LOVE IS 2−9

  いつの間にかサンジは、体をシーツに縫い止められていた。
  開脚した膝の裏を自ら抱えたサンジは、ゾロが動くのをじっと待っている。
  ぎちぎちに張り詰めたゾロのぺニスがゆっくりと体の中に埋められていくのを、少し無理な体勢で眺めている。
  竿の部分がすべて体の中に飲み込まれると、ゾロの手が優しくサンジの髪を梳いてくれた。
  薬がなくても、サンジの体はゾロを求めている。結合した部分がひくついて、突き刺さった性器をさらに奥へ飲み込もうと蠢く様子を、サンジはまじまじと凝視する。
  男の熱をもっと感じたい。
  ドロドロに溶かされて、何もわからなくなるほど激しく突き上げられたいと、サンジは思った。
  焦らすように竿がズルズルと引きずりだされていく。
「……っ、ふ…ぅあ……」
  自然と結合した部分が収縮し、抜き出されていく質量を襞の内部へ呼び戻そうと蠢く。
  卑猥な淡い緋色の粘膜が、ヒクヒクと震えている。
  補佐官に犯されている時のサンジは、何もかもから目を背けていた。嫌悪しか感じなかったあの頃の自分とは違うのだと、サンジはゾロの顔をまっすぐに見遣った。
「どうした?」
  低く掠れる声で尋ねられるのが嬉しくて、サンジは笑った。
「気持ち、いい……」
  気持ちいいことは気持ちいいと、今のサンジは素直に口にすることができる。その時々の気持ちを正直に口にすることができるようになった自分が、不思議でたまらない。バラティエにいた頃の自分とは、何かが違うのだ。
  それに、他人のことを考えるだけの余裕も出てきた。
  ゾロのことを想い、ウソップを心配する。以前のサンジであれば、他人のことにまで回す気持ちなど、欠片もなかった。自分のことで精一杯だった。
  こんなふうにかわってしまった自分だが、今また、サンジは分岐点へとやってきていた。
  これからサンジは、かわっていかなければならない。
  バラティエに戻るために、少しずつ、かわらなければならないのだ。
  男の手に腰を掴まれ、がしがしと揺さぶられた。
「あ、あぁ……」
  嬌声があがった。
  それが自分の口から出た声だということに、後になってサンジは気付いた。
  ゾロに激しく揺さぶられ、サンジの意識はゆっくりと遠のいていった。



  冬の気配がすぐそこまでやってきていた。
  長かった秋は、終わりに近づいてきている。
  フーシャで過ごす初めての夏は、北国育ちのサンジにとって体力的に辛いものがあった。ようやく冬がやってくる。バラティエの冬しか知らないサンジには、フーシャで過ごす初めての冬だ。フーシャの冬は雪がないと聞いていたが、サンジにとって、雪のない冬など冬ではない。本当に雪は降らないのかとことあるごとにゾロに尋ねるからだろうか、最近のサンジは鬱陶しがられている。
  午前中の授業のため、サンジは図書室に向かう。
  夏の初めにフーシャにやってきたサンジにすっかり懐いた子どもたちは、午前中の授業を楽しみにしている。
  サンジがやってくるまでは、ベックマンが読み書きや計算を教えていた。しかし、シャンクスについて領土を回ることのほうが多いベックマンの授業は滞りがちで、子どもたちはなかなか授業の内容を理解することができないでいた。
  子どもたちから頼られることで、サンジは少しずつ自信を取り戻していった。
  今のサンジは、補佐官に出会う前のサンジに戻りつつある。
  それはそれで嬉しいことだったが、一方で、今までとは違う自分へと変化していく自分に、サンジはもどかしさをも感じていた。
  すっかり自分がかわってしまったなら、ゾロとの関係はいったい、どうなるのだろうか。
  これまでのサンジははゾロのことを頼っていた。いつもいつも、ゾロという後ろ盾に安心を見出して日々を送ってきた。彼がいたから、穏やかな日々があったのだ。
  その関係が崩れてしまったなら、自分は……いや、自分とゾロは、どうなってしまうのだろう。
  二人の関係がかわってしまうことに怯えて、サンジは一歩を踏み出すことができないでいる。
  どうすればいいのかは、サンジ自身にしか決められない。
  ゾロだけでなく、他の誰にも頼ることはできないのだ。
  図書室のドアの前でこっそりと溜息を吐くと、サンジは唇を噛み締める。
  どうするかを決めるのは自分だが、何も、今すぐでなければならないというわけでもない。
  その時が来るまでは、今のこの生活をしっかりと送ろうと、サンジはドアを開ける。
  図書室には、子どもたちがすでに集まっていた。
  皆、思い思いのことをしながら、サンジが授業を始めるのを待っていてくれたのだろう。
「遅くなって悪かったな」
  そう言うとサンジは、床に板書を広げて必死に文字を写している子の手元をひょいと覗き込んだ。
  汚いが、ひと文字ひと文字、この子は文字を丁寧に書き写している。間違えないように、ゆっくり、ゆっくり。
  毎回のことだったが、皆、何かしら覚えたことを披露してみせようとする。
  そんな子どもたちの姿が微笑ましくて、サンジはしばらくの間、図書室に集まった子どもたちの姿を眺めていた。



  ゾロの足の怪我は、サンジが思っていたよりも大きな怪我だったらしい。
  しばらくはベッドから出てはならないというお達しが出されたために、あれからサンジがつきっきりで看護をしている。
  ことあるごとに酒を強請るゾロに、サンジは手を焼かされた。
  だが、嫌な気分がしないのは何故だろう。
  どんなに我が儘を言われても、相手がゾロだからだろうか、サンジは一向に気にしなかった。
  これまでの自分が我が儘だったことは理解している。元々の気質に加えて、補佐官の薬のせいですっかり自分はなまくらになってしまっていた。怠惰で傲慢な自分をかえようとしている今のサンジにとって、ゾロの看護はいい影響を与えているのかもしれない。
  ゾロの足首の傷は、いまだ癒えない。ようやく傷口が塞がりかけたところで、長時間歩き回ることは禁じられている。しかしそれ以外にはこれといってたいした傷がないことから、ゾロが時間を持て余し気味にしていることは誰の目にも明らかだった。
  朝食の後でサンジが図書室に行ってしまうと、ゾロは一人になる。その間に、こっそりとベッドを抜け出し、城をほっつき歩いているのはサンジには内緒のことだ。
  城の中を歩くことで、ゾロは傷の治りを確かめている。
  医者を信じていないわけではない。ただ、自分自身のことだから、自分の体がいちばんよく理解しているように思えてつい、端から見たら無茶に思えるようなことをやらかしてしまうのだ。
  何よりも、サンジに怒られるのがゾロは嬉しかった。
  出会ったばかりの頃にはあまり表情を顔に出さなかったサンジが、フーシャに来てからはずいぶんと泣き、笑い、怒るようになった。
  あの頃のサンジが、こんなにも表情豊かになるだろうとは思ってもいなかった。
  あとは、薬のせいで落ちてしまった体力と筋肉とを少しずつつけていけばいい。
  本来のサンジの姿に戻してやるのは自分なのだと、ゾロはこっそりと胸の中で思った。



  ふと窓の外を見ると、赤や黄色に色づいた落葉樹の最後の何枚かがひらひらと舞い落ちていくとこだった。
  図書室の窓から表を眺めるサンジは、溜息を吐く。
  バラティエの皆はどうしているだろうか。
  ゼフ王や、女官長のロビン、それにパティやカルネは、今頃、どうしているのだろう。
  机に肘をのせたサンジは、だらしなく頬杖をついた。
  子どもたちの学習が終わった後の図書室は、静かだった。
  暖炉の火は消えかけている。子どもたちが部屋にいる間は暖かかった空気も、少しずつ冷えてきている。
  そろそろ部屋を出ようかとサンジが思っていたところに、誰かが廊下を歩く足音が聞こえてきた。
  顔を上げて、サンジは耳を澄ました。
  以前の自分なら、無関心を通していた。頬杖をついたまま、じっと足音に耳を傾けていただろう。
  今は、どうだろう。
  自分は、どんなふうにかわっただろうか?
  背筋をピンと伸ばし、椅子に腰かけ直したサンジは、息を潜めて足音に聞き入っている。
  窓ガラスを叩く風の音、暖炉の炎が燻る音、足音。それに、自分の呼吸音。
  息を潜めているつもりなのに、自分の呼吸がやけに大きく耳に響いてくる。これでは駄目だと思い、サンジはまた、姿勢を直した。
  深く息を吸うと、呼吸が大きく聞こえることにサンジは気付いた。
  呼吸に気を取られてはいけないと思うものの、どうにもうまく呼吸をすることができない。気にすれば気にするほど、自分の呼吸が大きく響くような気がして、苛々してくる。
  そうこうしているうちに、足音が近づいてきた。
  諦めて、サンジは深く息を吐き出した。



  ドアが開いた。
  流れ込んでくる気配に、サンジはホッとして肩の力を抜いた。
「こんなところにいたのか、サンジ」
  そう言って、声の主は近づいてくる。
  人懐こく幼い声に、サンジは小さく口元を歪める。笑っていいのやら、泣いていいのやら、今ひとつ、気持ちが定まらない。
  どうしたものかと思っているうちに、声の主がサンジのすぐそばまで来ていた。
「会いたかったよ、サンジ。俺、ずっとサンジのこと探してたんだぞ」
  そう言うなり、サンジよりもずっと背の低い生き物が服の裾にしがみついてくる。
「探してたんだぞ、サンジのこと」
  泣きながらそう言ったのは、バラティエの女官長のところで手伝いをしていたチョッパーだった。
  薬草の知識があると、サンジは聞いている。それに、医療にも長けているとロビンは言っていた。残念ながら当時のサンジには、ロビンの言葉を理解するだけの深慮がなかった。子どものような獣のような外見のチョッパーのことを疎ましく思い、避けていた。チョッパーという人間を正当に評価していなかったのだ。
「チョッパー……」
  久しぶりに見る顔は、懐かしい泣き顔だった。
  いつもチョッパーは、サンジに泣かされていた。
  チョッパーが止めるのも聞かずに、我が儘を押し通していた。パティやカルネのような強かさを持たないチョッパーは、サンジの恰好の餌食でもあった。無理難題を押しつけては、泣きながらサンジに言われたとおりのことをこなそうとするチョッパーを馬鹿にしていた。そうすることでサンジは、自分の無力感から逃れようとしていたのかもしれない。
「公国は……バラティエは、どうなった?」
  掠れる声でサンジが尋ねると、チョッパーは口元を噛み締め、鼻を啜った。
「ゼフ王からの伝言だよ、サンジ。まだ、国には戻ってくるな、って」
  そう言うとチョッパーは、また鼻を啜る。
「だけど、王が怪我をしたんだ。怪我自体はたいしたことはなかったけれど、臣下たちの志気が下がっているのは明らかだ。このままじゃ、バラティエは大変なことになると思う」
  チョッパーは考え考え、言葉を返した。
「北の砂漠の奥地に、補佐官の集めた兵士たちが集結してきているらしいんだ」
  いつになく厳しいチョッパーの声に、サンジは弾かれたように顔を上げた。
  窓の向こうに見える山脈をじっと眺める。
  ここから正面に見える山脈を越えたところに、バラティエはある。冬の国とも呼ばれるほど雪に覆われることの多い土地だったが、サンジが知っている中では世界でいちばん美しい国だ。
  そのバラティエに災いが集まろうとしている。
「よくここまで来てくれたな、チョッパー」
  掠れる声を、サンジは何とか喉の奥から絞り出した。
  残っていた暖炉の火がゆっくりと消えていき、煙臭いにおいだけが部屋の中にしばらく漂っていた。



To be continued
(2008.12.21)



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