『冷たい炎』



  あっと言う間にサンジは、エースの熱に翻弄されていた。
  突き上げてくる律動は激しく、しかし心地よかった。まるで荒波に揉まれているような感覚に、目眩がしてくる。互いの腹の間に挟まれたサンジの性器からはひっきりなしに先走りが零れ、腹や陰毛をべたべたにしていく。
  エースの腕に掬われたサンジの足は、不安定にカクカクと揺れていた。エースの性器がサンジの中のいいところを擦り上げると、そのたびに爪先にきゅうっ、と力が入る。
  恥ずかしいぐらいに大きな嬌声をあげても、エースは優しく受け止めてくれた。
  宥めるように唇で乳首を吸い上げられ、舌先で転がされると、下半身にずん、と快感が響いてくる。啜り泣いて声をあげると、エースの手がサンジの髪をくしゃくしゃと乱した。
「いやらしいな、サンジの中。ヒクヒクして、俺から絞り取ろうとしてるみたいだな」
  からかうように中を擦られ、サンジはぎゅうっ、と背中を丸めた。エースの背にしがみつこうと腕に力を入れるが、汗で手が滑ってなかなか思うようにしがみつくことができない。仕方なく爪を立てると、エースが喉の奥で低く笑ったような気がした。
「……エー、ス!」
  怒ったように声をあげ、そのままエースの顎先にキスをした。
  お返しとばかりにエースがいっそう激しく突き上げてきた。ガツガツと腰骨がぶつかると、そのたびに湿った音があたりに響いた。
  体中がバラバラになりそうなほど激しく突かれ、サンジの背中で土嚢が擦れてヒリヒリとした。きっと赤くなって皮が剥けているのではないだろうか。
「もっと……」
  自分の上で息を喘がせている男の体を強く抱きしめ、サンジは小さく叫んだ。
  腹の間で、潰され、擦られていたサンジのペニスがヒクン、と震えたかと思うと二人の腹に白濁を放った。
「もっと、奥……!」
  その瞬間、言葉にならないほど強い快感と胸の痛みとが、サンジの中に同時に混在していた。
  腹の中でエースの性器が大きく膨れたかと思うと、熱いドロドロとしたものが放出されるのが感じられた。それでもエースは腰を揺さぶっていた。サンジの最奥を執拗に突き上げ、最後の一滴までも出し切ると、ようやく荒い息のまま、身を伏せてくる。
  サンジは腕をずらして、ゆっくりと自分に覆い被さってくるエースの頭を抱え込んだ。
「……エース」
  髪に指を差し込むと、汗でじっとりと湿っている。二人とも汗だくだった。
「みっともねぇ……」
  くしゃっ、と顔を崩してエースが笑った。
「ガキみてぇに盛ってたな、アンタ」
  こめかみに唇を寄せてサンジが掠れた声で囁いた。
「お前もだろ」
  言いながらエースは、サンジの首筋に唇を押し当てる。
  そのうち、ゆっくりと汗が引いていくと、体にこもっていた熱も冷めていった。
  二人は互いの体に腕を回して土嚢にもたれていたが、そろそろ頃合いだとサンジは思った。
  明かり取りの窓の向こうが、うっすらと白んできていた。



  日が昇りきってしまう前にと、サンジは身支度を整えた。
  これからシャワーを使ってすっきりして、朝食の用意に取りかかる。
  二人の間にあったことは、他の仲間には内緒だ。もっとも、目端の利くほとんどのクルーが二人の間にあったことに気付くだろうが。
「俺ぁ、メシの用意してくるぜ」
  できるだけぶっきらぼうにサンジは告げた。
  エースはまだ、裸だ。土嚢にもたれてサンジをじっと見つめている。
「そうだな、そう言われると俺も腹が減ってきたような気がする」
  ししっ、と笑うとエースは、ふざけるようにウインクをサンジへと飛ばした。
「ひとつウマいのを食わせてくれよ、コックさん」
「おう。世界一ウマいのを食わせてやっから、すぐに上がってこいよ」
  そう言ってサンジは、ちらりとエースを振り返って見た。
  幸せそうな笑みを浮かべたエースは、真っ直ぐにサンジを見つめている。
「また、後でな」
  先に格納庫を出ていくサンジにそう声をかけると、エースは優しい眼差しで見送ってくれた。
  浮き立つような心のまま、サンジはキッチンへと戻っていく。
  夕べまでは不安な気持ちでいっぱいだったサンジだが、今は心も体も満たされていた。
  軽くシャワーを使い、服を着替えると、鼻歌を歌いながらキッチンへと足を運ぶ。
  ドアを大きく開けると、サンジはすぐさま朝食の支度に取りかかった。
  仲間たちは気紛れだから、夜が明けるとすぐにサンジお手製の朝食にありつこうと船に戻ってくる者もいる。そういう仲間のためにも、いつもの時間からキッチンでサンジは待機しておかなければならなかった。
  それに、だ。ロビンやナミには全てお見通しだといえ、やはりいつまでもこう、浮かれたところを見せるのはサンジの主義に反するような気がしてならない。
  好きな男のために朝食を用意する幸せに浸りながら、サンジは煙草を口にくわえた。
  一通りの用意ができても、エースはまだ、キッチンへ上がってこない。格納庫で何をしているのか知らないが、どうしてこんなに時間がかかるのだろう。
「……遅いな」
  呟くと同時に、嫌な思いが頭の隅をよぎった。
  眉間に皺を寄せ、足早にキッチンを横切ると甲板に出る。
  海は静かだった。港も、静かだ。
  水平線の向こうに見える朝日が光の筋を投げかけると、水面が反射してキラキラと光った。
  早朝の空気は少しひんやりとして、肌寒かった。
「エース……」
  意図せずして、強張った声が出た。
  甲板をぐるりと見回したサンジは、背筋がゾクリとなるのを感じる。多分、エースはもういない。このGMを下りてしまったのだ。つい先ほどまで一緒にいたサンジにさえ、一言の断りもなく行ってしまったのだ。
  苛々とサンジはマストのほうへと近寄っていく。
  マストの、ちょうどサンジの目の高さのあたりに紙切れがナイフで留められている。ひらひらと風になびきながらも、その紙切れは、サンジを待っているかのようだ。
「なんだよ、これ……」
  ナイフを丁寧に引き抜き紙に目を落とす。

  ──次に会う時は、海賊の高みだ

  残された紙切れに殴り書きのような汚い字で書かれたのは、エースの別れの言葉だった。
「アイツ……ルフィに言ったのと同じ言葉じゃねぇか、これ」
  言いながらサンジの顔がくしゃくしゃになっていく。泣きたいのか笑いたいのか、自分でもよくわからない。
「……愛情の安売りしてんじゃねえよ、バカエース」
  呟いた途端、涙が一粒、ポロリと零れ落ちた。



  それきりエースは戻ってこなかった。
  あの後、サンジは甲板だけでなく男部屋や格納庫、その他の部屋も隈無く捜した。戻ってきた仲間達に事情を話し、港の周辺も捜してみたのだが、それでもエースの姿を見つけ出すことはできなかった。
  記憶が戻った彼に、GM号は必要のない場所だったのだ。
  きっと彼は本来の目的を果たすため、今頃は自分の航路を進んでいることだろう。
  それでも……時々、サンジは思い出さずにはいられなかった。
  エースの体温の高い肌や、優しい指先を。舌っ足らずなどこか甘えるような囁き声を。
  潮風を受けながらサンジは、見張り台から空を見上げた。
  調子よく吹き付けてくる追い風のおかげで、ここ数日、航海は順調に進んでいる。
  エースがいなくなってしばらくは力が抜けたようになってぼんやりと日々を過ごしていたが、そのうちにそれではいけないと思い、元のように振る舞うようになった。無理をしているわけではなかった。
  記憶を失っていた間のエースは、あの日、サンジの前から完全に姿を消してしまったのだから、それで納得するしか他はない。
  それに、元の記憶を持つエースが元気で生きているのなら、サンジには充分なようにも思われた。
  この先、海賊の高みを目指してエースが生き抜いてくれればそれでいい。
  いつかまた、出会えることができれば……。
  ぼんやりと海を眺めていると、下の甲板から声が聞こえてくる。
  騒がしいのはいつものことだ。ルフィとウソップとチョッパーと。そのうち、ナミに叱られて少しは静かになるのだが、それも長くは続かない。
  サンジは口元に微かな笑みを浮かべると、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出す。
  食事の仕込みは少し前にすませたばかりだし、しばらくは休憩時間だ。
  のんびりとこの穏やかな景色を楽しもうと、サンジは煙草に火を点けた。



END
(H25.8.21)



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