「つついてみる」
目を開けると、明け方近くだった。
空は白み始め、開け放った窓の向こうには夜の名残を留めた紺色と朝日の色が入り混じりだしていた。
「ああ……」
もう、朝だ。
視線のすぐ向こうには、こちらに背を向けて眠るジャーファルの姿があった。
まさか朝まで一緒に眠ってくれるだろうとは思ってもいなかった。
シンドバッドが寝入るのを見計らって部屋を抜け出すぐらいのことはやってのけるだろうと思っていたのだが、これは嬉しい誤算だと思わずにはいられない。
シンドバッドは手を伸ばし、ジャーファルの肩に手をかけようとする。
こちらを向いて欲しかった。
一晩を共にした女が相手ではないことぐらいわかっていたが、それでも、情のあるところを見せて欲しいと願ってしまう。
身体の関係どころか、まだ唇すら合わせたことがない。自分の気持ちさえも、ジャーファルには伝えていないというのに、なんて馬鹿なことを自分は考えているのだろう。
自嘲気味に口元を歪め、シンドバッドは微かに笑う。
どうもジャーファルが相手だと、女とは勝手が違って自分のペースを崩されるような気がする。
長い付き合いだというのに、自分はこれまで、いったい彼の何を見てきたというのだろう。
仲間として、部下としてのジャーファルならたくさん見てきた。
それとは違うものを彼に求めるのは、いけないことだろうか。
自分のこの思いは、明らかにしてはならないものなのだろうか。
伸ばしかけた手をそろそろとひっこめるとシンドバッドは、はあ、と溜息をついた。
こんなに臆病な自分は知らない。相手はジャーファルだというのに、どうしてこうも慎重に事を進めようとしてしまうのだろう。
……怖いのだろうか?
この気持ちをジャーファルに伝えたい、知ってもらいたいと思いながらも自分は、いまだに何もできずにいる。
女たちを相手にする時とは明らかに違っているのは、ジャーファルに拒まれたくないからだ。おそらくそんなことになったなら、自分は一生立ち直ることはできないだろう。しかしだからといって、王の意に沿うように自分の気持ちを押し隠して進んで体を差し出すような真似もしてほしくはなかった。それはそれで腹立たしい。
躊躇いながらももういちど手を伸ばしてシンドバッドは、ジャーファルの肩に手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離を保ちながら、息をひそめる。
眠っているように見えるが、もしかしたらジャーファルは気付いているかもしれない。シンドバッドが今、何をしようとしているのか、既に彼は察知しているかもしれない。
ドクン、ドクン、と心臓が鼓動を打つ。耳の中で反響するような大きな音に思われて、シンドバッドはじりじりと再び伸ばした手をおろした。
パタン、と寝具の上に腕を放り出すと、はあぁ、と溜息をつく。
みっともないことこの上ない。
こんなふうに躊躇ってばかりの自分は、らしくない。
ごろんと身体の向きをかえて仰向けになると、小さな溜息をついてからまた目を閉じる。
もう一眠りしたならきっと、気分もかわるだろう。
もしかしたら次に目が覚めたら、ジャーファルに触れられるようになっているかもしれない。
それとも、ジャーファルに触れるのは諦めてしまったほうがいいだろうか。
どちらとも気持ちに踏ん切りのつかないままグダグダしていると、不意にジャーファルが身じろいだ。ごそごそと音を立てて起き上がり、こちらを覗き込んでくるのが気配で感じられた。
「……意気地なし」
掠れた声でそう、ジャーファルは呟いた。
それから、つん、と指で頬をつつかれる感触がした。
(2014.11.27)
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