「上に乗っかる」
息苦しさに目を開けると、目の前にジャーファルの顔がある。
どうして、と思うと同時に、顔のすぐそばにジャーファルの両手がどん、と置かれる。その衝撃で一瞬、寝具が沈み、また元に戻っていく。
「添い寝をご所望でしたね、我が王よ」
いつになく怖い表情で、ジャーファルはそう尋ねてくる。
怒っているのとは少し様子が違うようだが、怖いことに変わりはない。
いったい何が気に入らなかったのだろうかと頭の中であれこれと思案してみるが、思い当たる節はこれっぽっちも出てこない。
「添い寝、してくれるのか?」
嬉しそうに尋ね返すと、ふてくされたような表情のジャーファルに、ギロリと睨み付けられる。
「あなたが言ったのでしょう。添い寝をしてほしい、と」
まったく、いつまでも手のかかる大きな子どもですね、とか何とかぶつくさ言いながらもジャーファルは、律儀に添い寝をしてくれるつもりらしい。
「ああ……そうだな、言った。よく眠れるように、添い寝をしてほしい、と」
確かに自分は、ジャーファルに添い寝をしてくれと言った。だが、酒も入っていたし冗談半分だったのだ、あの時は。まさかジャーファルが添い寝をしてくれるなどとは思ってもいなかった。今もまだシンドバッドは、目の前の事実を信じられないでいる。
「おかげさまで用事も片付きましたし、今日は私ももう休むだけです。ここで添い寝をしてもいいとあなたがお許しになるのなら、いくらでも好きなだけ添い寝をしてさしあげます」
腹の上に跨ったジャーファルの重みが、心地良い。当然のことながら男だから軽くはなかったが、いつもシンドバッドが相手にしている女たちとは違う、痩せて骨ばった感触が新鮮で嬉しくもある。
「じゃあ、シンドリアの政務官殿に添い寝をしてもらおうかな」
ふざけて返すと、すぐさまギロリと睨み返される。
「こんなことは今日限りにしてくださいよ、シン」
ぷんぷんしながらジャーファルはそう告げた。
ふと視線をジャーファルに向けると、彼の首筋から耳にかけてが、ほんのりと赤いことにシンドバッドは気付いた。枕元の燭台の炎に照らされていささかわかりづらかったが、間違いなく赤らんでいる。
「ああ──」
そうか、とシンドバッドは思う。
ジャーファルは照れているのだ。
おそらく、シンドバッドが子どものように甘えて添い寝をしてほしいと言ったのだと思っているのだろう、ジャーファルは。この歳になって添い寝だなんてみっともないと思いながらも主の望みゆえ、黙ってジャーファルは従おうとしているまでだ。
その恥ずかしい気持ちのどこかにほんの少しだけでいいから、好意を含ませてほしいと思うのは、我儘だろうか。
仲間としての好意ではなく、恋愛の対象としての好意をシンドバッドは、ジャーファルに求めている。
口にしてしまえばジャーファルは主のためという大義名分の下に好意を見せてくれるだろうが、上っ面だけの好意などシンドバッドは望んではいない。
気持ちを寄せて欲しいのだ、シンドバッドは。
純粋に相手のことが好きで、自然と気持ちを寄り添わせたくなる。そんなふうに好きになって欲しいのだ。
「我儘だったかな」
独り言を呟くと、「本当にそうですよ」とジャーファルが返してくる。
「我儘で、自分勝手で……本当に困った王様です」
言いながらもジャーファルの表情からは、ぽろぽろと怒りがはがれ落ちていく。
「もうちょっとそっちに詰めてください。添い寝するんですから」
赤くなったジャーファルの首筋に触れたいと思ったが、シンドバッドはその気持ちをぐっと抑え込んだ。 今、ここで恋愛感情を持ち出しては、きっとジャーファルも困るだろう。
気持ちを抑え込むようにぐっとこぶしを握り締めるとシンドバッドは、寝台の上で体をずらし、ジャーファルが横になれるだけの空間を開けてやった。
「さあどうぞ、政務官殿」
大仰に言ってみせると、またしても睨み付けられる。
だけどジャーファルのその瞳の奥には怒りではなく、優しい色が湛えられているようにシンドバッドには見えた。
(201411.25)
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