『月の香り 6』
しばらくのあいだゾロは、キスの余韻に浸っていた。
いや、ゾロだけではない。
サンジもまた、今しがたの行為の余韻に酔っていた。
二人とも、自分がこれほどまでに自制心のない人間だとは思っていなかった。
サンジはともかく、武道を嗜み禁欲に縛られているゾロには本来このようなことはあってはならないはずだった。
それなのに自分はいったい、ここでサンジと何をしていたのだろう。
虚ろな眼差しでゾロは、サンジをちらと見遣った。
乱れた着衣を元に戻したサンジは何食わぬ顔をしており、柱にもたれて煙草を吸っている。
「おい」
ゾロが、声をかけた。
「今夜のこと、誰にも言うなよ」
サンジは共犯者の瞳でゾロを見つめ返すと、にやりと笑った。
「そりゃ、お互い様だ」
無言のまま見張台を後にするゾロの背を見送ったサンジは、一人、煙草をふかしていた。
香ばしいかおりがあたりに漂い、消えていく。
ふと空を見上げると、月はまだ、煌々と輝いていた。
青白い狂気の月だ。
先ほどと少しも変わることのないその月の様子に、サンジは小さく皮肉めいた笑みを浮かべた。
まさか、こんな形でゾロと関わることがあるだろうとは思ってもいなかった。そのことに対するサンジの胸の内は、簡単に言葉にはできないほど複雑だ。その複雑さを考えるだけで、奇妙な高揚感が沸いてくるのは何故だろう。
「言うわけねぇよ、今夜のことは」
ぼそりと呟くとサンジは、手にしたタバコを柱の隅で揉み消す。
結局、不寝番は問答無用で押し付けられてしまったようだ。
それにしてもどこか清々しい気持ちがしないでもない。押し付けられたというのに、こんなにも気分が晴れやかなのは、きっと、今宵の月のおかげだろう。
サンジは頭の後ろで手を組むと、柱にもたれて不寝番に就く。
水平線の向こうが微かに灰色がかってきているのは、きっと朝が近いからだ。
今日はいい日になりそうだと、そんなことを考えながらサンジは空と海との狭間をじっと眺め続けたのだった。
END
(H15.8.3)
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