『冷たい炎』



  格納庫は薄暗かった。
  エースが持ち込んだランタンのおかげでぼんやりとあたりが見える程度の明るさだ。
「もしかしたら来ないかと思ってたぜ」
  格納庫の扉を開けるや否や、エースがポソリと呟いた。
「来るに決まってっだろ」
  エースの気持ちがわからなくなってしまってからもサンジは、こうしてまた触れ合うことができる機会を、心の奥底では虎視眈々と狙っていたのだ。その当の本人からの誘いを無下に断るはずがないではないか。
  うすぼんやりとした光を頼りに、サンジはエースの元へと近付いていく。
  土嚢の上で胡座をかいているエースの隣に腰を下ろすとサンジは、改めて男の顔をまじまじと見つめる。
  こんなふうにエースが隣にいるなんて、夢のようだった。
  彼とはもう、こんなふうに親しくすることはできないと思っていたのだ。
「……肌を合わせたら、何かがかわるかもしれねえ」
  微かな声で呟いたサンジは、エースの頬に手を伸ばし、ゆっくりと顔を寄せていく。
「かわろうが、かわるまいが、俺は俺だし、サンジはサンジだ」
  唇が触れそうなほど近くで、エースが囁く。あの時の言葉をエースは、覚えていてくれたのだ。サンジは鼻の奥がツン、となるのを感じた。
「記憶が戻っても、アンタは、アンタだ──」
  声が震えそうだとサンジは思った。奥歯をぐっと噛みしめると、エースを睨み付ける。
  エースが微かに笑う。唇が触れ合う寸前、吐息がサンジの唇にかかる。それだけでサンジの体の奥がじわりと熱くなる。
「そうだな。俺は、俺だ……」
  サンジの唇が、エースの唇を掠める。エースも同じように掠めるだけのキスを返す。
  深くは触れ合わさない。
  ひとたびそうしてしまえば、行為が始まってしまう。肌と肌とを合わせてしまえば、もうこの時間に二人が戻ることはできなくなる。
  もっと、引き延ばしたい。
  いつまでも触れていたい。一緒にいたい。このまま同じ船で過ごすことができるなら、何も言うことはないのに。
「……エース」
  囁くと同時にサンジの唇は、エースの唇に吸い上げられた。



  ゆっくりとエースの指が肌の上を這っていく。
  もっとじっくり、体の隅々まで触れて欲しい。
  もう二度と肌を合わせることがないのであれば、全部奪い尽くして欲しかった。一生、忘れないように。汗のにおい、肌の熱さ、指遣い……全部、覚えていたい。何もかも記憶に焼き付けておきたいとサンジは思う。
「ぁ……」
  下腹部の疼きが少しずつきつくなっていく。熱くて痛いのは、それだけエースのことを想っているからだ。
「服、脱いでもいねえのに……」
  下着の中でサンジの性器は硬くなっていた。先端が布地に擦れると、それだけで先走りが滲んでくるのではないかと心配になるほどだ。
  微かな笑みを浮かべるとエースは、サンジのスラックスに手をかけた。
「全部脱がしてやる」
  最後だからなという言葉を飲み込み、エースは呟いた。
  互いに相手の服を脱がし合った。と、言っても、エースの場合は下衣だけだから、大して時間はかからない。自分が服を脱がされる合間に、サンジはじっくりとエースの肌に触れた。てのひらで、エースの肌の感触を覚えておきたかった。
  二人とも裸になると、向かい合って土嚢の上に腰をおろした。エースはあぐらをかいて座っている。
  エースの胸に手をおしあてて、サンジは鎖骨のあたりにくちづけた。
「……過去を思い出したら、お前はいなくなるのか?」
  言ってる端から表情が崩れていくのが自分でもわかった。顔を見られたくなくて男の肩に額を押しつけると、エースの腕がサンジの体を抱きしめてくる。
「俺は……まだ、ここにいたい。お前のそばにいて、こうして抱きしめていられたらいいと思っている」
  それはしかし、無理なことかもれない。
  少し前にチョッパーが言っていた、今のままがいいと思っていたエースは、いなくなろうとしている。記憶が戻りかけているということは、元のエースに戻ることを怖れるのはやめたということだろう。
  だったら、いつまでも今のエースのままでいることは難しいはずだ。
  この二人だけの時間が終われば、エースは元に戻るのかもしれない。今の生活に対するしがらみがなくなれば、元の生活に戻りたいとエースの心も思うだろう。もしかしたら戻らないかもしれない。だが、その確率はごくごく低いものだろう。
「エー…ス……」
  こんなふうに名前を呼ぶことすら、今後は気安くはできなくなるかもしれない。
  男のがしりとした首筋にしがみついているうちに、エースの指がサンジの後孔に触れてくる。
「……いきなり、かよ」
  声が震えないように、サンジは低く呟く。
「濡らしてほしいか?」
  性急に指が動いて、サンジの窄まった部分を撫で擦っている。皺を引き延ばすように指の腹でぐにぐにと押したかと思うと、すぐに窄まりに指先を埋めてきたりする。
  濡らさずに挿入すれば、傷つくことはまず間違いない。
  だが、それでも構わないとサンジに思わせる何かがあった。
「い、い……このままでいいから、挿れてくれ」
  うわごとのように囁くと、サンジは膝立ちになった。その姿勢のまま、エースの膝の上にゆっくりと移動していく。
  エースの首に片腕でしがみついたサンジは、時間をかけて腰をおろしていく。空いているほうの手でエースの性器を後ろ手に掴むと、自身の窄まった部分へと押し当てる。後は腰を下ろすだけだ。
「サンジ……」
  エースの逞しい腕が、サンジの体を抱きしめてくる。
「ゆっくりでいいからな」
  耳元でそう、エースは何度も繰り返す。
「あ……ぁ」
  だらしなく口を半開きにしたまま、サンジは何度も息を継いだ。唇の端からたらりと唾液が零れ落ちていく。
  体を貫く感覚に、サンジは目眩を覚えた。引き裂かれる瞬間の痛みと、熱を感じた。
「エース……っ」
  太股に力を入れて、サンジは腰を揺らした。早く奥まで飲み込みたいと思う気持ちと、なかなかエースのものを飲み込むことができないもどかしい気持ちとに、じりじりと焦れてくる。先端の、鰓の張った部分は何とか納めることができたが、そこから先に進むことができない。もっと奥まで飲み込みたいのに。
「落ち着け、サンジ」
  抱きしめる腕が、サンジの背中を優しく撫でた。
「ゆっくりでいい。ゆっくり、ゆっくり……」
  あやすようにエースが囁く。
  低く熱っぽい声は優しくて、サンジは胸の奥に甘酸っぱい疼きを覚えた。



  焦れたように腰を揺らし、竿を飲み込もうとするサンジの背中を優しく愛撫しながら、エースのもう一方の手が、太股に触れてきた。
「手伝ってやるから、力抜いてな、サンジ」
  そう言うが早いかエースは、サンジの腰に手をかけ、ぐい、と一息に引きずり下ろした。
「……ひっ……あ、ああっ!」
  ズブズブとめり込んでくる感じがして、サンジは大きく喘いだ。まさに身を引き裂かれるような痛みが体に走った。
「痛いか? 無理そうならやめとくか?」
  心配そうにエースが尋ねかけるのに、サンジは大きく首を横に振った。そんなことをしたら、もう二度とエースとは抱き合うことができなくなってしまうかもしれない。
「い…から、このまま……!」
  甘えるようにサンジは、エースの肩口に額をぐいぐいと押しつけていく。
  サンジの体を穿った楔は、太くて硬かった。竿の質量と熱とに、サンジの意識がぼーっとしてくる。
「まだ痛いか?」
  もう一度、優しく尋ねられ、サンジはエースの首にぎゅっとしがみついた。
「痛い」
  正直に告げると、エースは抱きしめたサンジの体をそっと揺する。
「そうか、痛いか。だが、離してはやれねえ。それに俺も、このままじゃ収まりがつかねぇしな」
  掠れた声でそう告げるとエースは、小さく笑った。
  そう言いながらも二人はしばらくの間、抱き合ったままじっとしていた。時折、エースの手がサンジの髪を梳いたり、肩や腰のラインをなぞったり、キスをしてくる。それがどうにも照れ臭いような気がしてサンジは、始終目を伏せている。
「エース……」
  腹の中で、エースの竿がドクン、と脈打つのが感じられる。熱い、とサンジは口の中で呟いた。
「見ててやっから動けよ、サンジ」
  エースの手が、サンジの頬を撫でる。指の腹でするりと目尻に触れ、その指が唇へと下りてくる。
「俺が、動くのか?」
  尋ねるついでに、エースの指を唇でやんわりと噛んだ。
「お前が動くんだ」
  悪戯っぽく返すとエースは、サンジの腰をやや乱暴に揺さぶった。
「ん、あっ……」
  程良く筋肉の付いた体にしがみつきながらサンジは、痛みと、その向こう側にちらつく快感とを追った。
  明け方まで、いったい後どのくらい残されているのだろう。朝になって皆が戻ってきたら、二人きりの時間は終わってしまう。
「時間は待ってくれねえからな」
  ポソリと、まるでサンジの心の中を読んだかのようにエースが呟く。
「エー…ス」
  思わずサンジの声が震えそうになる。慌てて唇を噛みしめるとサンジは、エースの手を掴み、自分の性器へと導いた。
「俺が動くから、お前はその間、こっちで大人しくしてな」
  粋がるように宣言するとサンジは、ゆっくりと腰を動かしだした。
  濡れていない分、痛みは大きかった。圧迫感もあり、あまり乱雑にすればサンジの皮膚が裂けてしまうだろうこともわかっていた。それでも、エースが欲しい。エースが望んでいることを叶えてやりたい。
  煽るように流し目をくれてやると、サンジの性器を握るエースの手に、ゆるく力が込められた。
「扱いてくれよ。アンタの手で、俺を、満足させてくれ」
「手だけでいいのか?」
  尋ねながらエースの手が、ゆっくりとサンジの竿を扱き始める。その動きに合わせるようにサンジは、腰を揺らす。緩やかな動きでじわり、じわりとエースの竿を締め付けていく。
「お前の中、熱いな。なんでかな、お前の体温だけははっきりと感じられる」
  その言葉にサンジは、内壁をヒクン、と震えさせた。
  そんなふうに言ってもらえることが嬉しかった。男の自分の体に、エースが感じてくれることが嬉しくてたまらない。
「もっと……」
  エースの首筋をしっかと抱きしめ、耳たぶに齧り付きながらサンジは囁いた。
「もっと、いっぱい感じてくれ」
  最後だからという言葉を、サンジは喉の奥に飲み込んだ。
  多分、これが最後だろうとエースは確信しているはずだ。サンジだって同じだった。これが最後だ、と。
  腰を揺らしながら、エースの手をサンジは感じていた。
  体の中がドロドロに溶けて、思考がぐちゃぐちゃになっていく。それをどこか遠いところからサンジの理性は見おろしている。これ以上は深入りするなと、警告している。
  だけど、もう遅い。
  サンジは、こんなにもエースに気持ちを入れ込んでしまっている。
  失いたくないと、切望している。
  叶いもしないことをどうして自分は、望むのだろう。
  手が届きそうにないものに、手を伸ばしてどうしようというのだろう。
  エースの手がサンジの性器をリズミカルに扱いている。カリの部分を指の腹でなぞり、爪で引っ掻かれると、先端から先走りが溢れてきた。
「あっ、あぁ……」
  熱に支配されてサンジは、声を上げた。船には自分とエースしかいないという安心感からか、いつもより開けっぴろげな声だった。
「エース……エース、もっと……」
  前を触って欲しいのか、それとももっと強く突き上げて欲しいのか。
  自分がどちらを望んでいるのかも、サンジにはわからなくなってくる。
  必死になって腰を揺らして、エースの竿を締め付けるばかりだ。
「奥……突いてくれ……中に……」
  欲しい、と呟こうとしたら、言葉ごとエースの唇に吸い取られた。
  強引に押し入ってきた舌がクチュクチュと音を立てながら、唾液をサンジの口の中に送り込む。互いの舌を絡めて吸ったり吸われたりを何度か繰り返しているうちに、口元が唾液でベタベタになってくる。それすらも愛しくて、嬉しいとサンジは思う。
  ひとしきりキスを交わし合い、唇が離れていくとサンジはほぅ、と息をついた。
  その途端、エースの腕がぐい、とサンジの体を抱きしめ、床へと押し倒した。
「ぃっ……」
  ぐるん、と視点がひっくり返った。エースが上から覗き込んできて、大きく笑った。
「サンジ……愛してる」
  ズクン、とサンジの胸が痛んだ。
  引き裂かれそうな痛みに顔をしかめると、エースは皺の寄ったサンジの眉間に唇を落としてきた。
「しっかり掴まってろ、サンジ」
  言いながらエースは、サンジの足をそれぞれ自分の腕に引っかけた。サンジは黙ってエースの首筋に腕を回し、体をより密着させた。
  すぐに激しい突き上げが始まった。



To be continued
(H25.8.21)



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