『月の香り 2』
互いに相手の目を見つめ合ったまま、動くことができない。
唐突にゾロは指先でピン、とサンジの額を弾いた。
「……てっ…──」
慌ててサンジが手で額を覆うと、ゾロはにやりと笑った。
目が……まるで威嚇するかのようだった鋭い眼差しが、いつの間にか悪戯っぽく笑っている。
「酒、ごっそーさん」
ぼそりと低く呟いて、ゾロは立ち上がろうとする。
行ってしまうのかと思うと何故か心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまいそうな気がして、サンジは咄嗟にゾロの手首を掴んでいた。
「あぁ?」
眉を寄せて、ゾロはサンジを見下ろした。
不審げな眼差しはじっとサンジを見つめている。
「差し入れ以外にまだ何かあんのかよ」
低い抑え気味の声だが、怒っているわけではなさそうだ。
「あ……いや、別に…──」
思っていた以上に優しい口調のゾロに、戸惑いながらもサンジは言葉を返した。途端に決まりが悪くなったのか、ふい、と視線を逸らす。いつものサンジならこんな時でもすらすらと言葉が出てくるというのに。今日に限って歯切れが悪いのは、どういうことだろう。
「用もないのに引き留めるなよ」
軽く言って、ゾロは腕を引いた。
サンジの手の中からするりとゾロの腕は逃げていき……その瞬間、サンジは口走っていた。
「デッ……デザートはいかがっすか……」
掠れたサンジの声は妙に裏返っていたが、それが逆にゾロのどこか張り詰めていた気を緩めた。
ふっ、と破顔するとゾロは、何の邪気もない瞳でサンジを見つめる。
「熱でもあんのかよ、クソ野郎」
と、何喰わぬ顔でゾロが言う。サンジの頬はカッ、と紅潮して、暗がりの中でも普段と様子が違うのが雰囲気で見て取れた。
「いや、熱は……」
熱はないと言いかけたサンジの額に、ゾロの手が当てられる。ひんやりとしたその感触に、サンジはぞくりと身体を震わせた。まさか、こんな風にすぐ近くで触れられるとは思っていなかったのだ。
「酔ってんのか、お前」
尋ねられ、サンジは首を横に振る。
酔っている。
口に出しては言えないけれど、今のこの状況に、サンジは酔っていた。
密かに触れたいと思っていたゾロのほうから、触れてきている。
しばらくは顔も洗えないなと、こっそりサンジは心の中で呟いた。
「用がないならもう行くぞ」
不意に、沈黙を破ってゾロが言った。
普段とどこか違うサンジの様子を気にしつつ、しかし余計なことには首をつっこもうとしないところがゾロらしい。
「あ?」
サンジは不思議そうにゾロの顔を穴が空くほど見つめている。
「なんだよ。お前、不寝番を替わってくれるんじゃねぇのかよ」
と、ゾロ。不寝番は二人もいらないと言外ににおわせる言い方に、サンジはむっとした表情で返した。
「なんで俺が」
サンジが見張り台に上がってきたのは、ゾロが手摺りに上がっていたからだ。思い詰めたような厳しい表情で月を見るゾロの横顔には、ある種の色香が漂っていた。その色香に惑わされてここへやってきたのだとはさすがのサンジも口にはできず、なんと言ったものかと腕組みをして考え込んでしまった。
「…月に……そう、月に呼ばれたんだよ、俺ァ」
吐き捨てるかのようにぽつりと言ったサンジは、照れ隠しに視線を宙に彷徨わせる。
月の光が二人を、優しく包んでいた。
to be continued
(H15.7.30)
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