできた。だらしのない格好をした若い男数人に取り囲まれ、店の商品にちょっかいを出されているらしい。もっともあの様子なら自力で何とかできるだろう。そう思いながらも、気にかかって仕方がない。
  サンジのすぐ後ろを歩いていた青年も、なにやら冴えない顔色で露店の様子をうかがっている。
「気になるのか?」
  何気なく声をかけると、彼は慌てて首を横に振った。その大仰な仕草がやけにわざとらしく思えるのはどうしてだろう。
  サンジはもう一度後ろを振り返った。
  見ると、あまり素行のよろしくなさそうな男たちが、露店へと集まってきている。思わず、微かな呻き声を洩らしてしまった。
「ああ……」
  ふうぅ、と溜息を吐き出すとサンジは足を止めた。関わらずに済ますことができるものならそうしたかったが、見てしまった以上は放っておくわけにはいかないだろう。
  コキコキと肩の骨を鳴らしながらサンジはくだんの露店へと寄っていった。軽くウォーミングアップがわりに手近なところにいた輩をまずひと蹴り、蹴り上げる。ギャッ、と男の悲鳴が上がり、地面の上で丸まったかと思うとみっともなく悶えだす。サンジの足がいい具合に男の尾てい骨を砕いていた。ヒィヒィと声をあげながら啜り泣く男の姿に、同行していた青年の顔色が青くなっていく。
  呆れたようにチョッパーは首を横に振った。
「あーあ……」
  無事にメリー号に戻るまでは、ウソップが身体を張ってくれることになっていたのではなかっただろうか。
  結局のところ、自分のやりたいようにやるのだろう、皆。サンジにしろ、ウソップにしろ。自分だってそうだ。チョッパーはゾロを広場の目立たない木陰に引き摺っていくと、少し待っているように声をかけた。聞こえているのかどうかはわからなかったが、今はそうすることしかできなかった。




To be continued
(H28.5.16)



ZS ROOM                                                         7