「呼びかける」
「……シン」
声が聞こえてくる。
「シン……シンドバッド王」
少し舌足らずな、だけど咎めるような声色にシンドバッドは夢見心地で寝返りを打つ。
ああ、この声はジャーファルだ。起こしにきてくれたのだな。そう思いつつも、シンドバッドは目を開けることができない。
寝入ってしまう前に少々酒が過ぎたらしい。いい感じに身体も意識もフワフワとしていて、ひっきりなしに眠気が襲ってくる。
「起きてください、シン」
呼びかける声は次第に苛立ちを含んでくるが、寝台の上で目を閉じてごろんとしているのが、なんとも気分がいいのだから仕方がない。
「んー……」
寝具にくるまったまま寝返りを打つと、チッ、と舌打ちが聞こえてくる。相当怒っているなと思いながらもシンドバッドはまだ目を開けようとしない。
もう少しこのままでいたいと思うのは、我儘だろうか。
もう少しだけ、ジャーファルを困らせたい。本気でそう思っているわけではなかったが、彼の困った顔はやけに幼く見えて可愛らしいのだ。
男相手にそんなことを思う自分は、どこかおかしいだろうか。
「もう少しだけ、眠らせてくれ」
口の中でぼそぼそと呟くと、頭上ではあぁ、と深い溜息が零れた。
「もう少しだけですよ、シン」
我慢強く自らに言い聞かせるように、ジャーファルが返してくる。
「……わかってる」
手をひらひらと振って返すとシンドバッドは、再び深い眠りに身を委ねる。
すぐそばには、ジャーファルの気配。好いた相手がすぐそばにいるのだと思うと、何故だか気持ちがほっとする。気持ちが安らぐとでも言うのだろうか、気心の知れた相手だから余計に安心する。
いや、その前に、とシンドバッドはもういちど手をひらひらと振った。
「ジャーファル、悪い……添い寝をしてくれないか」
寝言らしく聞こえるように、ぼそぼそと小さな声で告げてみる。
細っこいジャーファルの体を抱きしめて眠れば、もっと気持ちは安らぐだろう。もっと心は穏やかになるだろう。
寝具から腕を突き出すと、手探りでジャーファルの着ている服の裾を掴んだ。くい、くい、と服を引っ張りジャーファルを引き寄せようとする。
「……お休みになるのか、それとも今すぐ起きるのか、いったいどちらにするおつもりで?」
棘のある言葉と同時に、服の裾を掴んでいた手を勢いよく叩き落とされる。
「私はまだ執務中です。用事が終わり次第こちらに戻ってきますから、それまでは一人でお休みください」
あんたみたいに暇じゃないんだよ、という心の中の罵声が聞こえてきそうな冷たい口調でそう告げられ。ついでドアがパタンと音を立てて閉まる。
先日からジャーファルは、何やら忙しそうにしていた。いや、忙しいのはいつものことだが、普段以上に忙しそうにあちこちを飛び回っていたのをシンドバッドは知っている。何を企んでいるのだろうなと思いながらも、敢えてシンドバッドは気にしないようにしていた。ここで主たる自分が口を出してしまえば、ジャーファルの計画に水を差すことになるかもしれない。シンドリアの政務官としてジャーファルは、皆が思っている以上によくやっている。本当に、彼がこんなに献身的に自分に仕えてくれるようになるとは、今でも信じられない時がある。
自分にそれだけの信望があるとは思わない。
ただ、シンドバッドが目指す先に見えるものが同じだから……だからジャーファルだけでなく皆が、信頼してくれる。慕ってくれる。
その気持ちの隙間にでも、ジャーファルが自分を好いてくれる気持ちの余裕があればいいのにとシンドバッドは思わずにいられない。
自分と同じように、男女の恋愛と同じ気持ちをジャーファルが、自分に対して抱いてくれていればとついつい願ってしまう。
「いい子で待ってるから早く戻ってきてくれ、ジャーファル」
目を閉じたままシンドバッドはぽそりと呟く。
人肌が恋しくてたまらない。
いや、違う。自分はジャーファルの体を抱きしめたいだけだ。それだけだ。
もういちどゴロンと寝返りを打つとシンドバッドは、頭の中で抱きしめた時のジャーファルの体の感触を想像しだした。
(2014.11.24)
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