体を辿る指の感触に、溜息が洩れる。
目を開けて、そこに男がいることを確かめてから、サンジは安心したように口元に笑みを浮かべた。
自分を求める手の優しさに、体は少しずつ慣らされていく。先ほどから熱く火照りだしている肌は、ほんのりと淡い緋色に色づいている。
「どうした?」
ふと、動きを止めたゾロが、サンジの顔を覗き込んで尋ねてくる。
そんな気遣いにも、ささやかな幸せを感じる自分がいる。
「いいや」
短く返してサンジは、ゾロの首をぐい、と引き寄せる。
唇をペロリと舐めてやると、深く口づけられた。
こんなにも幸せを感じたことは、なかったように思う。
両足をゾロの腰に絡みつかせると、結合はより深くなった。焼き尽くされそうな熱さの楔に、サンジの体が微かに震える。
このまま、二人だけの世界が続いていけばいいのにと、そう思わずにはいられない。
互いに相手を求めるだけの時間が、永遠に続けばいいのに。
そうしたら、余計なことなど何一つ考えることはなくなるだろう。
自分のこと、自分たちのことだけを考えて、いつまでも幸せに浸っていればいいのだから。
「…い……」
掠れた声が、唇の端から零れた。
筋肉質な首筋にしがみつき、力一杯抱きしめる。
「もっと……もっと、深く……」
啜り泣きの合間にそう口走ると、ゾロの唇が髪に、顔に、降りてくる。
「無理するな」
優しく耳元で囁かれ、サンジの体がビクン、とひくついた。
少し掠れたような甘い声を出されると、恥ずかしさで頭の中が真っ白になる。
かさついた手がするりとサンジの前に回されたかと思うと、湿った淫猥な音を立ててサンジを追い上げにかかる。
最初は押し殺し気味だった声が、今はもう、押さえられずに次から次へと溢れてくる。
わけがわからないくらいの快楽に押し流され、振り回され、全身で目の前の男を求めた。
それでも、体の中に流れ込んでくる熱い迸りを感じると、気を失う寸前になんとかゾロに笑いかけたのだけは覚えている。
優しいキスを、唇に落とされたことも。
バラティエ公国のはるか南に、独立国家フーシャはある。
内紛の続く小さな国はしかし、そんなきな臭さなど感じさせないほどに美しかった。
城壁の向こうには、生命力に溢れた、鮮やかな緑の土地が広がっている。
腐臭を漂わせていた公国の宮廷暮らしとは別世界のフーシャに、薬に蝕まれていたサンジの体も少しずつ健康を取り戻しつつあった。
昨夜は、シャンクスに連れられて小競り合いの鎮圧に出かけていたゾロが一週間ぶりに城に戻ってきたところだった。
顔を合わせたら話したいことがたくさんあった。
離れていた間のことを語り合おうと思っていたのに、顔を見たら、そうもいかなくなってしまった。
互いに肌を合わせ、求め合うことしか考えられなくなってしまったのだ。
生まれ育った環境から離れた今のサンジにとって、ゾロだけが頼れる人だった。
もちろん、シャンクスのことは幼い頃から知っている。総統職にあるシャンクスは四六時中忙しく、サンジのことなどにかまけている暇はないはずだった。エースがいれば、また状況は違っていたかもしれない。フーシャの跡継ぎは、エースとルフィの二人だ。サンジの幼馴染みでもある二人は、今はフーシャとウェストランドの境で続いている別の小競り合いの制圧に出ている。まだしばらくはかかるだろうと言ったのは、ナミだ。彼女も先週、エースたちに合流すべく、ウソップと共に城を出てしまっている。
バラティエからの亡命者でもあるサンジは、大らかな性格のシャンクスのおかげで肩身の狭い思いをすることこそなかったが、たいていは一人でぼんやりと日々を過ごしていた。
フーシャに到着した最初の頃は、城の外に出たいと思っていた。
今でも、サンジは城の外に出たいと思っている。
だが、城の外には出るなとゾロから言い渡されていた。
バラティエからフーシャへの道を辿る旅の途中で、サンジは何度もゾロに助けられている。
ゾロがそう言うのならば、まず間違いはないだろう。城の外は、いまだに内紛が続いている。誰かが毎日のように紛争を納めるために出かけていく。時折、ふらりと城へ戻ってきたかと思うと怪我だらけで、傷の治療もそこそこのままにまた、外へと出ていってしまう。
それが当たり前のようになってしまっていた。
見知った顔のいない城は味気なく、自分も外へ出ていきたいと、そんなふうにサンジは思わずにはいられなかった。
今は無理でも、いつか──。
明け方の空気で目が覚めた。
手を伸ばせば、そこに男が眠っている。
ぬくもりを感じたくて、サンジはゾロのほうへと体をすり寄せた。
ひんやりとした冷気の中に、男の鼾が響いている。昨夜の荒々しさは今はすっかりなりを潜めてしまっている。眉間に皺を寄せて眠る男は、どことなく可愛らしく見えた。
思わず、サンジは笑ってしまった。
こんなにも隙だらけで眠る男が、腕の立つ傭兵としてフーシャでは名を馳せているのだから、すぐには信じられない。
指の腹で、うっすらと開いたゾロの唇をなぞった。
キスをしようとサンジが上体を起こしたところで、男の眠たげな目が怠そうに見開かれた。
「おとなしく寝てろ」
くぐもった声でそう言うとゾロは、サンジの体をぐい、と自分のほうへと抱き寄せる。
馬乗りになるような格好で、サンジは男の腹の上に乗り上げた。
久しぶりに会うことができたのだ。何でもない普段の会話もしたいし、フーシャやバラティエの情勢も知りたい。それに、それ以上のことも……。
男の唇にチュッ、と音を立ててキスをした。
「外の世界はどうだった?」
間近に男の顔を見ながら尋ねると、節くれ立ってごつごつとした手がするりとサンジの太股を撫でた。
「どこも一緒だ」
目を閉じたまま、ゾロは言う。
「焼き払われた集落跡に、シャンクスが保護していた農民が帰っていった。少し前までウソップとナミが復興の協力をしていた」
その話なら、サンジも知っていた。見かけに反してウソップはあれでなかなか筆まめなところがある。行く先々の状況を、事細かに手紙に書いて送ってくる。シャンクスへの報告のついでに、サンジ宛の手紙を送ってくれるのだ。それ以外にも、サンジでは知り得ることのできないような些細な情報を、ウソップは知らせてくれた。
「他には?」
尋ねると、ゾロが口の端をニヤリと歪めて笑った。
「お前、シャンクスやベックマンに似てきたな」
太股をなぞっていた手が、不意にサンジの腰を掴んだ。
「そんなにいっぺんにあれこれ知って、どうするんだ?」
ごつごつとした手が、ゆっくりとサンジの前を這い進む。指先で、まだ項垂れたままのペニスを焦らすように弄ばれ、サンジはもぞもぞと尻を動かした。
「……知りたいんだ。フーシャが、どうなっているのか。お前たちが、俺には行くことのできない外の世界で何をしているのか、知りたいんだ」
サンジの言葉に、ゾロの手が止まった。
「知って、どうする?」
いつになく硬いゾロの声は、サンジがあれこれ詮索するのを嫌がっているようにも見えないでもない。
「俺も……」
太股に置かれたゾロの手に、サンジは自分の手を重ね合わせた。
「俺も、お前と一緒に、外の世界を見て回りたい」
朝焼けの光が差し込む寝室で、サンジはゾロに抱かれた。
昨夜の名残がサンジの中には残っており、潤滑油となってゾロをすんなりと受け入れた。
下から優しく突き上げられると、サンジは背を弓なりに反らして甘い嬌声をあげる。かさついた手がサンジのペニスを執拗に扱き、透明な蜜を溢れさせている。
何を思ったのかサンジの白い指先が、自身の先端に溢れる蜜を掬い取り、ゾロの口元へと運んでやった。
ゾロはそれを、丁寧に舌で舐め取ってやった。
男の上に跨ったままサンジは膝を立て、股間がよく見えるように大きく足を開いた。朝の光の中で、金色の陰毛が淡く輝いているのがゾロにも見えた。
そのまま、先走りでドロドロになった竿を扱いてやると、サンジは喉をひくつかせて啜り泣いた。
「ん、ん……」
足先に力を入れて、くっ、と爪先だけでシーツにしがみつく。ゾロの手が内股の柔らかな部分をなぞると、サンジの膝がカクカクと揺れた。
「次……に、外へ出…る、時は……」
譫言のように、サンジは呟いた。
面白がるようにゾロは、サンジの亀頭を爪で引っ掻いた。
「ひっ……あ、ああ……」
結合部がキュッ、強く窄まり、中に潜り込んだゾロのペニスを締め付ける。
「やめとけ。お前みたいなのが外に出るのは、まだ早すぎる」
そう告げるとゾロは、サンジの腰を両手で固定して、大きく揺さぶった。
嬌声が大きくなると、締め付けがいっそう強くなる。それに気をよくして、ゾロは気がすむまでサンジの腰を揺さぶり続けた。
喉が枯れるまで、サンジは叫び続けた。
揺さぶられながら、サンジは頬を撫でていく風を感じていた。
開け放たれた窓から入ってくる朝の風には、煙と血と、土と緑のにおいが混じっていた。
二人揃って朝食の席に遅れていくと、すでにテーブルについて朝食を食べていた何人かがニヤニヤと意味深な笑みを向けてきた。
この手のからかいをサンジは、ほとんど受けたことがなかった。
居心地が悪くて、つい、俯いてしまった。床をじっと見つめていると、ゾロの手が背中をぐい、と押した。
「早く食わねえと、朝飯抜きになっちまうぞ」
そう言って上座に近いテーブルに行くと、ゾロは素早く開いている席にサンジを押し込んだ。賓客が座る席としてはまあまあだろうか。同じテーブルでは、シャンクスがエールをまるで水か何かのように口の中に流し込んでいるところだった。
「今日は、調子がよさそうだな」
声をかけてきたのは、サンジのすぐ右隣で食事をとっていたベックマンだ。
「はい」
返しながらゾロの姿を目で追うと、彼は下座の隅っこでのんびりとエールを飲んでいるところだった。仲間からベーグルを分けてもらっても、ゾロはさも当たり前のような顔をしている。あの図太さは、いったいどこからくるのだろうか。
ベーグルを食べるゾロが、視線に気付いたのかふとサンジの方へと視線を馳せた。
軽く睨み付けてから、サンジはベーコンエッグに手を伸ばした。火傷しそうなほど熱く、もうもうと湯気を立ち上らせている烏麦のオートミールは後回しにした。
食べ物を口にして、素直においしいと思えることがサンジには不思議だった。
バラティエでの生活は、この数年は特に、サンジにとっては監獄のような印象しか残っていない。
祖父であるゼフ王の力が領土の隅々にまで及んでいた頃には、バラティエ公国は穏やかで美しい国だった。その頃のサンジは、乗馬が得意だった。フーシャで起こった大きな内乱から逃れるためバラティエにやってきていたエースとルフィの兄弟と共に、公国内を毎日のように馬で駆け回っていた。
それが、いつの頃からだろうか。王の補佐官が代替わりをし、世界は徐々に形を変えていった。バラティエ公国の宮廷は灰色の石の牢屋へと変わり果て、サンジを冷たい孤独という名の檻に閉じこめてしまった。
ここ何年かの間、サンジは王の補佐官の人質でもあった。ゼフ王を、そしてバラティエ公国を意のままに動かすための駒として、サンジは補佐官に飼われていた。その時に覚えさせられた媚薬が、いまだサンジの体を苛んでいる。サンジがゾロに抱かれるのは、媚薬の毒気が体から抜けきらないからだというのも理由の一つだ。
まず、自分の体を元の健康な体に戻すのが先決だと、女官長のロビンから言い渡されている。フーシャには注意をしてくれる人はいないかもしれないから、自分の言葉をたまには思い出してちょうだいと別れ際に言われたことも、サンジは覚えている。
あの日からサンジは、バラティエよりの亡命者となった。それでも構わなかった。バラティエ国内の腐りきった膿がすべて出尽くしてしまうまで、サンジはここフーシャで、様々なことを学ぶよう、ゼフ王から命じられてもいる。エースとルフィの兄弟がゼフ王の傍らでその手腕を学んだように、今度はサンジが、シャンクスの手腕を学ぶ番だった。
体調はまだ完全ではなかったが、新しい環境にサンジはすでに溶け込んでいる。
乱暴でがさつな男たちは気さくで、昔のバラティエをサンジに思い出させたし、何かあれば、ゼフ王とは旧知の仲のシャンクスが力になってくれるだろう。
幸せだと、サンジは思った。
自分を助けてくれる人は、こんなにもたくさんいる。
彼らの気持ちに応えるためにも、自分はもっと強くならなければならないと、サンジはそう思った。
To be continued
(2008.10.29)