新妻はマフィアの右腕 2

  結婚式は、並盛にあるホテルに隣接するチャペルで行われた。
  式の後はホテルで家族や友人、マフィアのボスや幹部たちに二人の姿をお披露目をしそのまま一泊する予定になっている。十四歳の隼人は明日から並盛中学に通うことになっているため、学業に支障のないようにと、ビアンキなりの配慮をした結果がこれだった。
  なんて中途半端なことを、と綱吉は思う。
  最初から養子縁組を結ぶことになったと直接、祖父か父から綱吉が聞かされていれば、こんなにも怒らずにすんだものを。まどろっこしいやり方で綱吉を追い詰めようとするビアンキの企みに、無性に腹が立つ。
  そう、あまり考えたくない事実だが、自分が結婚する相手は中学生……なのだ。
  果たしてこれでいいのだろうか? 中学生と結婚だなんて常識的に考えてもおかしいし、まずあり得ない話だ。
  よく聞くところでは、内輪だけの御披露目をしておいて、後日改めて式を挙げるという話なら知らないでもない。或いは内々に婚約者として家に引き取り、相手がしかるべき年齢に達したら盛大に式を挙げるのだ。そんな話をいくつか耳にしたことがないでもなかったから、今回のことも皆、おかしいとは思わないのだろう。
  式場で初めて目にする獄寺は、色白でほっそりとした、線の細い少年に見えた。ご丁寧にもウエディングドレス姿だ。顔色が少し青いように思えるのは、化粧のせいだろうか、それとも緊張のせいだろうか。
  とにもかくにも、ビアンキの企みに自分たちは振り回されている。
  このまま何事もなく式が終わればいいのにと、願わずにいられない。
  綱吉は小さく溜息をついて、花嫁となる十四歳の少年と共に神父の前に立った。
  チャペルでの式は呆気ないほど簡単に終わった。もしかしたら。綱吉自身も緊張していたからかもしれない
  二人とも神妙な顔つきで神父の前へと進み出ると、結婚の誓いとくちづけを交わした。掠めるようにして触れた獄寺の唇は、ひんやりとして冷たかった。それだけしか記憶に残っていない。
  それから会場をホテルの一室に移し、披露宴が始まった。
  会場の正面、フロアよりも少し高いところにセッティングされたテーブル席に並んで座っていると、余計に獄寺の顔色が悪いことが見て取れた。
  綱吉自身も、着なれないタキシードに身を包み、じっと正面席に座らされ、奇異の目に晒されるのが苦痛でたまらない。
  それなのに、なんでこんなにだらだらと披露宴が続くのだろう。まるで嫌がらせかなにかのように思えてならない。
  チラリと獄寺のほうを見ると、膝の上で握り締めた拳が小さく震えていた。随分と緊張しているようだ。それとも、ドレス姿に怒り心頭といったところだろうか。どちらにしても可哀想だ。
  来賓の人たちからいくつものお祝いの言葉をもらい、ついで綱吉の友人たちが場を盛り上げるための隠し芸を強制的に始めるに至って、今にも爆発しそうなほどの腹立たしさに襲われた。
  どこかで誰かがもう隠し芸は見たくないと言ってくれればいいのに、誰もそうは言わなかった。皆が皆、面白くもない隠し芸を披露することに必死で、綱吉たちにはほとんど関心がないようにも思われた。
  それでもなんとか我慢の時間を耐え抜いて、式を終えた二人はようやく他人の視線から解放されたのだった。



  ぐったりとして二人で用意されたホテルの部屋へと向かった。
  疲れていて、今日はもう何もしたくないし、できることなら喋りたくもない。
  だが、獄寺は十四歳の子どもだ。仏頂面であしらっていい相手ではない。
「疲れただろう?」
  部屋を案内してくれたホテルのスタッフが立ち去ると、綱吉はソファに腰を下ろして伸びをした。
「はい……いえ、大丈夫っス」
  そう言いながらも獄寺は、疲弊したような冴えない表情をしている。まだドレスを着たままで、居心地悪そうにしている。
  綱吉が十四歳の時はもっと情けなかったように思うから、獄寺は充分頑張っている。何しろ今日は獄寺にとって人生の晴れ舞台だったのだ。疲れて当然だ。
「大変だったね、獄寺君。ビアンキからだいたいの事情は聞いているけど……」
  言いかけた綱吉の言葉を耳に入れたくないのか、獄寺はさっと踵を返した。ドレスの裾が翻って、ハッとするほど綺麗に見えた。
「俺、やっぱり疲れてるみたいなんで、先にシャワー使わせてもらいますね」
  そそくさと逃げるようにしてバスルームに飛び込む少年の後ろ姿に、綱吉は小さく溜息をついた。
  家のために自分が養子に出されたのだと、獄寺は知っているのだろうか。ビアンキのことだから、本当のことは告げていないのではないだろうか。だが、獄寺はどうなのだろう。彼は、自分の境遇を知りたいのではないだろうか。そう思ったものの、他人の綱吉がおいそれと口を出していいのかどうか、悩むところだ。
  ソファにもたれて目を閉じると、静まりかえった部屋の向こうから、微かにシャワーを使う音が響いてくる。
  男同士とは言え、ビアンキの画策で結婚式まで挙げさせられたのだ。その先のことに関しては、どうなのだろう。やはり男同士でも、することはしなければならないと言うのだろうか?
  未成年だぞ、と綱吉は口の中で小さく呟く。
  あんなほそっこい子を、どうこうしようという気にはならない。いや、そんな気になってはいけない。男同士だし、相手は未成年だし、それに……正しくは養子縁組をしたのだ、二人は。いくら結婚式を挙げたとは言え、そこまではさすがに綱吉も考えてはいなかった。
  獄寺だってきっとそうだ。
  男同士のセックスなんて、嫌に決まっている。
  はーっ、と、今日何度目になるかもわからなくなった溜息をつくと綱吉は、ソファに沈み込む。このまま眠ってしまうことができたら、幸せなのに。
  獄寺がシャワーを浴びている間に綱吉は、脱衣場に入った。床の上に脱ぎ捨てられたドレスを拾い上げ、軽く埃を払うと部屋へ持っていく。
  そろそろビアンキが来る頃だ。
  やや緊張した面持ちで綱吉がソファの近くに立っていると、インターホンが鳴った。
  ビアンキが来たのだ。
  綱吉はインターホンをすぐさま切ると、覗き穴からビアンキの姿を確認してからドアを開けた。
「あの子は?」
  ビアンキが尋ねるのに、綱吉は顎の先でくい、とバスルームを示した。
「今、シャワーを浴びてるとこだよ。話していく?」
「いえ、いいわ。ドレスを引き取りに来ただけだから」
  意味深に、ビアンキは微笑んだ。
  好奇心丸出しの、嫌な笑みだと綱吉は思う。
「優しくしてやってね、ツナ。あの子、初めてだから」
  その言葉に、綱吉は勢いよく噎せ込んだ。いったい何を薮から棒に、と思わずにいられない。
「ちょ、ビアンキ……オレはそんなつもりで獄寺君と養子縁組みしたわけじゃ……」
  慌てて否定しようとすると、「照れなくてもいいのよ」と一蹴されてしまう。
「あの子、寂しがり屋だから姉として心配しているのよ。大切にしてやってちょうだい」
  半ば脅しつけるようにしてビアンキが顔をぐい、と寄せてくるのが恐ろしい。自分が彼女の言いなりになってしまうだろうことは、これまでの経験からよくわかっている。
  どうしても押しの強い人間には弱いのだ、昔から。
「……わかったよ、大切にするよ」
  同情しているのだろうか、自分は。
  ビアンキの境遇や、獄寺の複雑な家庭の事情、それから……自分の、今のこの状況に、頭が飽和状態になってしまっている。
  男同士で結婚だなんておかしすぎると思いながらも、まだ中学生でありながら家のために養子に出された獄寺の将来が心配になってくる。
  ちゃんと、実家にいた時と同じように育ててやらなければと思う。
  大切に、大切に……。
「顔、見ていく?」
  尋ねると、殊勝にもビアンキは首を横に振った。
「いいえ。あなたたちの大切な時間を邪魔するつもりはないわ。そんな野暮なことをしたら、馬に蹴られてしまうじゃない」
  軽く肩を竦めたビアンキに、綱吉のこめかみがピクピクとなった。
「じゃあ、よい夜を過ごしてね、ツナ」
  からかうように小さく笑って、ビアンキはクルリと踵を返した。
  綱吉が何か言葉を投げつけようとするよりも早く、ドアが閉まる。
  どうしようもない理不尽さに、行き場をなくした怒りが綱吉の中にこみ上げてくる。胸の内で、メラメラと燃え上がっているような気がする。
  右の手をしっかりと握りしめて左の手のひらに叩きつけると、少しだけ怒りがおさまったような気がした。



(2013.4.17)

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