バラティエからの密書が届けられて以来、フーシャでの時間はいっそう早く過ぎていくようになった。
今は時間が足りないことばかりで、誰もが寝る間をも惜しむほどだった。
エースがウソップを伴ってフーシャのあちこちを回っている間、サンジはベックマンの指導の元、継ぎの王子としての責任や義務といったものをより深く考えるようになっていった。一方ゾロは、怪我の完治を待たずして単独で諜報活動を始めたらしい。シャンクスに聞いたところ、ウェストランドにいる知り合いに手を借り、バラティエの──補佐官の動向を探っているという。
ゾロと離れていることは辛かったが、目的ができた今、そんなことは些細なことのように思われた。
春になれば、サンジはバラティエを目指す。
川と山に囲まれた懐かしい故郷に戻り、ゼフやロビンと再会するために、サンジは今のこの日々を過ごしているのだ。
無駄なことではないと思いたい。これらすべてを吸収し尽くしてももしかしたらまだ足りないかもしれないが、それでも、できることは全てしておきたいと思う。誰の足手まといにもならないように。
雪のないフーシャともあと少しでお別れなのかと思うと少し寂しくもあった。
ここの人たちを嫌いになれないのは、フーシャの空気がルフィやエースと似ているからだろうか。大らかで、明け透けで、優しい。ここにいる限りサンジは安心して眠ることができたし、何も心配する必要はなかった。守られていると感じることができた。
だが、やはりフーシャはサンジにとってあくまで亡命先でしかない。
ここは、バラティエではない。
自分が生まれ育ったバラティエは、ここにはない。
ゼフも、パティもカルネも……ロビンもチョッパーもここにはいない。
自分のいるべき場所ではないのだ。
そう思うと、胸の奥がシクシクと痛んだ。バラティエにいつか戻る日のことを考えて、気持ちを余所へやろうと何度もしたが、うまくいかなかった。
やはり懐かしいのだ、あの場所が。
灰色の牢獄だった期間を考えるともう二度と戻りたくないと思うこともあったが、それでもあこそには大切な人たちがまだ残っている。命を賭して戦っている。
もうすぐだ。もう、すぐ──口の中で何度も呟いて、サンジは拳を握りしめる。
大切な人たちへの懐かしさと、補佐官に対する憎しみとが入り混じって、今すぐにでもフーシャを飛び出したくなることも幾度となくあった。その衝動的な気持ちをサンジはこれまで、ずっと抑え込んできた。
今まだ、その時ではない。
バルコニーのはるか向こうに見える山並みをじっと見つめながらサンジは、皺だらけのゼフの大きな手を思い出していた。
フーシャ各地で起こる小競り合いは、冬の寒さが緩みだすのと共にゆっくりと消えていった。
時折、ナミやウソップが出先から寄越してくる手紙には、バラティエの継ぎの王子死亡の噂がどこまで広がっているかが書かれていた。どうやらゾロが大怪我を負って戻ってきたあの日以来、行動を共にしていたバラティエの継ぎの王子が野党の手にかかって命を落としたという話がまことしやかにそこここで囁かれ続け、ようやくバラティエにもその噂が浸透しだしたのだと言う。
自分はここにいて、生きているのにとサンジは思った。
それにゼフやロビン、チョッパーにはこの話がどのように伝わっているのかがサンジは心配だった。
それでいいと、ベックマンは言った。
フーシャでの小競り合いが減ってきたことのひとつには、継ぎの王子死亡の噂が補佐官の元へ届いたからだとベックマンは言う。それまで、サンジが亡命したことを知った補佐官は、あの手この手を使ってフーシャへ刺客を送り込んできていたのだ。
と、言うことは、だ。
それまで補佐官の目は、バラティエ公国内と亡命したサンジとに分散されがちだった。だが、継ぎの王子が死んだとなれば別だ。補佐官の目は公国内に向けられ、それまで以上にゼフやロビン、チョッパーの危険が増すことになる。
「──急くな」
不意に、ゼフの声が耳元で聞こえたような気がした。
図書室で子どもたちに文字を教えていたサンジは、ハッと顔を上げ、耳を澄ました。
一瞬、ゼフの気配がすぐ近くでしたような気がしたのだが、「どうしたの?」と尋ねる子どもの声で、気配は霧散してしまった。
「あ……ああ、何でもない」
軽く頭を振って、サンジは子どもたちのほうへと意識を集中させる。
それにしても、今のはいったい何だったのだろう。
あんなに鮮明に、ゼフの声を耳にしたのは久しぶりだ。まるで耳元でジジィが声をかけてきていたかのような……と、そこまで考えてサンジは、ふと不安に駆られた。
もしかしてゼフに、何かあったのではないだろうか。
それともバラティエで何かあったのだろうか。
その後のことは、サンジはよく覚えていない。
何とか子どもたちにその日の日課である板書をさせてしまうと、サンジは足早に謁見室へと向かった。
サンジの足取りはいつになく荒々しく、力任せにドアをノックしようとすると、それよりも先にドアが開いた。
「あら、サンジくん」
張り詰めていたものがプチンと切れたような感じでサンジは、言葉もなく目の前の人を惚けたように見つめることしかできなかった。
サンジの目の前には、やつれた格好のナミがいた。思いもかけず長旅になってしまったのか、着ているものは薄汚れ、唇はカサカサになっているのが見て取れる。
「ちょうどよかった。サンジくんにも会いたかったのよ」
言いながらナミはサンジの腕を取り、謁見室の中へと引きずり込む。
「すみません、やっぱりこのまま緊急会議を招集しちゃってください」
自分とたいして歳のかわらないナミは、あっけらかんとした様子で王の椅子に座るシャンクスに声をかける。
シャンクスはすぐそばに控えていたベックマンへと顎をしゃくってみせた。それだけだ。 すぐさまベックマンが伝令を走らせ、会議の主要メンバーを呼び寄せた。
疲れているだろうにナミは、少しもそんな様子を見せることはなかった。
集まった面々に向けてナミの報告が語られ、ついでベックマンの指示がそれぞれに淡々と出されていく。
何もかもが急すぎてサンジにはついていくことができそうになかったが、他の者達は皆、慣れているのか、出された指示に対して私見を交えながら言葉を発していく。
ウェストランドからバラティエに対する攻撃はますます激しくなっていっているとのことだったが、現在はシャンクスの息のかかった傭兵部隊が紛れ込んでおり、指示があり次第行動を起こす手はずになっている。この部隊にはエースの部下が潜入して、いざと言う時には補佐官との繋がりを絶つことになっている。
バラティエ公国内部へはウソップの仲間が、補佐官が募った傭兵の下っ端や厨房の下働きとして潜り込み、もう何度も密書を送ってきている。そのうちの一人はチョッパーと通じていて、事細かな情報をこちらへ寄越してくれていた。
バラティエの東、イースト国のさらに向こう位置する砂漠の国にはナミの友人がいる。彼女の力添えで、補佐官の後ろ盾となっていたイースト国へ牽制をかける準備も整った。フーシャ各地での小競り合いが減ってきたことの裏には、継ぎの王子死亡の噂と同時に補佐官の後ろ盾がなくなってしまったことも関係しているらしい。
「下準備としちゃあ、まあ、ざっとこんなところかな」
満足そうに口の端をニヤリと吊り上げ、シャンクスが呟く。
王の椅子に腰かけた男はニヤニヤと笑いながらサンジを見つめてきた。
不安定だった足下がゆっくりと固められていくのを、サンジは感じていた。
「次に会う時はバラティエだな」
その夜、ゾロはサンジにそう告げた。
明日の朝、夜明けと共にゾロはフーシャを発つことになっている。ゾロは単身で砂漠の国へ向かい、友軍を連れてバラティエ公国へと乗り込む手はずとなっていた。
サンジはまだ、ここから動けない。
サンジがフーシャを出ることがあるとしたら、それはバラティエを蝕む膿が一掃された時でしかない。
やはり自分はここから出ることはできないのだと、肩を落として俯いた。
「お前には、お前のやるべきことがあるだろう?」
補佐官に盛られた薬の毒がようやく抜けてきた体には、まだ無理は禁物だった。
以前のように自分自身をコントロールすることができなくなるような状態はなくなったものの、無理をしすぎるといまだに微熱の続く日がある。それを克服し、川幅のある青の川の川沿いにウェストランドを上流へと進むことこそが、今のサンジがしなければならないことだった。
「……わかってる」
サンジだって、頭では理解していた。
川を遡る時にはフーシャの精鋭部隊を伴って進軍することになる。
安全なところから戦いの終焉を眺めることしかできない自分の立場を考えると、嫌になる時があった。
自分も共に、戦いたい。
ゾロやウソップやナミ、エースと共に、戦いたい。
ゼフのため、バラティエ公国のため、そして何よりも自分自身のために。
「ほら、来いよ」
手を引かれ、サンジは寝台へと誘われる。
一緒にいられる時間はそう長くはない。
朝にはゾロとは別れなければならないのだから。
寝具にくるまったサンジは、枕元の燭台の炎に照らされたゾロの裸体にしばし見入った。 胸に大きな刀傷の残る体は筋肉質だが驚くほどしなやかだ。
のしかかってくる男に手を伸ばして、胸にてのひらを押し当てた。
トク、トク、と心臓の音がてのひらづたいにサンジへと伝わってくる。
「あたたかいな」
呟くと同時に、唇を塞がれた。
唇を割ってやや強引に舌が口の中へと潜り込んでくる。じゅっ、と音を立てて唾液ごと舌を吸い上げると、さらに深く唇が合わさった。
お返しとばかりに痺れるほど強く舌を吸われ、息があがりそうになる。はぁ、と唇の端から息を吐き出すと、男は微かに笑っていた。
不貞不貞しいまでに傲慢な男の笑みに、サンジは何故だか安堵した。
自分のするべきことをして、川を遡って進軍する。ただそれだけだ。
懐かしのバラティエ公国への帰還はきっと叶うだろう。
──きっと。
クチュ、クチュ、と音を立てて口の中を蹂躙する男の舌が熱かった。肌に触れる指先も、太股にあたる腰の高ぶりも。
ゆっくりとゾロの竿が自分の後孔に押し込まれていくのを感じてサンジは、結合部が男によく見えるようにと足を大きく左右に広げた。股の間では自身の竿がトロトロと先走りを零しながらヒクついている。
「突けよ」
掠れる声で男を煽ると、挑みかかるようなギラついた眼差しで睨みつけられた。
腰を掴まれ、ガツガツと中を突き上げ、擦り上げられた。
激しく突き上げられ、痛みと快感とでサンジは最初から嬌声を上げっぱなしだった。
目の前の男の顔をしっかりと見据えて、大きく唇を震わせながら精を放つ。腹の中の男のペニスがぐん、と嵩を増していっそう奥深くを突き上げ出す頃にはサンジは息も絶え絶えになっていた。
それでも男の顔から目を離さない。
じっと男の目を見つめ、男がイくところをしっかりと見届けてからサンジは意識を失った。
「……なんだ、満足そうな顔しやがって」
微かな舌打ちと、男の優しい声が意識を失う寸前のサンジの耳に届いてきたが、その後のことは覚えていない。
END
(2014.9.23)
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