星をおいかけて 4

  追いかけても届かないから、必至になってしまう。
  追いかけて、嫌われて、立ち止まる。
  少しだけ考えて、だけどまた、追いかける。
  そんなことをずっと繰り返している。
  自分の未熟さを痛感しながら、ただ一人だけを追いかけている。
  不安で不安でたまらない時がある。好きすぎて、頭の中がどうにかなってしまいそうな時がある。
  それでも、彼を嫌いになるなんてことは、できやしないだろう。
  手を伸ばせば届く距離にいつもいてくれる──大切な仲間であり、恋人でもある人だ。
  あれからモヤモヤを抱えたまま、季節だけが過ぎていった。
  獄寺とは、友人以上、恋人未満の状態がずっと続いている。キスは、あの夜、道ばたでした一度だけだ。
  それでも構わないと綱吉は思っている。
  それ以上を望むことは、いつしか自分の身には過ぎたことだと思うようになっていた。
  だから、多くは望まない。
  ただ嫌われないように。愛想を尽かされないように。
  彼に対してだけでなく、誰に対しても、そうだ。
  争うことなく自分の居場所を守ることができるのなら、それで構わないと綱吉は思っている。
  穏やかに日々が過ぎていけばいい。
  獄寺とのことがうやむやのうちに進展していけばいいと、そんな都合のいいことばかりを考えている。
  やっぱり自分はダメツナでしかないのだと、そう思いながらも惰性で毎日を誤魔化している。
  いつか、気づかないうちに獄寺との関係が進展していればいい……そんなズルイことを考えている。



  終業式の日、獄寺はなんだか朝からソワソワしていた。
  いつものように綱吉を迎えに来たものの、気もそぞろでどこか様子がおかしかった。
  どうしたのだろうかと思いながらも尋ねることができなかったのは、このところ、二人の関係が膠着したままだったからかもしれない。
  それにしても、と、綱吉は思う。
  明日から夏休みが始まるが、獄寺はどうするのだろうか。
  一緒に、海や山へ行ってくれるだろうか? 市営プールはどうだろう? 少し足を伸ばせば海だってある。動物園や遊園地なんてところでデートをするのもいいかもしれない。
  もし綱吉のほうから誘ったら、一緒に……過ごしてくれるだろうか?
  通学路を歩きながら、綱吉はちらちらと獄寺の横顔をうかがっている。
  今日も山本は野球部の朝練でいない。そのことに、少しだけ綱吉はホッとしている。獄寺と二人きりの時間を持つことができてよかったと思っている。
  気まずくはあるものの、獄寺と言葉を交わすきっかけを探そうと思うと、やはり二人だけの時間も必要になってくるだろう。
  いつ話そう、いつ尋ねようと思いながら、綱吉は歩き続ける。
  いつもと違って獄寺は静かだった。やけに大人しいのは、二人きりだからだろうか。
  こういう時、気の利いた言葉のひとつもかけられない自分を恨めしく思う。
  なにか一言、獄寺に声をかけることができないのだろうかと思うのだが、どうにもうまい言葉が浮かんでこないのだから仕方がない。
  ──どーせダメツナだし。
  はあ、と綱吉は溜息をついた。



  二人で歩く通学路は、呆気ないほどに短かく感じられた。
  もっと長く、二人きりでいたかったのに。
  あともう少し、一緒にいられる時間があったなら……そうしたらきっと綱吉は、獄寺になにか気の利いたことを言っていたかもしれない。いや、やっぱり無理だろうと綱吉は、すぐにその考えを否定した。
  言葉で伝えなければならない時があることはわかっているが、だからといってそう簡単に言葉が出てくるわけではないのだ。
  体育館での終業式の間、綱吉はあれこれと考えていた。
  自分はこれから、獄寺とどうしたいのだろうか、と。
  綱吉と獄寺の二人がつき合っていることは、今のところ山本しか知らないことだ。
  だからと言って油断していいことではない。山本以外の誰かに知られでもしたら、大変な騒ぎになるかもしれない。なによりも、リボーンにだけは知られてはならないと綱吉は思っている。
  アイツに知られたら、絶対にからかわれるのがオチだからな──そんなふうに思っているから、余計に獄寺とのことは慎重にならざるを得ない。
  とは言うものの、獄寺とのことを隠し続けるつもりもなかった。
  お互いに好きでつき合っているのだから、なにも秘密にする必要はないだろう。いつか、よりベターなタイミングで皆に知らせたいとも綱吉は思っている。
  獄寺は、なんと言うだろうか。
  嫌がるだろうか?
  それとも、同意してくれるだろうか?
  ボンヤリとしているうちに校長の話は終わり、体育館から生徒たちは去っていく。教室へ戻って、成績表をもらったら後は帰るだけだ。
  そうしたら、夏休みの始まりだ。
「十代目、教室に戻りませんか」
  獄寺の声に、綱吉は我に返った。
  山本が背後から綱吉の背中を押してくる。
「ほら、行くぞ、ツナ」
  背中についた山本の手が、シャツ越しに汗だくの背中にピチャリとへばりつく。
「うえぇ、汗だくなのに……」
  悲鳴のような声をあげると、すぐに手を離した山本が悪びれた様子もなく、笑っていた。
「悪りぃ、悪りぃ」
  そう言われて、綱吉もつられて笑った。
  その瞬間、ささくれていた気持ちが溶けて、ゆっくりと丸まっていくような感じがした。



  帰り支度を終えた生徒たちが帰りの途につき、教室はガランとして寂しくなった。
  綱吉は窓の外を眺めている。
  グラウンドの向こうで山本が、バットを振っている。終業式が終わると山本は、野球部の練習に行ってしまった。他の生徒たちも似たようなものだ。部活のある者はそちらへ、用事のある者は教室を出て、それぞれの用事を片づけるために忙しなく昇降口へと向かった。
  だから今、教室には綱吉と獄寺の二人だけしかいない。ほとんどの生徒たちが、とっくに学校を出ているはずだ。
「帰りませんか、十代目」
  声をかけられて、綱吉はくすぐったい気持ちになった。
  獄寺の声は、綱吉の耳に心地よく響く。
  帰りたい。だけど、もう少しだけ獄寺のこの声を聞いていたい。いつまでも二人きりでいられたらいいのに。
「うん……」
  乗り気のしない綱吉は、曖昧に頷く。
  星を見に行きたい。あの時の空をもう一度、獄寺と一緒に見たい。そうしたら、もしかしたら手が届くかもしれない。追いかけていた大切なものを、この手に入れることが叶うかもしれない。不意に、そんな思いで頭の中がいっぱいになる。
  そして──



  たっぷりと寄り道をして、家へ戻った。
  成績表は見せられたものではなかったから、家へ帰るのはできるだけ先延ばしにしたかった。
  ノロノロとした足取りで商店街をうろつき、獄寺を連れ回した。
  なんて自分は駄目な人間なのだろう。こんなくだらないことに獄寺をつき合わせるなんて。
  はあ、と綱吉は溜息をつく。隣を歩いていた獄寺が立ち止まり、怪訝そうに綱吉の顔を覗き込んでくる。
「どうかされたんスか、十代目?」
  心配されることが心地よくてたまらない。ぐい、と獄寺が顔を近づけてきて、綱吉は罪悪感がない交ぜになった苦笑いを浮かべた。
「うん……」
  獄寺の吐息が、頬にかかる。
  至近距離から見つめられて、綱吉の心臓がドキドキと騒ぎ出す。
「そうだ、お腹空いてない、獄寺君?」
  言いながら綱吉は、ポケットの中の財布にいくら入っていたかを思い出そうとする。確か、五百円玉が一枚、財布の中にあったはずだ。ファストフードぐらいならなんとかならないだろうかと獄寺の様子をうかがうと、彼は「いいっスね」と頷いた。
  自分の勝手で獄寺を振り回していることは自覚していたが、どうにも離れがたいのだ。
  もう少しだけ。
  あと少しだけ、一緒にいたい。
  無理に言葉を交わす必要はない。ただ一緒にいて、気紛れに言葉を交わして。それだけだ。それだけで、充分に綱吉の気持ちは満たされる。簡単なことだ。
  すぐ近くのファストフードの店に入ると、いちばん安いセットを頼む。財布の中の五百円玉を出すと、お釣りが返ってきた。手の中のお釣りを見て、コンビニでアイスぐらいは買えそうだなと綱吉は内心、ホッとする。
  それから獄寺とだらだらと時間を過ごして、夕方、西の空が赤く赤く夕焼けに染まり出す頃になってようやく綱吉は、家へと帰る気になったのだった。



         4  

(2011.7.9)



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