山脈からフーシャへと吹き付ける風は、日に日に冷たさを増していた。
本格的な冬が、北の国では始まっている。
湖は凍り、大地は白い雪に覆われる。冷たくて厳しい雪と氷の世界がやってくるが、バラティエの人々は冬をものともしていなかった。それどころか彼らは冬を好いていた。背後を海に守られた彼らは、北から吹き付けてくる冷たい風に育てられたようなものだ。決して冷血なわけではなかったが、ある種の厳しさを持っていた。
そのバラティエから単身、フーシャまでやってきたチョッパーは獣のような少年のような不思議な姿をした半獣人だった。頭の角は、トナカイの角だ。どこから連れてこられたのか少年は、サンジが気付いた時にはロビンのところで働いていた。頭のいい少年だということは、ロビンから常々聞かされていた。宮廷での評判も、悪くはなかった。
サンジを尋ねてきたチョッパーは、ゼフ王の怪我を機に、王の補佐官はさらに勢力を増したと話した。この少年がフーシャへやってきたのは、サンジが最初に予想したとおり、ロビンの差し金だった。
サンジがバラティエに戻る日は、思っていたよりも早くなりそうだ。
きっとバラティエの空気が、サンジを呼んでいるのだ。
濁ったような淀んだようなかび臭い空気を思い出し、サンジは顔をしかめた。
あの場所には、二度と戻りたくない。
軟禁され、時に体を拘束されては快楽に身を委ねなければならなかったあの日々には、もう二度と戻りたくない。
冬の気配は、フーシャではまだ山裾に降りてきたばかりだ。
もっともっと寒くなればいいのにと、サンジは思った。
バラティエの冷たさを懐かしく思いながら、目の前に連なる山脈の向こうの故郷を思い出そうとした。
チョッパーがやって来るのと時を同じくして、フーシャのあちこちで紛争が持ち上がりだした。
シャンクスもベックマンも何事かをサンジに隠しているようだった。
いや、実際のところはどうなのか、サンジにもわからない。
しかしそういった考えに捕らわれると、ついつい思考は妙な方向へと流れていきがちになる。
何かが起きているのだと思わずにはいられないような気になってしまうのは、考えすぎだろうか?
不安を煽るかのように城内の動きがわかに慌ただしくなってくると、サンジは図書室にこもることが多くなった。
図書室からは、フーシャとバラティエの間に連なる山脈を正面に見ることができる。親指の爪を噛みながら、いつの間にかサンジはこの山脈を眺めて過ごすようになっていた。
このままではいけないということは、よくわかっている。
しかし、どうすればいいのか、今のサンジにはわからない。
飽きるまで山脈をじっと眺め、誰かが呼びに来たら我に返るといったことを繰り返しているうちに、フーシャのあちこちで起きる小競り合いが少しずつ大きくなってきた。
ゾロやベックマンからそういった話を聞かされても、サンジの心はここにあらずといった様子で、興味を引くことはなかった。
最近では、図書室にやってくる子どもたちの相手をするのも億劫になってきている。
どうしたらいいのだろうと思いながらも、思考がついてこようとしないのだ。
このままでは、いけない。
頂上にうっすらと白い雪を積もらせていただけだった山脈の麓に雪がちらついたある日、サンジは密かに決心した。
自室のベッドにごろりと転がると、サンジは天井を仰ぎ見た。
居心地のいいフーシャでは、何も怖いものなどない。
バラティエの自室を思い出すよりもずっと容易く、フーシャの自室を思い浮かべることができる。
心地よい白いリネンのシーツに、あたたかな気候。部屋を出ると、ゾロをはじめ、エースやシャンクス、ベックマンが親しげに声をかけてくる。図書室でサンジを待つ子どもたちもいる。
こんなに居心地のいい場所を、サンジは他に知らない。
ここを発つのは、今は無理だという結論に達したのは、つい昨日のことだ。
自分にはまだ、力がない。チョッパーを連れてバラティエへ戻ったとしても、足手まといになることは明らかだった。それならばと、サンジはひと冬をフーシャで過ごすことにした。
この冬の時間は、決してサンジにとって無駄なものではない。
ここで力をつけて、春にはバラティエへ戻るのだ。
ゼフ王の隣で、共に戦うために。
そう思うと、自然とサンジの口元がきりりと引き締まる。
その時には、ゾロにも一緒に来てほしいと思わずにはいられない。
彼のあの引き締まった筋肉は、男の自分から見ても惚れ惚れするものだ。刀を振るう瞬間の瞳の鋭さも、あの張り詰めた気迫も、サンジは好きだった。
彼がそばにいてくれるなら、必ず自分は強くなることができるだろう。
きっと、今以上に強くなれるはずだ。
天井に向かって溜息を吐き出すと、サンジはゴロリと横を向く。
決心したものの、冬の間、何をすればいいのかまだ、サンジにはわからない。
ベックマンは、焦らずに力をつけていけばいいと言ってくれた。
しかしそれでは、遅すぎるのだ。
この冬の間に、自分は力をつけたいのだ。
横になったまま、もう一度、溜息を吐いた。
ぎゅっと目を閉じると、城内の音が聞こえてくる。
決して不快ではない生活音に、サンジの表情が少しずつ和らいでいく。
焦らずに、自分にできることをひとつひとつ、こなしていこう──そう、サンジは思った。
真夜中に目を開けると、ゾロがいた。
いつの間にベッドの中に入り込んできたのか、この男はふてぶてしい様子で眠っている。
驚いたものの、嫌悪感はなかった。
すぐに毛布にくるまり直すと、サンジは筋肉質な男の体にしがみついていく。
我が物顔で眠る男の体臭に、微かな目眩を感じた。
首筋に鼻先を埋めると、深くにおいをかいでみる。
守られているという感覚はいまだに払拭できなかったが、それも悪くはない。
春になれば、そんな悠長なことは言っていられなくなるのだから。
「俺と一緒にバラティエに来てくれるか、ゾロ?」
ぽつりと呟いて、ぎゅっと男にしがみつく。
涙が目の端に滲んで、消えていった。
この冬をフーシャで過ごすと決心したものの、やはり心のどこかでサンジは不安に思っていた。
ゼフは……それにロビン、パティやカルネは、無事なのだろうか。自分がバラティエに戻った時には、皆、元気な顔を見せてくれるだろうか。
しんみりと物思いにふけっていると、不意に手を掴まれた。
「今の言葉は、どういう意味だ?」
今の今まで眠っていたとサンジは思っていたが、意外にもしっかりとした声でゾロは尋ねた。
「な……んだ、起きていたのか」
ごまかすようにサンジは、ゾロの体にしがみつく。
「ああ。今、起きた」
穏やかだが、油断のならない声色に、サンジはドキリとした。言葉にはしていない心の中の思いを、見透かされたような気がしてならない。この男に、おそらく隠し事は通用しないだろう。隠していることを気付かれでもしたら、後々やっかいなことになるだろうことも容易に想像できた。
「……春になったら、バラティエに戻ろうと思うんだ」
考え考え、サンジは告げた。
窓の外では、冬の風が音を立てて空を駆け抜けている。
もしかしたら明日の朝は、霜が降りているかもしれない。
「そうか」
ゾロは、短く答えただけだった。
明け方近くになって、サンジのほうから男の熱を求めた。
このところ、ゾロの怪我のことがあったからか、お互いに性的な雰囲気を避けていたのかもしれない。
久しぶりに男の熱を肌に感じたサンジは、体の火照りを抑えることができないでいた。
四肢に力を入れて男の体にしがみつくと、自分から腰を揺らした。
ほぼ完治に近い状態ではあったものの、ゾロの足の怪我を気遣って、サンジは自分から男の上に乗り上げていく。
こんなことは滅多になかった。
バラティエの跡継ぎだという自負があるからか、滅多に羽目を外すようなことはしないサンジだったが、この時ばかりは別だった。
どうにもならない状況を忘ようとして、必死になって男の熱を求めた。
すぐにはバラティエに戻ることのできないもどかしさ。自分の非力さ。フーシャを去る時にはゾロと別れなければならないかもしれないという不安も、サンジの中では大きな比重を占めている。
男の熱を求め続けていれば、不安から解放される。
それが一時的なものであれ、今、安心することができるのなら、それはそれで構わない。
男の腹の上に乗り上げて、サンジは腰を揺らした。
下からのもどかしいような突き上げに、苛々と首を横に振った。
「やっ……」
あ、あ……と声を洩らすと、口の端から涎がだらりと垂れ落ちた。
「もっと……ゾロ、もっと突いてくれよ……」
啜り泣くような声でサンジが懇願する。
体の中に穿たれた楔は、サンジを焦らしながらゆっくりと追い上げていく。
「悪い子だ」
白くほっそりとした腰を両手で固定すると、ゾロはがしがしと揺さぶった。
いきなりの快感に、サンジの体が大きく傾ぐ。
「っぅ……あ、あああ……」
体を前後に傾けながらも、サンジは男の突き上げに合わせて腰を動かした。
締め付けた部分から、男の精液が溢れてぐちょくちょと音を立てた。
「一緒に……ゾロ、一緒に……」
うわごとのようにサンジは呟いた。
「ああ、一緒に行ってやる」
掠れた声が、サンジの耳元で聞こえた。
その瞬間、いっそう深く体の中を抉られた。
「ひっ……あ、あ、あぁ……」
ビクン、と体が揺れたかと思うと、いつの間にかサンジの前が精液で白く濡れていた。
締め付けた後ろの穴が、より大きな快感を求めてひくついている。
「なんだ。今イったばかりなのに、まだ足りねぇのか?」
パチン、と白い尻をひと叩きすると、ゾロは続けざまにサンジの体を揺さぶり始める。
体の中で、たった今、吐精したばかりのゾロのペニスがぐん、と硬度を増した。
To be continued
(2008.12.31)