『愛は、キマグレ! 5』



  近付いてきたサンジの手が、ゾロの胸座を掴み上げた。
「道場で会った男と、本当に何もなかったのか、って訊いてるんだよ、俺ァ」
  苛々とサンジが告げた。
  押し黙ったままのゾロのこめかみにピキピキと青筋が浮かび上がってくる。
「俺がいない間に、さっきの野郎に抱かれてアンアンよがってた、ってことはねえよな、ああ? それとも…──」
  掴み上げたシャツからぐい、とサンジの手を外したゾロは、なおも喋り続ける唇を、自らの唇で強引に塞いだ。煩い口にはこれが一番効果的だ。
  宥めるように舌を差し込むと、おずおずとサンジの舌が応えてくる。
  なし崩しにしてしまうと、後々も疑われることになるだろう。適当なところでさっと切り上げると、サンジを解放してやる。
  白い頬を指でなぞられて、幾分か不満の残る表情でサンジは、ゾロを睨み付けた。
「んなこと、あるか」
  そう言ってゾロは、サンジのほうへと腕を突き出す。
「見ろ。お前がくだらないこと言うもんだから、鳥肌が立っちまっただろ」
  プツプツと鳥肌の立った肌を目にして、ようやくサンジは表情を和らげた。
「──……悪りぃ」
  掠れた小さな声が、ぽつりと呟いた。
  居心地悪そうにゾロは頭をボリボリと掻いている。疑われるにしても、こんな疑われ方をするとは心外だと言わんばかりの表情でちらりとサンジを見遣ると、今にも泣き出しそうな情けない顔で、見つめてくる。
「離れてる時間が長すぎるんだ」
  弱々しい声に、ゾロは、サンジの腕を掴んで今度はそっと引き寄せる。
「ホテルに行こう」
  囁きかけると、素直にサンジは頷いた。
  珍しく弱っているなと、ゾロは思った。こんなサンジは見たことがない。ゾロの知っているサンジは、鼻っ柱の強い小生意気な男だ。高飛車で、時として鼻持ちならない態度でつっかかってくることもある。そんな印象があった。それが、こんなにも大人しくなってしまうなんて、いったいどうしたというのだろうか。
  運転席に乗り込んだサンジは、丁寧なハンドル捌きで車を発進させる。
  影になったサンジの横顔を見る限り、ゾロの位置からは怒っているのか落ち込んでいるのか、まったくもってわからなかった。



  いわゆるラブホテルというところに来るのは、ゾロには初めてのことだった。自分からホテルに行こうと言い出したものの、実のところどこへ行けばいいのかすらわかっていなかったのだ。
  駐車場からエレベータで無人のフロントに上がると、好きな部屋を選ぶ。適当な番号のボタンを押すと、同じ番号が記された部屋のキーが出てくる。
  手慣れた風にキーを手に取るとサンジは、今度は来た時とは別のエレベータで上の階へと移動する。
  エレベータのドアが閉まり、密室になった途端、サンジはゾロに抱きついていった。
  舌を突き出し、ペロリとゾロの唇を舐める。
  唇を合わせて互いの舌を絡め合っていると、ゆらりと浮遊感がしてカーゴが止まるのが感じられた。慌てて二人は相手から離れる。サンジはドアの影になったほうに顔を向けた。
  ドアが開き、その向こうには見知った顔の女が童顔の男に腕を絡めて立っている。
「ナミ…──」
  ポソリとゾロが呟く。サンジはさらに深く俯き、ドアの影に縮こまった。見つからないように身を縮こめるので精一杯で、ゾロのフォローにまで気が回らない。
「やだ、ゾロ……信じらんない。こういうところで鉢合わせた時は、知らん顔するのがマナーでしょう!」
  ナミが言い終わるか終わらないかのうちにドアがゆっくりと閉じた。ドアの向こうではナミがブツブツと文句を言っている。聞こえなくともだいたいは想像できた。エレベータが動き出すと同時にサンジは、大きな溜息を吐いていた。
「ナミがいた……」
  不思議そうにゾロが呟く。
「こら、こういうところでは他人のふりをするのがマナーだってナミさんもおっしゃってただろ!」
  言うが早いか、サンジの足がゾロの臑を力任せに蹴飛ばした。



  今度こそエレベータは、目的の階に到着した。
  エレベータを降りたすぐそこに、部屋がある。
  素早く腕を伸ばしてゾロの肘を掴むと、サンジは部屋に飛び込む。
「お前、この次ナミさんにお会いした時には、今日のことはなかったものとして振る舞えよ」
  部屋に入るなりサンジは、ゾロを睨み付ける。
「あ? なんでそんなまどろっこしいことをしなけりゃなんねえんだ?」
  面倒臭そうに尋ねるゾロの臑を再び蹴飛ばすと同時にサンジは、マリモ色の頭を拳骨で殴っていた。
「アホか。それがマナーってもんなんだよ」
「面倒臭せぇ……」
  ギロリとサンジが睨み付けると、ゾロは溜息を吐きながらベッドに腰を下ろした。
  そう言えば、ラブホテルに入るのは初めてだと、ゾロは密かに思う。好奇心丸出しでキョロキョロと部屋の中を見回していると、サンジが鼻を鳴らして笑うのが聞こえた。
「悪りぃか。初めてなんだよ、こういうところは」
  部屋の半分ほどはベッドが占領している。枕元の壁には大きな鏡が嵌め込まれており、足もと側には硝子張りのバスルームが設置されている。それだけではない。テレビまで置いてあるのだ。ラブホテルというのは、何とも奇妙な場所だとゾロは呆れ顔でちらりとサンジを見遣った。
「先に、シャワー使ってもいいか?」
  心なし頬を上気させて、サンジが尋ねる。
「ああ、行ってこいよ」
  気のない様子でゾロが片手をヒラヒラと振ると、サンジはムッとしたように唇を尖らせてバスルームに入っていった。
  閉じたドアの響き具合からして、どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったらしい。



  バスルームに入ったサンジは、ガラス越しに絡みついてくるゾロの視線を感じていた。
  意識しないように明後日の方向を向いて、熱めの湯を出す。
  肌がほんのりと赤らむまでシャワーにあたっていると、ドアが開いてゾロが中に入ってきた。
「硝子張りってのが気持ち悪りぃな」
  ポソリと呟いて、背後からサンジの体を抱き締める。筋肉質な腕がサンジの体にしっかと絡みつき、首筋をねっとりと舐め上げられた。
「ん……」
  ざらりとしたゾロの舌の感触に、サンジの体が大きく震えた。先ほど、車の中で抱き合ったことを思い出し、気付いたら体の奥が疼き始めていた。
「中に入れてえ」
  耳元を、上擦った声が掠めていく。
「後でな」
  そう告げるとサンジは、さっと身をかわして湯に浸かる。
  肩まで湯に浸かって膝を抱えているサンジにちらりと視線を馳せたゾロは、慌ただしくかけ湯をして同じように湯船に身を沈めた。
「まだ、怒ってんのか?」
  湯船の中で、背中合わせになって相手の背中にもたれた。ゾロが尋ねると、サンジは小さく身じろぎをした。ぴたりとくっつけた背中を通じて、ゾロにもそれが感じられる。
「怒ってねえよ」
  どことなく決まり悪そうにサンジが呟く。くぐもった声が聞き取りにくくて、ゾロは押し黙る。ここで機嫌を損ねたら、このまま怒って帰ってしまうかもしれない。そう思うと、ついつい慎重にならざるを得ないゾロだった。
「怒ってねえけど、ここでセックスすんのはイヤだ」
  と、サンジは不意に立ち上がった。
「ベッドで待ってるから、早く上がれよ」
  ニヤリと笑ったサンジは、確かにもう怒ってはいなかった。



  腰にタオルを巻いただけの格好で部屋に戻ったサンジは、冷蔵庫を開けた。
  スポーツドリンクとミネラルウォーターのどちらを飲もうかとドアの前でしばらく考えてから、ミネラルウォーターに手を伸ばす。蓋をあけ、一口、二口飲んだだけで、ボトルを冷蔵庫に戻す。また後で飲めばいいと、サンジは冷蔵庫のドアを閉めた。
  ベッドにごろりとうつ伏せになると、今度はサイドテーブルの引き出しを開けた。
  引き出しの中には潤滑剤とラテックスが入っていた。
「イチゴの香りにするか、パイナップルの香りにするか……悩むな」
  小さな包みをてのひらに乗せたサンジは、真剣な顔つきであれこれ考えている。
  女性とならともかく、こういった場に男と一緒に来るのはさすがのサンジも初めてのことだった。いつもとは違う雰囲気に、さっきから胸の鼓動が騒がしく鳴り響いている。
  もう何度も肌を合わせて、普段なら思い出すだけでも恥ずかしいようなことまでしているというのに、場所がかわるとそれだけでドキドキしてしまう。
「や、このイボイボのやつも捨てがたい……」
  呟いたところで、尻のあたりをもぞりとなぞり上げられた。
「何やってんだ?」
  風呂あがりのゾロは、さっぱりとした石鹸のにおいがしている。備え付けのボディソープが石鹸のにおいだったという、ただそれだけのことなのだが、サンジはそのにおいに眩暈を感じた。
「コンドームの物色」
  真顔で返すと、コツン、と頭を小突かれた。呆れたような表情で、しかしゾロの目は笑っている。
「俺のにつけてくれんのか?」
  腰に巻いていたタオルを床に落とすと、ゾロのペニスは既に勃起していた。
「……どれがいい?」
  尋ねかけるサンジの声は、上擦っていた。





To be continued
(H20.5.24)



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