新妻はマフィアの右腕 9

  赤い舌が唇の奥で蠢いている。
  本人に自覚はないのだろうが、なんともいやらしく見える。
  わざとやっているとは思えないが、うっかりしていると煽られそうになる。下腹に力を込めて奥歯を噛み締め、獄寺のうなじのあたりをゆるゆると撫でてやる。
  こちらのほうが年上なのだというある種の意地のようなものと、愛しさがないまぜになった気持ちが綱吉の中では渦巻いている。
「無理しなくていいからね」
  声をかけると、ビク、と獄寺の肩が揺れる。
  ピチャ、ピチャ、と音を立てながら獄寺は舌を動かしている。
  大きく頭を動かして、獄寺の舌が綱吉の性器を舐め上げる。
「ん……ぅ」
  ひどく熱心な顔をして獄寺は、綱吉の竿を口の中に含んだ。入りきらなかった部分は手で握って、一生懸命に指を動かしている。
「……気持ちいいっスか?」
  不意に顔を上げると、獄寺は訊ねてきた。
  不安そうに綱吉を見上げる口元は、唾液で濡れている。
  気持ちよくないはずがないだろう、と綱吉は思った。
「気持ちいいよ、隼人」
  そう返すと、獄寺はカッと頬を真っ赤に染めた。
  なんて可愛らしいのだろう。いやらしくて、可愛らしくて、たまらない。
  挿れたい。目の前の細い体を押さえつけ、強引に挿入したら怒るだろうか? 泣き喚いて抵抗しても無理に犯してしまいたくなるような色香が、この子にはある。他の人はどうか知らないが、綱吉に対しては有効な色香だ。
  おそらくそれは、自分が獄寺にそれだけ入れ込んでいるということだと思うのだが……。
「俺、も……気持ちい……っス」
  躊躇いがちに獄寺が返す。
  首筋や耳たぶまでも真っ赤にして、それでも従順に綱吉に従おうとしている姿に、綱吉の心臓は鷲掴みにされてしまいそうだ。
「本当に?」
  顔を覗き込みながら綱吉は、獄寺の下肢へと手を回していく。
  さっき放ったばかりの獄寺のペニスは、いつの間にか硬くなり始めていた。
「ああ、本当だ。もう、こんなに硬くなって……ほら、ちょっと触っただけで先っちょが濡れてきた」
  からかうように告げると、獄寺は体をもじもじとさせて綱吉の手から逃れようとする。
  そんな獄寺の動きを見て綱吉は、少しだけ体をずらした。獄寺の体を横臥させると、綱吉の股間へと頭を引き寄せた。



「もう一回、最初からしてくれる?」
  舐めるだけだよと言うと、獄寺は困ったように綱吉を見上げ、戸惑いながらも目の前の性器に唇を寄せていく。
  綱吉はというと、獄寺の片足をぐい、と掴み上げた。露わになった股の間で、獄寺の成長途中のペニスがふるん、と震える。身を屈めて可愛らしいサイズの性器を口に銜えると、足の間で獄寺が小さく身じろぐのが感じられた。
「ふ……んんっ」
  くぐもった声をあげながらも獄寺は、綱吉の性器をしゃぶっている。さっきよりもずっと上手に、丁寧に舐めている。
  このまま犯してまいたい。だけど、それではもったいない。もっともっと大切にして、可愛がりたい。せめぎ合う気持ちを持て余した綱吉は、獄寺の性器をきゅう、と強く吸い上げた。先端にじわりと滲む先走りを吸い取り、舌先でチロチロと尿道口をこじ開けようとすると、獄寺の太股がビクビクと震えた。
  もっと抵抗すればいいのに。
  ふと、意地の悪い歪んだ思いが綱吉の中にこみ上げてくる。
  いったん口を離すと綱吉は、唾液と先走りとでドロドロになった獄寺の性器を指で扱いた。先端のぬかるんだ部分を指でなぞり、ぬめったものを掬い取る。それから、尻の狭間でヒクついている窄まりへとその指を突き入れた。
「ぁ……んっ!」
  途端に内壁が、きゅうっ、と綱吉の指を締め付けてくる。
  さっきもそうだった。痛いほどに締め付けて、綱吉の指を飲み込もうとした。まるでもっと欲しいとねだっているように思えて、綱吉は突き入れた指で獄寺の内壁をくすぐるように引っ掻いた。
「ん、ふ……」
  ぬめりのせいだろうか、綱吉が指を動かすと、その度にクチクチと湿った音がした。
「あ……や、十だっ……」
  獄寺が声をあげた。
  片足の足首は綱吉に掴まれ、不安定な姿勢で獄寺は綱吉の手を掴もうとしてくる。その手を難なく捕らえると綱吉は、足首と一緒に一纏めにして掴んでしまう。
「十代目……」
  この時になってようやく、獄寺が心底怯えたような表情をした。
  今までは抵抗らしい抵抗もせず、綱吉に言われるがままだった獄寺が、初めて綱吉を拒もうとしている。
「大丈夫。すぐに気持ちよくなるから、続けて」
  綱吉がそう言うと、獄寺の抵抗はあっさりやんでしまう。
  またかと思いながらも綱吉は、獄寺を怯えさせないように顔を伏せた。
  すぐに獄寺も、綱吉の性器を口に含み直した。



  互いに相手の性器を口に含み、舐め合った。口の回りだけでなく、ペニスの根本や陰毛までもが唾液と先走りとでべたべたになるまで執拗に舐めると、獄寺はよがりながらも綱吉から逃れようとした。
  まだどこかに理性が残っているために、羞恥心が大きすぎるのだろう。
  それでも、抵抗らしい抵抗をようやっと見せ始めた獄寺のことが、綱吉は可愛くてたまらない。
  片手で獄寺の足と手首とを纏め持っているため、不自由でならないが、しかしここまでしなければ獄寺は抵抗らしい抵抗をしてくれないのだから仕方がない。
「嫌なら嫌だ、って、はっきり言えばいいんだよ、獄寺君」
  言いながら綱吉は、もう一方の手で、獄寺の窄まりを愛撫する。二本の指で内壁を押し広げるようにして擦ってやると、弱々しく抵抗しながら獄寺はとうとう啜り泣きだしてしまった。
  気持ちよくて泣いているわけではないその様子に、綱吉は溜息をついて、獄寺の中からそっと指を引き抜こうとする。
「やっ……ダメ……ダメです、十代目!」
  グズグズと鼻を啜りながら獄寺が声をあげた。
「でも、嫌なんだろ?」
  嫌なら嫌と、はっきり言ってくれないと。綱吉は少し怒って獄寺を睨みつけた。嫌々抱かれる獄寺を見たいわけではない。気持ちが伴っていないのは最初からわかっていたが、こんなふうに泣かれると、自分一人が悪いことをしているような気になってしまう。
  中学生を相手にしている時点で既に自分が悪いことをしているのだということは、もちろん理解している。だが、獄寺がもっとはっきりと自分を拒んでくれさえすれば、こういったことにはならなかったはずだ。
「──……ゃ、じゃ、ない……っス」
  ポソリと、震える声で獄寺が呟いた。
  あまりにも小さな声だったものだから、綱吉は危うく聞き逃してしまうところだった。
「え?」
  思わず、掴んでいた獄寺の手足を離してしまう。獄寺の上にのしかかっていくと綱吉は、獄寺の頬を両手で挟んでその泣き顔を覗き込んだ。
「もう一回言ってくれる、獄寺君」
  尋ねると、獄寺はいやいやをする子どものように、首を左右に振ろうとする。
「も、や……言えません。そんなの、言えな……っ」
  泣きじゃくり、綱吉から顔を背けようとする獄寺の唇に、噛みつくようなキスを落とす。
「嫌じゃなかったら、なんで泣くんだよ。なんで逃げようとするんだよ。ダメだって言っただろ、今」
  我ながら大人げないと思いつつも綱吉は、獄寺を責めた。
  大人同士の恋愛ですら、綱吉はうまくできなかった。いつも相手に気を遣ってもらって、リードを取ってもらっていた。そういう恋愛の仕方ばかりしてきたからなのか、それとも相手が子どもだからと一歩身を引いたような接し方をしているからか、獄寺のことがなかなか理解できないのもまた、事実だった。
「だって……」
  獄寺は啜り泣きながらも驚いたように目を見開き、綱吉のほうをじっと見つめてくる。
「だって十代目、俺……こういうの、本当に初めてなんス。だから……」
「だから?」
  意地悪く尋ね返すと、獄寺は顔を真っ赤にしてしまった。
「だ……だからっ……その……」
  言いながら獄寺の声がだんだんと小さくなっていく。
  ああ、そうか。綱吉は思った。ビアンキに色々と予備知識を与えられていたようだが、やっぱりこの子はまだ中学生だったのだ。大人の事情に巻き込まれて男の綱吉と結婚をしてしまったものの、セックスをするには早計すぎたのだ。
  目をぎゅっと閉じて、両手で顔を覆った獄寺は、綱吉から隠れようとして体の下に敷き込んでいたケットを捲ってその中に逃げ込もうとしていた。
  その仕草がなんとも愛しく思えて綱吉は、獄寺の体をぎゅっと抱きしめた。
「……そういう大切なことはもっと早く言ってくれなきゃ、獄寺君」
  言いながら綱吉は、獄寺の頬や鼻先や瞼にキスをする。チュ、と音を立ててくちづけると、いっそう恥ずかしそうに獄寺は綱吉から逃れようとする。
  やっぱり獄寺は可愛い、と綱吉は思った。



  結局その夜は、それ以上はなにもせず、裸で抱き合って眠った。
  それだけでも獄寺にとっては随分と刺激が強かったようで、翌朝は始終顔を赤くして俯いたままだった。
  それもまた可愛いと思うのだから、不思議なものだ。
  獄寺を学校へと送り出した綱吉は、自分も出勤のために用意を始める。
  今朝は山本が迎えにきてくれるはずだから、少しは時間の余裕もある。
  機嫌良く鼻歌を歌いながら玄関を出ると、表の道路際に山本の姿が見えた。
  慌てて駆け寄っていくと、山本はニヤリと笑って綱吉の目を覗き込んでくる。
「ツナ、お前、とうとうあの子とヤっちまったのな」
  ニヤニヤと笑いながら山本は、的確なところをついてくる。
「や、あの……ヤったというか……その……」
  もっとも、最後まではしていない。獄寺の心の準備ができるまでは、挿入はしないという約束を夕べ、したばかりだ。
  とは言え、そんな内輪の事情を山本に話してやる気はさらさらない。いくら親友でも、それは踏み込みすぎというものだ。
「まあ、なんだ。よかったな、ツナ」
  心配してたんだぞと山本は言う。
  親友として、どうやら山本なりに気にかけてくれていたらしい。
「十歳も違うと、エイリアンみたいだよな、実際」
  けたけたと笑いながら山本が言う。
「あー……うん、そう……かな?」
  確かに、そう思うこともある。もっとも、ランボと違って綱吉に従順であろうとする獄寺のほうが扱いやすいことは間違いない。
  それにしても、だ。
  いったいどうして山本に、夕べのことがバレてしまったのかが不思議でならない。
  車の中で綱吉は、あれこれ考えながらバックシートから山本の様子を探ってみる。
  大らかな山本は一見するとがさつそうに見えることがあったが、これでなかなか繊細な男でもある。先に家を出た獄寺か、それとも綱吉の様子を見て、夕べ何かがあったことに思い至ったのではないだろうか。
  山本との会話を誤魔化すように綱吉は、窓の外へと視線を向けた。
  それきり黙り込み、目を閉じると、山本も余計なことは言わなくなった。



(2013.8.23)

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