『I vowed never to…… 4』
喉の渇きを覚えて、ゾロは目を覚ました。
体中が熱かった。撃たれた腹の部分を中心に、今にも燃えだしてしまいそうな感覚が渦巻いているようだ。動こうとすると、くらりと目眩を起こした。
サンジの気配が感じられないのもまた、不安だった。
あいつは、どこに行った──そう考えて、サンジがいちど船に戻ると言っていたことを思い出す。ああ、そうだ。そうだった。メリー号に戻って、チョッパーを連れてくると言っていたっけ。
上を見ると、雨漏りの染みが広がって茶色く変色した天井があった。
だからどうというわけでもない。雨風をしのぐことが出来るのなら、別にどこだって構わない。そんな贅沢を口に出来るほど、自分は金回りがいい人間でもなかった。旅の間に手に入れた金子は全てナミの預かりとなっていた。決まった日ごとに分配される金子のほとんどを、ゾロは酒と三本の刀のためにつぎ込んでいた。だから、仲間たちと離れて別行動を起こすときにも金をあてにすることはほとんどなかった。
しばらくじっと天井を眺めていたが、やがて疲れからか、再びゾロはうとうととしだした。
腹の痛みはまだ、続いている。
眠いながらも布越しに、指でそっと傷口を確かめてみた。
銃弾は脇腹から入って、肋を掠めて腹へと抜けた。よくもまあ、内臓で止まらなかったものだとぼんやりと思う。
腹のほうの傷をぎゅっ、と指で押さえると、じわりと布が湿り気を帯びた。出血が続いているのだろうか。指を確認するだけの気力も起きないのは、指先が冷たいからだ。足先も冷たい。それに、痺れるような感覚が全身を駆け巡っている。
サンジはまだ、戻らない。
乾いた唇が掠れた音を発した。
──…サンジ。
冷たい布が頬を撫でていくのを感じた。
ぼんやりとした意識を手繰り寄せ、ゾロはうっすらと目を開ける。
「今、手当をしたからもう大丈夫だぞ」
チョッパーの穏やかな笑顔が目の前にあった。
ゾロの意識はまだはっきりとしなかった。
なんだか夢を見ているような感じがする。
水差しの口が唇に押しあてられ、ゾロはこくりと水を飲んだ。最初の一口で激しい喉の渇きを感じたゾロは、チョッパーの手を押しやって言った。
「もっと……コップでくれ」
言われてチョッパーは、ゾロの頭の方に手を伸ばした。コップにはたっぷりの水が入っていた。チョッパーを連れにいく前にサンジが用意しておいた水だ。
「ゆっくり飲むんだぞ、ゾロ。零さないように気を付けて。ゆっくり、ゆっくり……」
チョッパーが言うのを耳にしながらも、ゾロはコップを鷲掴みに掴み取り、勢いよく一息で飲み干してしまった。よほど喉が渇いていたのだろう。傍らのケトルから、また水を注いでもらう。ゾロはもういっぱい水を飲むと、はーっ、と溜息を吐いた。
「俺は……」
ゾロが言いかけるのを遮って、チョッパーは言った。
「本当は傷が塞がるまでは寝てたほうがいいんだけどな。熱が下がったらメリー号に戻るぞ」
ゾロが眠っている間に、チョッパーは傷口を丁寧に消毒してくれていた。傷は、二カ所あったらしい。肋骨にあたって弾道が逸れたおかげで、内臓をやられずに済んのだ不幸中の幸いだとチョッパーは笑った。そう心配するほどの傷でもないようだったが、まだ油断はできない。最低でも熱が下がるまではこの小屋でおとなしく休んでいるようにと注意され、それで手当は終わった。
「今晩は俺がここに泊まっていくから」
そのかわり、サンジはいないのだとチョッパーは告げた。
サンジはいったん船に戻って、クルーたちの食事の世話をしているらしい。明日の朝、サンジがここに戻ってくるまでのしばらくの間、チョッパーとゾロの二人だけになる。
「俺、一生懸命、看護するからな」
少し照れたようなチョッパーに、ゾロは弱々しく笑いかけた。
「おう。頼りにしてるぜ、ドクター・チョッパー」
そう返すと、チョッパーは照れたような笑みを満面に浮かべる。
このトナカイ人間は、表情がくるくるとかわって面白い。
ゾロが眠っている間にチョッパーをここへ案内したサンジは、食べられそうなものを用意していってくれた。リゾットや果物、飲み物もパンもある。
二人きりの夕食を終えると、すぐに眠気が襲ってくる。食後にチョッパーから渡された薬を飲んだら、あっという間に眠くなってきたのだ。
「明日、熱が下がったら船に戻ろう。サンジもルフィも迎えに来てくれるから、それまでは……」
一生懸命にチョッパーが喋っているのが聞こえてきたが、次第にゾロの頭の中では意味をなさない言葉の羅列になってくる。
眠くて目を開けているのも億劫だった。
頭の中がぼーっとなって、だんだんと霞がかかったようになってくる。
目を閉じると、すとん、とゾロは眠り込んでいた。
明け方、まだ薄暗い時間にゾロは目を覚ました。
体は怠く、熱っぽいような感じがする。
ぼんやりとした頭でぐるりを見回す。
誰もいない。
チョッパーの姿をまず探したが、どこにも見当たらない。耳を澄ましてみても、物音ひとつ聞こえてこない。
妙だなと思ったが、起き上がるのが億劫でそのまま目を閉じる。
腹が減っていた。
夕べ、チョッパーと夕食を分け合った。朝の分はよけておくからとチョッパーは確か隣の部屋へ持って行ったようだったが、いったいどこに片付けたのだろう。
食事のことを考えると、途端に腹が減ってきた。
ぐう、と腹が鳴り、胃が食べ物を欲してしくしくとなってくる。
再び目を開けるとゾロは、そっと溜息をついた。
それからゆっくりと上体を起こした。
「チョッパー……おいチョッパー、いねえのか?」
隣の部屋へ向かって声をかけたが、何も返ってこない。やはりチョッパーはどこかへ出かけているようだ。
もしかしたら、メリー号へ戻ったのだろうか? いや、それにしてはおかしい。急用ができて船へ戻るなら、それとわかるようにしていくはずだ。それとも、何かあったのだろうか。
いや、違う。カタン、と微かな音が隣の部屋からしたのは気のせいだろうか。
瞬時にゾロの体に緊張が走る。
怪訝そうに眉間に皺を寄せ、じっと隣の部屋を睨み付ける。
今の自分にどこまで動くことができるかわからなかったが、ソファ隅に立てかけられた三本の刀を手に取るとゾロは、そろそろと足を床につけた。
腹の傷が痛んで眩暈を感じたが、もしチョッパーに何かあったのなら、このままじっとしているわけにもいかないだろう。
「チョッパー、戻ってきたのか?」
声をかけ、よろよろと最初の戸口のところまでなんとか辿り着いたゾロは、ドアを開けた。隣の部屋には思った通り誰もいない。物音がしたと思ったのは、気のせいだったらしい。
窓際の流しに目をやると、ポタリ、ポタリ、と水が滴っていた。そのそばに、パンと果物が置いてある。あれがおそらく、ゾロの朝食なのだろう。
ドアのところに刀を立てかけ、ゾロは窓際へと近付いていった。
パンを目にしたらいっそう空腹だったことが強く感じられたのだ。
よろよろと流しのところまで歩いていったが、そこで体力がぷつんと途切れたようになってしまった。ゾロは流しに片手で掴まったまま、もう片方の手でパンを握り締めた。
手が震えて、果物を乗せた小皿に当たる。
あっと思った時にはもう、皿は流しの中へ落ちていっていた。カチャン、と音を立てて小皿が割れ、シンク底に小皿の破片と果物が飛び散った。
「チッ……」
毒づいたものの、落ちてしまったものは仕方がない。
ゾロは、手にしたパンをガツガツと食べると、水を飲んだ。
怪我をした体が不自由でならなかった。自分の思い通りに動いてくれない体に、訳もなく苛立ちが募る。
ちらりと入口のほうを見る。
あれは、表へと続くドアだ。
あのドアを潜れば、そして何とか町に辿り着くことができれば、メリー号に戻ることもできるだろう。
ログが溜まるまではあと三日しかないはずだ。
チョッパーがいないなら、自力で船へ戻らなければならないだろう。
できるだろうか、今の自分に。考えて、すぐに無理だろうという結論に達する。まだ、体が本調子ではないのにここで無理をすべきできない。
ゾロは眉間に皺を寄せると隣の部屋へと続くドアのところに時間をかけて戻っていった。
刀を手に、またソファのある部屋へと戻る。
今はまだ、外に出ることはできない。この調子では町へ下りるまでいったいどれだけかかることかわかったものではない。
それに、自分はここまでどうやって来たのか覚えていない。
こんな調子でふらりと外へ出ても、すぐに海軍に見付かってしまうのがオチだろう。
気は進まなかったがゾロは、ソファのところまで戻るとまた体を横たえた。
ろくに動けもしない状態で町へ戻るのは危険だ。
腹立たしいが、チョッパーかサンジか、とにかく誰かが戻ってくるまで待つしかないだろう。 眉間に皺を寄せたままゾロは、目を閉じた。
隣の部屋へ行って戻ってきただけだというのに、それだけで随分と体力を消耗しているようだった。
To be continued
(H17.2.26)
(H27.8.23修正)
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