月のない夜に・3

「いっそのこと布団に入る」

  落ち着かないのか、ジャーファルはしばらく寝具にくるまってごそごそやっていた。
  それでもしばらくするとおとなしくなり、シンドバッドの腕に身を寄せてくる。
「やっぱり狭いですね、男二人ですと」
  王の寝台だからジャーファルが言うほど狭くはない。だが、そうでも言わないと落ち着かないのだろう、きっと。
「そうだな」
  ジャーファルも、自分も、もう子供ではない。
  出会ったばかりの頃のようにどこででも雑魚寝をしていた子どもではないのだ、二人とも。
  片やシンドリアの王、片やシンドリアの政務官。
  どちらもいい歳をした大人で、男だ。
  こんなふうに身をぴたりと寄せ合って眠るなど、本当ならありえないことだろう。
  だが、酔ったふりをしてでもジャーファルと枕を共にしたかった。こんなふうに彼の体温を間近に感じながら眠りたかったのだ、シンドバッドは。
「身体が……」
  不意にぽそりとジャーファルが呟いた。
「え?」
「いえ。相変わらず体温が高いですね、シンは」
  小さくクスリとジャーファルは笑った。ほんの少し前までピリピリと張り詰めていたジャーファルの気持ちが、ゆっくりと解けていくのが触れ合った部分から感じられる。
「そうかな」
  自分の体温が高いかどうかなど気にしたことはなかったが、こんなふうにジャーファルと二人きりで眠ることができるのがシンドバッドは嬉しかった。
「たまにはこういうのもいいな」
  昔みたいに、まだ純粋だった子どもの頃のように、好き勝手に床の上で雑魚寝をしたことを覚えている。月のない夜に、草原に転がって眠ったことを覚えている。
  いつの時にもシンドバッドの隣にはジャーファルがいた。自分よりも少しだけ低いジャーファルの体温を感じて眠りにつくのが好きだった。
  今も、昔も。
「黙ってさっさと寝てください」
  有無を言わさぬジャーファルの言葉はしかし、どこかしら優しい響きを含んでいる。
  もっと触れたい。もっと体温を感じたい。肌と肌を触れ合わせて、互いの鼓動が感じられるほど近付きたい。
「ジャーファル……」
  名前を呼ぶと、早く休んでくださいと咎めるような声が返ってくる。
  それすらも嬉しくて、もっと彼の喋る声を耳に留めたくて、他愛のないことを喋りかけてしまう。早く休めともう二度も三度も注意されているというのに。
「明日も忙しいのですから、さっさと休んでください、シンドバッド王」
  きっぱりとそう告げるとジャーファルは、シンドバッドに背を向けさっさと眠ってしまったようだ。
  それでもやっぱりシンドバッドにしてみれば、ジャーファルと同じ寝具にくるまって眠ることができて嬉しいのだ。
  仕方がないなと呟くかわりにシンドバッドは微かな溜息をついた。
  それからジャーファルの背を暗がりの中に確かめ確かめしながら、目を閉じる。
  このまま、互いの寝息が闇の中で混ざり合えばいい。
  触れることが叶わないのなら、せめて同じ時間、同じ空気を共にしたい。
「おやすみ、ジャーファル」
  そっと囁きかけた声は、ジャーファルに届いただろうか。
  おそらく彼は眠ったふりをしながらも、シンドバッドの声に耳を傾けてくれているはずだ。そう思うと自然とシンドバッドの口元に笑みが浮かんでくる。
  だけど今は眠ろう。
  明日のために。
  明日の朝、ジャーファルの笑顔を真っ先に目にするために。
  ごろんと体を横にして、シンドバッドはもういちど闇の中にジャーファルの影を探した。
  口やかましくて時として辛辣な、愛すべき政務官の影がすぐそこにあるのを確かめてから、目を閉じる。
  明日の朝が楽しみだった。



(2014.11.26)


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