新たな刀剣男士を迎え入れた波留の本丸は、いつになく遅くまで賑やかだった。
蛍丸と短刀たちとが一緒になって騒いでいたためらしい。
それでも秘密会議は開かなければならない。
刀剣男士たちが春霞の部屋に集まると、秘密会議の始まりだ。
こんのすけの報告は、相変わらず進展のないものばかりだった。
進展が見られないのは、政府との連絡がつかないからだ。
これに関してはどこの本丸もそうだということだから、仕方がない。
新たにわかったことは、審神者が行方知れずになった各地の本丸では、その後新たな審神者が現れることは滅多にないということだ。同田貫や一期一振たちのように刀剣男士たちが元いた本丸を去ることはあっても、よそから審神者がやってきて、我が物顔で居座るといった案件はほとんどなかったということだ。
名津の本丸も合希の本丸も審神者が行方知れずになったと聞くがまさにこの報告の内容と合致している。そう、こんのすけが話を纏めると、名津の者も合希の者もホッとしたような顔になった。
その一方で、春霞のように本丸に新たな審神者が乗り込んで来る案件が激増しているとも、こんのすけは告げた。
こちらは審神者が本丸にいるにも関わらず、どこからともなく新たな審神者がやってきて、本丸に居座ってしまうらしい。
と、いうことは、この波留の本丸にいた元の主は、春霞のようにこの世界のどこかをさ迷っているということだろうか。
春霞は眉間に皺を寄せると、一同を見回した。
「あたしからの報告は、鍛刀についてです。最初に十日におきに鍛刀をすると言いましたが、鍛刀回数を増やすことにしました。こんのすけの話を聞く限りでは、あたしがここにいることで、また新たな審神者がやって来ないとも言いきれません。ここは少しでも戦力を蓄えるべきだと思いますが、いかがですか?」
波留の本丸にいる刀剣男士たちの練度は、そう高くはない。現在、阿津賀志山での戦いに出られる者は、第一、第二部隊の十数名だけと考えていいだろう。
それでは少なすぎる。
また、この人数でそう何度も出陣できるかというと、そういうわけでもない。
こまめに人員を入れ替え、手入れを行いながらでなければあっという間に負け戦となってしまう。
阿津賀志山のその先へ行けるようにならなければ、さらなる情報を得ることは難しいのではないかと春霞は考えている。
政府と連絡がつかない今、全ての審神者はこの世界に取り残されてしまった状態でもある。
連絡をつけるために、他の審神者への接近を試みるのもひとつの方法ではないだろうかと春霞は思う。
「では、錬度を上げるために第一、第二部隊の者を編成し直したほうがよろしいですな」
一期一振の言葉に、春霞は頷いた。
今の部隊のままでは、これまでと同じことの繰り返しになってしまう。部隊を編成し直し、少しずつ全員が錬度を上げていくことができるようにしなければならないだろう。
「……蛍丸を第二部隊に入れましょう」
長谷部が言った。
「彼は鍛刀されたばかりではありますが、大太刀です。第二部隊の要として、戦場で錬度を上げていくべきかと思います」
確かにそのほうが錬度は早く上がるだろう。
「長谷部君、今回は君が第二部隊の隊長を務めたほうがいいだろう」
考え考えしながら、燭台切が言う。
「目的は、第二部隊で蛍丸の錬度を上げることだ。だが、蛍丸はまだ鍛刀されたばかりで錬度もないに等しい。僕の案では、隊長に長谷部君、副隊長に蛍丸。骨喰、蜂須賀と国広兄弟でどうだろうか」
錬度があがれば、そのまま検非違使討伐に参加することもできるだろう。
そう、燭台切が告げるのに、長谷部は「いかがでしょう、主」と春霞に尋ねてくる。
「そうね。じゃあ、燭台切さんは第一部隊の隊長となってください。副隊長は一期一振さん。他に同田貫くん、御手杵さん、加州くん……それから、薬研」
と、春霞はちらりと薬研のほうへと視線を向ける。
「大変だと思うけれど、あまり時間をかけてはいられないから却下はなしよ」
やんわりとした口調ではあるが、審神者としての権限を利用しての意見だと思うと、その場にいた誰もが首を縦に振るしか他はなかった。
「では、今剣と愛染はどういたしましょう」
ちらりと長谷部が春霞のほうへと視線を向ける。
春霞はかねてから用意していた部隊の編制案を取り出し、皆の前に差し出す。
「第三部隊に入ってもらいましょう。まずは短期の簡易な遠征に出てもらうところから始めて、少しずつ錬度を上げてもらいます。適当な頃合いを見計らって、戦場へ出てもらいます」
言いながら二枚の紙を、皆に見えるように畳の上に並べる。
一枚目の紙には、第三部隊の編制が書かれてあった。
物資の補給を主とする第三部隊には、小夜を隊長に平野、秋田がいる。そこに今剣と愛染を入れるというのだ、春霞は。
「おい。次郎太刀はどうすんだよ」
それまで押し黙っていた同田貫が、不意に声を上げた。
二枚目の紙は、真っ白だった。まだ何も書かれていない。
「手入れがまだだろ、あいつは」
次郎太刀の手入れはまだできていない。加州もだ。春霞は小さく溜息をつくと、同田貫のほうへ体ごと視線を向けた。
「同田貫くん、なんとかして次郎太刀さんを……」
「無理だ」
あっさりと同田貫は返してくる。
「あいつは、言い出したら他人の言うことなんて聞きやしないんだよ」
頑固なのは、次郎太刀だけではない。同田貫だって似たようなものだ。そう言いかけて、春霞はやめた。今は口論をしている時ではない。
「無理やりというわけには……いきませんからなぁ……」
困ったように一期一振が溜息をつく。
「手入れさえできれば、次郎太刀さんには第二部隊に入ってもらいたいと思っています」
それでは、と刀剣男士たちが一瞬ざわめく。第二部隊の誰かが、次郎太刀と交代で第四部隊に移るということだろうか。
「鍛刀が順調にいけば、第四部隊の隊長には第二部隊の誰かを推したいと思っています」
具体的に言うと、骨喰、蜂須賀、堀川国広の誰かを第四部隊の隊長にと、春霞は考えていた。 だが、まだ今はその時ではない。次郎太刀のこともあるし、何よりもまず錬度が足りない。そして刀剣男士の数も、この波留の本丸は少なかった。
「……だけど、鍛刀の回数を増やしたからと言って春霞が思うように事が運ぶかどうかだな」
腕組みをして、薬研がポツリと言う。
「わかってるわよ、そんなこと」
わかってはいるが、とにかく動かなければ始まらない。
春霞は顔を上げると、薬研をぎっと睨み付けた。
「次の鍛刀は三日後に行います。当日近侍を命じられた者は、鍛錬所で手伝ってください」
形式ばったよそよそしい口調で春霞はそう告げると、目の前にぞろりと揃った刀剣男士たちの顔を見回す。一人ひとりと目を合わせていくと、居心地悪そうに長谷部が言った。
「俺は……辞退します」
「じゃあ、俺も」
御手杵も言った。彼は、先日の鍛刀の時に近侍だった。特に何をしたわけでもなかったが、やはり彼なりに気を遣うことがあって大変だったのだろう。
「それでは、当日は私が近侍を務めるとしましょう」
助け舟とばかりに一期一振が声を上げると、他の者たちがホッとしたのが感じられた。
ところで本丸を追われた審神者たちの行方はどのようになっているのだろう。
春霞は新たにこんのすけに、審神者たちの行方を捜すように命じた。
政府との連絡がつかない以上、こんのすけができることは少ない。一方的に政府からもたらされるばかりの電信を待つのは、春霞一人でも充分だと判断してのことだった。
まずは波留の本丸の審神者の行方の調査と、布由の本丸の偵察だ。焼け落ちた後の布由の国がどうなったのか知らないというのは、無責任なような気がする。それに、叡拓のような新たな審神者がいったどこからやってくるのか、春霞には不思議でならなかった。
そういった諸々のことをこんのすけに任せておけば、しばらくはそちらに皆の気も逸れてくれるだろう。
こうなって悔やまれるのは、この世界へ来ることが決まった時に文明の利器を置いてきてしまったことだ。
審神者によっては手元にいくつかの機械器具を持ち込んでいる者もいるだろうから、そういった者たちはもしかしたら政府との連絡がついているかもしれない。
やはり自分も何点かは持ち込むべきだったかと、春霞は今になって後悔している。
こちらの生活に少しでも早く慣れたいという思いから持ち込まなかったばかりに、今、こんなにも困った事態に陥っている。
はぁ、と溜息をつくと春霞は、自分の部屋の中庭へと視線を馳せた。
いつの間にか桜の木には、小さな蕾がポツポツとつき始めていた。
自分がこの本丸にやってきた時には、まだ雪が残っていた。日によっては雪の舞う日もあったほどだが、あっという間に季節は変化していたらしい。
「特別編成部隊のことで話があるんだが、いいか?」
障子の向こう、縁側の隅から声をかけてきたのは薬研だ。
「どうぞ」
春霞の言葉を待って、薬研が部屋に入ってくる。
先日、初めての戦を経験してから薬研は、春霞とは距離を置くようになったように思える。別に喧嘩をしているわけではないから、気にはしていない。だが、少し寂しく思う時もある。
薬研の顔を見た途端に春霞は、それまで張り詰めていた緊張の糸のようなものが、ふわりと自分の体から剥がれ落ちていくのを感じた。
「本当に加州を部隊に加える気か?」
顔を見た途端に薬研が尋ねてくる。
秘密会議の時からこれは、予想できたことだった。いまだ手入れを受けていない加州を部隊に加えることがどんなに危険なことか、わかっている者は多いだろう。おそらくあの場にいた者全員が、そのことについてはよくわかっているはずだ。
だが、誰も何も言わなかった。
春霞も敢えて何も言わなかった。
「加州くんは、名津の本丸の初期刀だけあって錬度が高いの。怪我をしていても彼なら戦に耐えられると思っての人選よ」
第一部隊の他の刀剣男士たちと比べても、遜色はないはずだ。
「けど……」
怪我のことを薬研は心配しているのだろう、きっと。
春霞も心配なことにかわりはないが、そのためにお守りを持たせているのだ。今度こそあのお守りは、きっと役に立ってくれるだろう。
「大丈夫よ、薬研。陸奥にあげるつもりだったお守りを、加州くんに渡してるから」
万が一のことがあったとしても、きっとお守りが加州を守ってくれるだろう。
春霞はそう言うとにこりと笑った。
「出陣の日は、皆にお弁当作るわね」
それぐらいしか自分にはできないから。だから、せめてそれぐらいはさせてほしいと春霞はそっと告げた。
審神者たる自分が本丸でのうのうと過ごしている間にも、刀剣男士たちは危険と隣り合わせで戦っているのだと思うと気が気ではない。
だが、戦わないことには先に進むことができないのだ。
政府との連絡が取れるようにしなければならないし、他の審神者たちの様子も知らなければならない。
自分一人がこの世界に取り残されたのではないのだということを、春霞は改めて確認したいと思っていた。
「大将がそんなことまでしなくても……」
薬研が言うのに、春霞は小さく笑った。
「いいの。それぐらいしかあたしにはできないから」
戦い、傷付くのは刀剣男士たちだ。
自分一人が高みの見物に甘んじているように思えるのも、悔しかった。
できることなら自分も皆と同じように戦いたかった。だが、それはできないことだ。審神者であり、政府との契約によりこの世界へやってきた春霞が、直接介入できることではないのだ。
「楽しみにしてるぜ」
そう言って薬研は、口の端に微かな笑みを浮かべた。
(2015.8.11)
|