『愛は、キマグレ! 9』



  吐息が熱い。
  互いの熱が溶け合って、どちらの熱かわからなくなっていくような感じがする。
  ゾロの腹の上に馬乗りになったままサンジは、何度も唇を合わせた。
  そうして抱き合っている間にも、頭の中では必死になって別のことをサンジは考えている。
  どうしたらいいだろう。どうしたら、ゾロに正直に話すことができるだろうかと、ない知恵を振り絞って考えている。
  エースとのことは、浮気ではないと思いたい。
  ただ、気持ちが揺れていただけだ。
  寂しくて、たまらなかった。ゾロの声が聞きたいと何度も思ったが、一度でも声を聞いてしまうと会いたくなるのがわかっていた。だから、わざと電話をしなかった。手紙やメールは考えたこともなかったが、おそらくゾロから返事が戻ってくることは期待薄だろう。
  自分たちのやりかたは間違っていなかったと、サンジは自分に言い訳をする。
  ただ、サンジの気持ちが思っていたよりも弱かった。自分はもっと強い人間だと思っていたが、そうではなかったらしい。寂しさに負けて、エースに尻尾を振るような真似をしてしまった。
  そういったことを、どう伝えたらいいのだろうかと、サンジは唇を噛み締めた。
「触れよ……」
  ゾロの手を取って、掠れた声でサンジは言った。
「もっと、触れよ」
  頭の中がショートして、真っ白になって何もわからなくなるぐらい、無茶苦茶にされたいと思った。そうすれば、少しの間だけでもエースのことを考えなくてもいいようになるはずだ。
「──…ゾロ」
  小さく呟いて、サンジは腰を揺らし始めた。尻の下に敷き込んだゾロの性器が硬くなり、体積を増していく。
  ゾロの、大きくてごつごつとした手が、サンジのペニスを掴んだ。
「あっっ……」
  体を弓なりに反らすと、もう一方のゾロの手が、サンジの腰を掴んできた。



  体が熔けてしまいそうなほどに熱いのに、物足りない感じがしている。
  はぁ、と息をつくとサンジは、ゾロの唇を軽く吸った。
「なあ、中に欲しい……」
  呟いた途端、尻の下のゾロの性器がぐん、と体積を増した。
「なにデカくしてんだよ」
  そう言ってサンジは、わざとぐいぐいと尻を押しつけていく。
  体をずらしながら腰を揺らすと、尻の狭間にあたるゾロの性器が、ビクン、と震えるのが感じられる。
  ペロリと唇を湿らせて、サンジはキスをした。
「どっちでイかして欲しいんだ?」
  尋ねると、ゾロの手がぐい、とサンジの腰を引き寄せた。まだ怒っているのだろうか。ちらりと見た表情は無表情で、ゾロが何を考えているのかサンジにはわからない。
「……隠し事は、してねえ」
  ムッとしてサンジは告げた。
「エースって奴とちょっと仲良くしたぐらいで、アンタこそ嫉妬か?」
  小馬鹿にしたようにサンジが笑う。ゾロはムッとしてサンジの体を畳の上へと引きずり下ろした。
「悪いか?」
  覗き込むゾロの表情は、真剣だった。サンジはドキッとした。こんなに恐い顔をしたゾロを見るのは、初めてだ。ゾロを見上げたままの格好でじっとしていると、首筋に噛みつかれた。
「痛っ!」
  緑色の短髪を引っ張って頭を引きはがそうとしたが、ゾロは皮膚に噛みついて離れようとしない。
「離せ、馬鹿!」
  力を込めて髪を引っ張ると、ようやくゾロの頭がサンジから離れた。
「痛てぇ……」
  首筋に手をやると、ヌルリとしていた。ゾロの唾液だろうかと思って手を見ると、うっすらと血がついてきた。
「やりすぎだ、馬鹿」
  顔をしかめてサンジが言うと、ゾロの手がぐい、とサンジの太股を押し上げた。腹につきそうなほど折り曲げられ、そのまま尻の窄まりにぐい、とペニスを突き立てられた。
「ぁ……」
  ズブズブとねじ込まれる感覚に、サンジは喉の奥からくぐもった声を絞り出した。



  夕暮れの風が窓の隙間から入り込んできて、ようやくサンジは目を開けた。
  ずいぶんと長い時間、眠り込んでいたように思う。
「さんざん好き勝手してくれたじゃねえか」
  ムッとしたサンジは、頬を膨らませてゾロを睨み付ける。
「隠し事をしたりするからだろ」
  しれっとした顔でゾロは返した。
  まだ怒っているのだろうか、どことなく機嫌が悪い。
「謝らねぇからな」
  先に一言、サンジはそう宣言した。自分は悪くないと、あくまでも言い張るつもりだった。
  だいたい、エースとのことは正直にゾロに話している。それを今さら蒸し返されてもどうしようもないというのが正直なところだ。
「ああ?」
  ギロリと目をつり上げてゾロが応戦しようとしたところで、一時休戦とばかりに腹の虫が鳴った。
「まあ、いいじゃん。エースとは別に何もなかったんだし」
  カラカラと笑ってサンジは言った。
  まだもう一つ、隠し事を秘めているということはゾロには内緒だった。



「なぁに、喧嘩でもしたの?」
  店に入ってくるなりナミは、そう言い放った。
  可愛いだけではなく、ナミは目敏い。ゾロとのことで一喜一憂しているサンジの様子を敏感に察知しては、あれやこれやとからかってくる。
「あー……ええと、わかりますか、ナミさん」
  ボソボソとサンジが尋ねるのに、ナミはニヤリと笑い返した。
「そんなのすぐにわかるわよ。だってサンジ君、すぐに感情が顔に出るんだもの」
  ペロリと舌を突き出して、ナミは言った。
  スラリとした足を見せつけるナミのショートパンツ姿にちらちらと目をやりながらサンジは、どう返したものかと考える。
「原因は……もしかして浮気?」
  その言葉に、サンジは洗っていた皿を取り落としそうになる。
「うわっ……わっ、わっ……」
  つるん、と手から滑り落ちかけた皿を慌てて拾い上げ、情けない眼差しでナミを見遣った。
「ナミさん……そんな身も蓋もない言い方しないでください」
  こういう時の女の子は、質が悪い。噂話が大好きで、あることないこと言い散らかして、分が悪くなると蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ逃げていく。だが、サンジにとっては愛すべき存在でもある。
「だって、見ちゃったんだけどさ……」
  と、声を潜めてナミは、サンジのほうへと顔を寄せてきた。
  甘い柑橘系のにおいがふわりとサンジの鼻をついた。コロンの香りだ。
「そばかす顔の濃い感じの男が一人、アンタのこと、あちこちで聞き回ってたわよ」
  エースだ──と、サンジは即座に思った。彼はやはり、この近くまで来ているのだ。サンジに会うために、わざわざ休暇をとって追いかけてきたのだ。
「彼、サンジ君とはどーゆー関係なの?」
  悪戯っぽくニヤリと笑うナミに、サンジは何も言い返すことができなかった。



  どうしよう──と、サンジは溜息をつく。
  どうしたらいいのか、わからない。
  エースが日本に……自分のすぐ近くにいるのだと思うと、気が気でなかった。
  いったい何のためにエースはここにやって来たのだろうか。
  はぁ、と息を吐き出し、サンジは煙草をふかす。
  相談すべき相手は今の時間は大学だ。今日は道場で一汗かいた後にバイトが入っているらしい。店に来れるかどうかはわからないと聞いている。
「まったく……」
  はぁ、と息を吐くと、白い煙が口からほわん、と立ち上る。
  何故だか今、無性に腹立たしかった。
  自分はいったいどうしたらいいのだろう。
  エースと会うつもりはなかったが、ゾロがいないところでエースとばったり鉢合わせでもしたら……そう考えると、カウンターに入っているのが辛くなり、ゼフに後を頼んで表へ出たところだった。
  こんなところでエースとは会いたくはない。
  前日にゾロに、隠し事はするなと釘を刺されたばかりだ。ゾロを裏切るようなことはしたくはなかった。
「まずいな」
  呟いて、サンジは空を仰ぎ見た。
  昼間の空は青くて、爽やかな風が吹いている。抜けるように青い空を、雲がゆっくりと流れていく。
  こんなにも穏やかな天気だというのに、サンジの心は穏やかではなかった。
  大学もバイトも終わったゾロが店に来るとしたら、閉店間際だ。それまでエースと顔を合わすことなくいられるだろうか?
  むしゃくしゃする気持ちを込めて、足下の石ころを蹴った。
  ガシャン、と音がして、ふと顔を上げると店の続きにある自分の部屋の窓が割れているのが目に入った。
「うえぇ……」
  ガックリと肩を落としてサンジは、部屋へと戻った。



To be continued
(H22.3.10)



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