夏休みが始まった。
ダラダラと過ごすのが楽しくてならない。
学校のある日にはできない、朝寝坊や夜更かしはもちろん、した。
目が覚めると遅いブランチを食べ、ゴロゴロとして過ごす。たまにリボーンからの愛の鞭で夏休み中の宿題の進捗状況を確認されるものだから、適度に宿題にも手を出して。京子やハルからの誘いで図書館に行ったり、山本の誘いで市営プールに行ったりする。
獄寺とは、夏休みに入ってからは一度も会ってない。夏休みに入ると同時に獄寺はイタリアへ里帰りをしてしまった。だからだろうか、少しだけ綱吉はホッとしていた。
疎ましいとまではいかなくても、心のどこかで獄寺とのつき合いが重たくのしかかっていたのかもしれない。
もちろん、離れているから寂しくも感じるし、早く戻ってきてほしいとも思うのだが、それだけではすまない部分もあった。
好きで、好きで、たまらない。手を繋いで、キスをして、そこから先の行為へと進んでいきたい。体を繋げるというのは、いったいどんな感じがするのだろうか。セックスとは、どんなものなのだろうかと、そういった好奇心ばかりが胸の中で渦巻いている。
このままではいけないと思うのだが、一度盛り上がってしまった自分の気持ちを鎮めるのは随分と時間のかかることだと思い知らされた。
獄寺のいない寂しさを、他の誰かと一緒に過ごすことで紛らわすのが得意になった。
自分はいったいいつから、こんなにも嘘が得意になったのだろうか。
ベッドに転がった綱吉は、天井を見上げたまま深い溜息をついた。
獄寺が帰ってこない。
もう、一週間は過ぎただろうか。
最初のうちは楽しかった市営プールも図書館も、そしてそれ以外のどこに行っても、獄寺のいないこと寂しくてたまらない。
いつも呼ばなくてもすぐ側にいたのだと思うと、夏休みに入ってから彼が側にいないことがどこかしら不自然なような気がして、ならない。
どうしていないのだろう、どうしてすぐに戻ってきてくれないのだろう。
いなくてホッとしていたから、バチが当たったのだろうか。
少しぐらい邪険にしたとしても獄寺なら側にいてくれる、大丈夫だと高を括っていたからだろうか。
そんなにも自分は、傲慢になりすぎていたのだろうか。
獄寺に会いたいと思う。
だけど、会いたくないとも思う。
矛盾する気持ちに、頭の中がどうにかなりそうだ。
傷つきたくはないけれど、近づいて、手に入れて、自分のものにしたいとも思う。嫌われたくない。逃げられたくない。それなのに気持ちは獄寺へと向かっている。
好きだ、手に入れたいと、心が騒いでいる。
──早く、帰ってくればいいのに。
心の中で、そんなふうに呟く。
いつものように、側にいてほしい。気がつくと獄寺はいつも、綱吉の側にいてくれる。
それがあまりにも自然なことだから、彼の存在がどれだけ大切かということを、もしかしたら自分は忘れかけていたのかもしれない。
「早く、帰ってこい」
呟きは、中空へと飲み込まれていった。
その日は蒸し暑い夜だった。
夏祭りを目前に控えて、商店街は賑わっていた。
コンビニまでアイスを買いに出かけた綱吉は、ブラブラとあたりを歩いていく。
獄寺が隣にいないことが寂しくて、だけどどこかしら少しだけホッとしている自分がいる。なんて勝手な人間なのだろう、自分は。
夜道を一人、コンビニの袋を提げてブラブラと歩いていく。
家までもう少しのところで、ふと綱吉は空を見上げた。
真っ暗な空に、星々が散らばっている。
少し前に獄寺と二人で見た夜空となにもかわりはないように思える。
月のない夜だからだろうか、今夜は星の輝きがいっそうキラキラとして見える。
星が綺麗だと思った。夜の暗さが綺麗だと思った。どこか遠くのほうから蝉の鳴き声が聞こえてくる。
どうして獄寺はここに、この場にいないのだろう。
自分の側にいてくれないのだろう。
そんな想いが込み上げてきて、綱吉は足下の小石をトン、と蹴った。
少しだけ、腹立たしかった。
側にいてくれない獄寺に対して、理由もなく八つ当たりをしたくなるような、そんな無茶苦茶な感情が込み上げてくる。
はあ、と綱吉は溜息をついた。
しばらく立ち止まってボーっとしていると、後ろのほうから足音が聞こえてきた。
駆け足で、近づいてくる。
なにをそんなに急いでいるのだろうかと思いながらも、聞き慣れた足音に一瞬にして綱吉の耳に神経が集中する。
後ろのほうでコン、と小石が転がる音がして、綱吉は固唾を飲んだ。
心臓が、ドキドキいっている。
振り返るだけの度胸もないのに、心臓は騒がしく鳴り響き、体がカッと熱くなってくる。 後ろを見たい。振り返って、背後に迫った人が誰なのかを知りたい。
だけど怖くて、できない。
もし違ったらどうしよう。人違いだったなら、恥ずかしくてたまらない。
息を吐いて、吸って。落ち着け。落ち着いて、まずは俯いていた顔をゆっくりとあげて。それから片足を引いて体の向きを変えて。
暗がりの向こうに見えた影に、綱吉は目を瞬かせた。
「獄寺君……」
気の抜けたような、情けない声が出る。
駆け足のスピードがゆっくりと落ちていき、影は、いつの間にか歩きだしていた。
真っ直ぐに綱吉のほうへと、暗がりを歩いてくる。あのシルエットは間違いなく獄寺のものだ。
綱吉は胸の奥がツキンと痛むのを感じた。
ほんの少し離れていただけだというのに、涙が出そうになるのはどうしてだろう。こんなだから「ダメツナ」とリボーンに言われ続けているのだろうか。
膝から下に力が入らず、ともすればその場に座りこんでしまいそうだった。
獄寺が近づいてくるのが、永遠とも思えるほど長い時間がかかった。実際は、そんなに時間なんてかかっていないはずだということに気づくのは、もっとずっと頭が冷えてからのことなのだが。
「十代目……」
近づいてきた影が、自分と同じように情けない掠れた声で呟いた。
「うん、獄寺君」
獄寺と会えなかったのは、ほんの一週間ほどのことだ。
それなのに、もうずっと長いこと会っていなかったような感じがしてならない。
「すんません、やっと帰ってこれました」
そう告げた獄寺の顔も、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
夜空の下で、二人は泣きそうな顔をしたまま見つめ合った。
ようやく会えたのだという気持ちが、綱吉の胸の中でざわざわとざわめき始めている。
「……おかえり」
胸の中につかえていたものが、溶けていくような感じがする。
顔を合わせたら気まずいかもしれない、だから会いたくないと思っていた気持ちは、獄寺の足音を耳にし瞬間に消え失せていた。
本当は、会いたかった。ずっと。会いたくて会いたくて、仕方がなかった。ほんのわずかな期間の里帰りだからと思っていたが、実際には寂しくてたまらなかった。
「会いたかったよ、獄寺君」
その言葉を絞り出すのが精一杯だった。
唇が震えて、それ以上は言葉が出てこない。
他に、なにを言えばいいのだろうか。
震える唇を前歯で噛み締め、綱吉はじっと獄寺を見つめる。
「十代目」
ゆっくりと獄寺が近づいてくる。
足を前へと踏み出し、地面を踏みしめ、確実に近づいてくる。腕を伸ばし、綱吉の腕に手が触れると同時に獄寺は、体を密着させた。
「十代目…──」
抱きしめられたと思ったら、肩口に獄寺の額がぐいぐいと押し当てられていた。
「ちょ、獄寺君……」
スン、と獄寺が鼻を啜る。泣いているのだろうか?
綱吉は、獄寺の背中へとそっと手を回した。
抱きしめると、獄寺のにおいがした。煙草と微かなコロンの香りに、綱吉の口元が微かに緩む。
「──…捕まえた」
耳元に、小さく囁きかけてやった。
それからこめかみに、掠めるようなキスをした。
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