翌朝は、いつになくいい天気だった。
波留の国とは言うものの、いつもどんよりと曇った空の下で薄日が差したり差さなかったり、時には雪がちらつくこともあったというのに、今日はやけに空が晴れやかだ。
「晴れたな」
障子を開け放った薬研がポツリと呟く。
絶好の手入れ日和だと春霞は思った。
明け方まで薬研と話し込んでいたから少し眠気が残っているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
春霞はそそくさと自室へ戻ると、何食わぬ顔をして身支度を整えた。
朝餉は皆と一緒に広間でいただき──昨日のように一段高い場所で一人でいただくのではなく、皆と同じ並びの畳の上でいただいた。
それから手入れ部屋へ向かうと、まずは道具と資材の確認だ。
長谷部が来るまでどのぐらい時間がかかるかわからないから大急ぎで、しかし慎重に道具を手元に並べると、必要な資材を取り出して準備をする。
残り少ないものは紙に書き付けておいて、様子を覗きに来た刀剣男士に買い付けに行ってもらうことにした。
待つことしばし。
真っ先にやってきたのは加州清光だった。
「ねえねえ、主。手入れもいいけどさ、これ、見て」
そう言って加州は、ひとつに結わえた髪を見せてくる。
「可愛い?」
ほら、と加州が見せてきたのは、髪を結わえている紐だった。
加州の好きな赤い色と淡い桃色の糸を撚り合わせた組み紐を使って、今日は髪を纏めている。 「うん、可愛い。それ、どうしたの?」
赤い色が加州の髪によく似合っている。春霞は素直に頷いた。
「夏海が……あ、と。名津の本丸の主がね、夏海って名前なんだけど、誉を取った褒美にくれたんだ。俺は夏海が大好きだった。いつも俺のことを可愛がってくれて、大事にしてくれたんだ。同田貫や御手杵、次郎太刀も大事にしてもらっていた。誉を取ったら必ず、労いの言葉をかけてくれたっけ」
嬉しそうに加州は名津の本丸でのことを話してくれる。
名津の国の審神者は刀剣男士たちに好かれていた。だが、ある日を境に行方をくらましてしまった。夏海を失った本丸は、次第に本丸としての機能をしなくなっていった。だから加州は、不満を持つ同田貫たちと一緒に名津の本丸を後にしたのだった。
それでもいまだに、夏海のことは気にしているのだと加州は教えてくれた。
「夏海さんのことが大好きだったのね、加州くんは」
加州の話を聞いただけでも、名津の国の審神者が悪い人ではないということが何とはなしに伝わってくる。
そんな好人物が自分の本丸の刀剣男士たちが困った事態に陥っていることを知ったなら、きっと何を置いてでも駆けつけてくれるのではないだろうか。
こんのすけは政府からの入電が途切れたと言っていたが、そのあたりのことももしかしたら関係があるのかもしれない。
「うん。大好きだよ。たぶん、他の仲間たちも。夏海は皆に優しかったからね」
そう告げる加州の顔は、何とも誇らしげだ。こんなふうに刀剣男士から慕われているというのは、幸せなことだと春霞は思う。互いを信頼する絆の強さがうかがわれて、少し羨ましいような気もしないでもない。
「ところで加州くん、手入れはいいの?」
一通り加州の話を聞いてから、春霞は尋ねた。
ここへ来たということは、手入れを必要としているということだろう。
初日に見た時から、加州の顔色の悪さは気がかりの一つでもあった。今ここで手入れをすることができるなら、その気がかりの一つが片付くことになる。
どうなの? と眼差しで尋ねると、加州は乾いた笑いを口の端から零した。
「後でいいよ、俺は。先に見て欲しい人がいるから、そっちを先に見てやってよ」
それが次郎太刀のことだということは、明らかだった。
「じゃあ、連れてきてくれる?」
春霞のほうからいくら熱心に声をかけたとしても、次郎太刀が自発的にここへ手入れをしに来てくれるだろうとは思えない。加州が声をかけてくれるなら、或は……と思ったのだが、加州は首を横に振っただけだった。
「あー……俺には、無理」
軽く肩を竦めて加州は言った。
「だって次郎太刀が俺の言うこときくわけないじゃん」
次郎太刀が誰かの言葉に素直に耳を傾けるとしたら、それは兄の太郎太刀以外にはいないだろう。それをわかっていて尚、春霞は加州に頼らずにはいられない。
「次郎太刀が自分から手入れをしに来てくれればいいんだけどね、たぶん無理だと思うよ。次郎太刀の手入れが終わるまでは、俺、手入れは自粛しとこっかな」
そう、加州は微かに笑う。
「それで大丈夫なの、加州くんは」
春霞が尋ねると、加州は大きく頷いた。
「大丈夫だって。俺のほうが傷は浅いからね」
大丈夫だからと何度も繰り返す加州に、春霞は一抹の不安を拭うことができない。
それならと、懐に大事に隠し持っていたお守りを春霞は取り出した。
「これ持ってて、加州くん。ひとつしかないから、誰にも内緒にしておいてね」
そう言いながら加州の手の中に、小さなお守り袋を握らせる。
「でも……薬研にあげるつもりだったんじゃ……?」
「薬研は持ってるからいいの。そのお守りは、渡せなかった人の分なの。その人の形見みたいにして持ち歩いていたんだけど、加州くんが持っててくれたらきっとその人も喜んでくれると思うから……」
だから持っていてほしいと、春霞は告げた。
陸奥は、もういない。いない人のためのお守りを、いつまでも春霞が持っていること自体、おかしいのだ。必要としている人がいるのなら、その者に持たせればいい。陸奥だってきっと、そう望んでいるはずだ。
「次郎太刀さんの手入れがいつになるかわからないから、それまでの間だけでも持っててちょうだい」
春霞の言葉に、加州は手の中に押し付けられたお守りへと視線を落とす。
困っているのか、嫌がっているのか、どちらだろう。形見のようにしていた誰かのお守りを持たされるとは、加州も思っていなかったに違いない。
「ん、わかった。持ってるよ」
同田貫や御手杵に声をかけて、できるだけ早い時期に次郎太刀が手入れに来るように働きかけてみると言い残して、加州は去って行った。
朝の日課を終えた長谷部が春霞のところへやってきたのは、昼少し前の時間になってからだった。
結局、加州以外は誰も手入れに来てはくれなかった。
加州だって手入れはせずじまいだったから、手入れの希望者は今日は一人もいないことになる。
「よかった、長谷部さんが来てくれて」
ホッとしながら春霞は言った。
誰も来なければ、午前中の時間を無駄に過ごしたことになる。それだけは避けたいところだった。
「……俺だけですか?」
怪訝そうな顔をして、長谷部が尋ねてくる。
「はい。長谷部さんだけです」
皆、やはりまだ春霞の存在には慣れていないのだろう。
いきなりやってきて手入れをしますと言ったところで、ほいほい信用してくれるほうが稀なはずだ。
「初日に広間でお会いした時から、顔色の悪さが気になっていたんです」
春霞は顔を上げ、まっすぐに長谷部を見つめてそう言った。
「こういうのは……その、やはりわかるものなんですかね」
言いにくそうにぼそぼそと長谷部は呟いた。
「そうね。長谷部さんと、次郎太刀さん、それに加州くんはすぐにわかっちゃったわね」
言いながら春霞は、手入れのための資材をさっと手に取る。
とにかく、長谷部だけでも手入れをしてしまわなければ。
「俺のは軽傷ですよ」
少しムッとした顔で告げる長谷部が、どことなく可愛らしく見える。
「軽傷でも、できる時に手入れをしておいたほうがいいわ」
長谷部の手入れがすんだら、そろそろ先のことを考えていかなければならなくなるだろう。
下準備もなく全員に真実を伝えるわけにはいかないから、それぞれの本丸出身の者を一人ないしは二人ずつ呼んで話をするのが妥当なところだろうか。
「そろそろ、これからのことを話し合わなければならないと思うんだけど」
丁寧な手つきで打ち粉を拭いながら春霞は口を開いた。
「今夜、何人か集めて秘密裏に会議を開きたいのだけど、長谷部さんはどう思いますか?」
袖を捲った下に隠れていた二の腕の青痣を拭い紙でそっと撫でると、少しずつ痣が薄くなっていく。御手杵の時もだが、刀剣男士の傷の手当はすべてこうなのだろうか。手入れという名称からもある意味無機質な感じがしないでもない。傷の治療をしているのとは随分と違うのだということを、手入れのたびに春霞は思い知らされる。
ちらりと長谷部の顔を見ると、彼は驚いたように春霞を見つめ返していた。
「そこまで考えておられたのですか」
まだもう少し日数がかかるのではないかと思っていましたと、嫌味たらしく長谷部に言われたのが悔しくて、春霞はわざと強い力で痣を撫でる。
「っ……」
眉間に皺を寄せ、痛みをこらえる男の表情に気を良くして、春霞はにこりと笑った。
「逃げてきたダメ審神者だけど、現状はちゃんと理解しているつもりだから」
長谷部はどこまで信頼できるだろうか。
春霞は目の前の男の目を覗き込んだ。
長谷部がいないことには、話はできない。この本丸で他の本丸から移動してきた刀剣男士たちを纏め上げた男だから、彼は絶対にいなくてはならない。だが、長谷部の印象があまりにも強すぎて、春霞は波留の本丸の他の刀剣男士のことをあまりよく知らない。
ここへ来てまだ日が浅いから仕方ないのかもしれないが、時間は待ってくれないのだ。
こんのすけは単独で政府との交渉に当たってくれているが、無事に連絡がつくかどうかはまだわからない。そもそも入電自体が途絶えてしまっているのだから、どう足掻いても連絡を取ることは不可能なのではないだろうかと春霞は思っている。
「会には誰を呼ぶのですか」
切れ長の目が、冷たく春霞を見据えてくる。
「同田貫くんと御手杵さん、それから一期一振さん。あと薬研と、あたし。ここまでは確定してます。波留の本丸からは長谷部さんと、もう一人お願いしたいのですが、誰を呼んだらいいのかわからなくて……」
春霞は正直に言った。
わからないのに知ったかぶりでもう一人を決めてしまうのは怖かった。
「いろいろと今後のことについて話し合いたいから、今夜、適任者を連れてあたしの部屋へ来てください。時間は後ほどお知らせします」
今はまだ、あまり情報を与えないほうがいいだろう。
「よろしいのですか?」
長谷部は捲り上げた袖を元に戻しながら尋ねてくる。
「俺が、主に対してよからぬ感情を持っていて、造反する機会を狙っているとしたら……」
「そんなことを思っているのなら、こんなふうに好き勝手はさせないでしょう?」
布由の本丸で春霞は、常に叡拓の視線を感じていた。監禁して尚、叡拓は春霞を厳しい監視下に置こうとした。本当に造反しようと企んでいるのなら、見張りをつけるなり軟禁するなり、何らかの方法を取るはずだ。今のところ、春霞が不穏に感じるようなことはひとつとして見あたらない。おそらく、これは長谷部の嘘だろう。
はあ、と大きな溜息をつくと長谷部は、ガリガリと頭を掻いた。
「逃げ出してきただけあって、多少の知恵はついているようですね」
春霞は「多少は、ね」と返すと、次の傷を出すように長谷部を促す。
腕の痣ひとつで顔色が悪くなるはずがない。心労だけでここまで顔色が悪くなるとしたら、もっとあちこちで長谷部の噂を耳にしたり姿を見かけるはずだが、そういうこともなかったように思う。忙しすぎて顔色が悪いのとは少し違うような気がする。と、なると、手や足ではなく体のどこかにもっと大きな傷があるはずだと春霞は見込んでいる。
「上だけでいいから、着ているものを脱いでみてください」
淡々と声をかけると、長谷部は妙な顔をした。
「……主命ですか?」
ああ、と春霞は思う。一応なりとも若い女性の前で着ているものを脱ぐことに、抵抗があるのだ、長谷部は。
「主命です」
何でもかんでも「主命」と言えば、もしかしたら長谷部はこちらの思い通りに動くのだろうか。試してみたいような気もするが、今はそんなことをしている場合ではない。いつかここぞという時に試してみようと春霞は頭の隅っこに控えておく。
上半身裸になった長谷部は、脇腹から背中にかけて大きな傷を受けていた。
血の滲む包帯をそろそろと外していくと、その下の肉は削げて化膿しかけている。人間でなく刀剣男士だからこそ、この状態で活動できているのではないだろうか。
春霞は顔をしかめると、長谷部をギロリと睨み付けた。
「どうしてもっと早くに手入れ部屋へ来なかったのですか?」
御手杵も危なかったが、長谷部だって似たり寄ったりの状態ではないか。意識があるか、意識がないか。或は動けるか、動けないかの違いだけで、そうたいしてかわりはない。
この調子では、次郎太刀の状態だってわかったもんじゃないと、春霞は肩を怒らせた。
「これまでできていなかった分もしっかり手入れしますから、そのつもりでいてください」
※※※
夕餉の後しばらくして、こんのすけが姿を現した。
政府との連絡は相変わらずつかないらしい。
同時に集めてもらった各地の情報では、何者かに本丸を乗っ取られる事案がこのところ急激に増加しているとのことだった。
春霞のいた布由の本丸もそうだが、この波留の本丸も同じだった。何者かに乗っ取られて、審神者の座を奪われてしまったのだ。
一方、名津の本丸は審神者が行方知れずになったということだが、今のところ原因は不明のままだ。合希の本丸も似たようなところだと聞いているし、こちらも詳細は不明ときた。
まずは全員で集まって状況確認をし、情報を交換し合うところから始めなければ、いつまで経っても現状を打破することはできないだろう。
「それで、政府との連絡はついたの?」
春霞が尋ねると、こんのすけはしょんぼりと耳を伏せ、恨めしそうな目をした。
「それが……何度も連絡を取ろうとするのですが、どうにも……」
電信を使っても連絡はつかない。ならば、と心当たりをいくつか当たってみたが、どこも似たような状況だったらしい。
政府との連絡は向こうからの一方的な入電のみだから、故意にこちらからの電信が入らないようにしているのかもしれない。だが、もしそうでなければ現実の世界で何か異変が起きているということだ。
春霞やこんのすけなどには及びもつかないような何かが、政府とこの世界、もしくはこの世界と現実の世界との間で起きているのかもしれない。
「今夜、この本丸の主だった者たちと秘密会議を開くことにしているから、それとなく探りを入れてみるわね。彼らの中にも、この状況に気付いている者がいるかもしれないから」
春霞の言葉にこんのすけは、ますますしょぼくれてしまう。
「こんのすけが不甲斐ないばかりに、申し訳ございませぬ」
うなだれた狐の背を春霞はポン、と軽く叩いてやった。
「少しずつ片付けていきましょう、こんのすけ」
とにかく、政府と連絡が取れなければ春霞たちはにっちもさっちもいかない。
審神者が本丸を奪われる現象は、政府との音信不通に原因の一端があるように思われる。
「はい。もう少し頑張ってみます」
こんのすけが弱々しく告げるのに、春霞は優しく微笑み返した。
「大丈夫よ、こんのすけ。こっち側に来ることができたんだから、帰ることだって可能だと思うわ。ただ、そのやり方がわからない、ってだけで」
それに、帰ったところで時間がどれだけ経過しているかわからない。審神者になった時に春霞は、そう聞かされている。いわゆる浦島現象というものに遭遇するかもしれないと、予め説明を受けている。
例え政府と連絡がついたとしても、もしかしたら春霞の時代の政府ではなくなっているかもしれない。それこそ、帰る先がなくなってしまっている場合だってありうるのだ。
だが、それを今ここでこんのすけに話したところで、ますます混乱するばかりだろう。
「頼りにしてるわよ、こんのすけ」
胸の内の不安を払拭するかのように春霞は言った。
こんのすけは「はい、春霞様」と従順に返す。狐のくせに従順すぎるところが、怪しくないでもない。
それからこんのすけはひょい、と宙に飛び上がるといつものように掻き消えるようにしていなくなってしまった。
取り残された自室で春霞は、深い深い溜息をついた。
さらにわからなくなってしまった。
最初は、自分が布由の本丸から追い出されただけだったのに。話がどんどん大きくなっていって、いつの間にか訳が分からないほど膨れ上がってしまっている。
解決できるのだろうかと、春霞は軽くこめかみを押さえた。
こんな話はそれこそ、政府からは小指の爪の先ほども聞かされていない。
だけどこれは、今の春霞の身に降りかかってきている現実でもあるのだ。
何とか政府と連絡をつけなければ、春霞は一生この世界で生きていかなければならなくなる。 薬研と、長谷部、それに一期一振や同田貫、御手杵たちと共に、様々な時代をゆらゆらと宛てもなく漂い生きていくのだ。永遠に。
「……ちょっと困るかな、やっぱり」
いつまでも薬研たちと一緒にいられるのは嬉しかったが、そう呑気なことを言っている場合ではないだろう。
かと言って、現実の世界に戻ったところで春霞には執着すべきものがもうないのだ。田舎暮らしの家族と離れて生活をしているせいか、ここ数年はあまり連絡を取っていない。好きだった人はいたが、それは春霞の勘違いだった。向こうは春霞のことなどたいして好きでもなかったような男だから、今さら会いたいとも思わない。
現実に未練や執着がないのが、いちばん困るのだと春霞は口の中で呟く。
こんな状態で元の世界に戻りたいだなんて、どの口が言うのだろう。
まあ、とりあえず自分のことは置いておくことにしよう。そんなふうに春霞は思った。
ふと気付くと、あたりは真っ暗になっていた。
手元に灯りがなければ見えないほどだ。
慌てて燭台に火を灯す。
もうそろそろ、声をかけた刀剣男士たちがやってくるはずだ。
春霞は慌てて座布団を並べた。
誰かこの会議の内容を控えてくれる者はいるだろうか。まあ、いい。いなければ自分がするだけのことだ。
両手で頬をパン、と叩くと春霞は自分に活を入れる。
まず話さなければならないのは、手入れの充足率を上げなければならないということだ。今日のような状態では、これから先が思いやられる。
それから、十日後に控えた鍛刀のこと。これは、自分の気持ちをはっきりさせるために改めて刀剣男士たちの前で宣言するだけのものだ。こうして少しずつ春霞が働きかけていくことで、刀剣男士たちとの間の溝のようなものが少しでも解消されれば、それに越したことはない。
最後に政府との連絡が断たれたことと、本丸を乗っ取る審神者が横行しだしたことを話さなければならない。厄介だし、いちばん気の重い話題だ。それでも誰かが言い出さなければならない。後悔をするなら、やらないで後悔するよりもやってから後悔するほうがずっとマシだ。
こういう重苦しい話をするのに、不安そうな顔をしていたら薬研などは絶対に心配するだろう。
だから敢えて春霞は笑みを作った。
心配事など何もないといったおおらかな笑みを浮かべ、部屋にやってきた刀剣男士たちを迎え入れる。
「遅い時間からごめんね、皆」
そう言って春霞は、全員が部屋に入るまで入り口に立って一人ひとりの顔と様子を見ていった。
まずは薬研が勝手知ったる何とやらで、ずかずかと春霞の部屋に入ってきて、下座に腰を下ろした。
続いて一期一振と、同田貫、御手杵が。それから長谷部がやってくる。最後は燭台切光忠だった。
この本丸の初期刀にあたる蜂須賀虎徹がやって来るのではないかと思っていたから、春霞は少し驚いた。
「それじゃあ、皆揃ったところで現状をざっと説明するわね」
円座になって顔を見合わせた刀剣男士たちへと、春霞は口を開いた。
この時間になるまではどう説明しようかとあれこれ悩んでいたというのに、今は嘘のように言葉がすらすらと頭の中から出てくる。
ちらりと薬研のほうへと視線を向けると、彼はこの会議の内容を控えてくれるつもりなのか、紙と筆を用意してくれていた。
春霞は何度か深呼吸をしてから、ゆっくり口とした口調で話し始めた。
(2015.8.3)
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