『愛は、キマグレ! 7』
しばらく裸のままで抱き合っていたが、そのうちゾロが面倒くさそうに起きあがった。
「……帰らねえと」
躊躇いがちに、掠れた声が呟く。
サンジは咄嗟にゾロの肩を掴んでいた。
「なあ、俺んちに来ねえか?」
離れたくなかった。
久しぶりに顔を見たら、肌を合わせたいと思った。体が満たされたら、今度は一緒にいたいと思わずにはいられなくなった。今はまだ離れたくない、と。
おそらくはゾロも、似たような気持ちだったのだろう。驚いたようにサンジを見つめ返したものの、すぐに頷いた。
「そうだな。まだ、足りないよな」
ポソリと呟くその声は、どこか優しい声色だった。
帰り支度をしながらサンジは、こんなふうに離れがたい気持ちを前にも何度か感じたことがあるのを思い出していた。
抱き合った後にどういうわけか、一緒にいたいと思うことがあった。あの感情はいったい、どこから沸いてくるものなのだろう。
部屋を出る前にサンジは、サイドテーブルの引き出しを開け、中からコンドームをひとつ失敬した。
どうせ部屋に戻ったら、もう一度抱き合うことになるのだ。話のネタに、ひとつぐらい持って帰っても誰も気にする者はいないだろう。
「おい、早くしろよ」
ぐずぐずとしていたら、先にドアのところまで行っていたゾロに急かされた。
慌ててサンジはコンドームを尻ポケットの中に無造作に放り込んだ。
帰りは、誰とも顔を合わすこともなく無事、駐車場までたどり着くことができた。
車に乗り込んだ途端、サンジはホッと溜息をついた。
安全運転でゆっくりと車を走らせ、家に帰り着く。
助手席に座るゾロは、始終うとうとしていた。やることをやったら眠くなったということだろうか。こういうデリカシーのなさは、女性には嫌われるのだぞと言いかけて、サンジは黙り込んだ。今、この男は自分とつきあっているのだ。男同士で恋人というのも妙だが、自分は女性ではない。まあ、別にいいかと小さく息を吐き出して、だらしなく大口を開けて眠る男の鼻をぐい、とつまんだ。
「おい、起きろ。ついたぞ」
ハンドルにもたれてサンジが言う。
「んあ?」
薄目を開けてゾロが身じろぎをした。
眉間に皺を寄せたゾロは、息苦しかったのだろう、やんわりとサンジの手を払いのける。 「お客さん、終点ですぜ」
払われた手をひらひらと振って、サンジは告げた。
「あ…ああ、そうか」
大口を開けてあくびをすると、ゾロは狭い車の中で伸びをした。パキパキと骨の鳴る音が聞こえる。
「なあ、小腹がすかねえか」
まだどことなく眠そうな声で、ゾロは空腹を訴えてくる。運動をした後にぐっすりと眠ったら腹が減ったということなのだろう。
ハンドルにもたれたサンジは、ムッとした顔でゾロを睨み付けた。
「お前な、女の子にはそういうこと、ぜってぇ言うなよ」
こんなことを言いたいわけではないのに、つい口にしてしまう。ゾロの視界から遮られた位置に置いたほうの手をぎゅっと握りしめたサンジは、それだけでは足りずに頬の内側の肉を噛み締めた。こうでもしていなければ、今にもゾロに食ってかかってしまいそうだ。
「あ? なんでだよ?」
デリカシーなど欠片も持ち合わせていないのだろうか、この男は。目をすがめて、頭をボリボリと無造作にかきむしりながらゾロは、車から降りた。
「先、部屋に入ってるぞ?」
あくび混じりにそう言うとゾロは、のんびりとした足取りでサンジの部屋へと向かいだす。
まったく、どうしてこんな男がいいのだろうかと、サンジは深い溜息をついたのだった。
サンジの部屋には相変わらず、あの狭いベッドが置いてあった。
男二人が一緒に寝るには少々狭く感じられるベッドに、二人で入る。互いの体に腕を回し、密着してようやく眠ることができるようなベッドだが、サンジに買い換える気はないらしい。
ゾロの鼻先に額をぴたりとくっつけたサンジは、甘えるように男の背中を抱きしめる。 「今日はもう、しないのか?」
からかうように小さくサンジが笑うと、ゾロは真面目な声色で返してくる。
「ああ。しねえ。お前、ちょっと飛ばしすぎだぞ」
体のことを心配してもらえるのは嬉しかったが、そんな必要はない。多少の無茶をしていることは、最初からサンジも理解していた。それでもサンジには、離れていた時間の隙間を埋めるためには、抱き合うのがいちばん手っ取り早いやりかたのように思われたのだ。
「残念。せっかくさっきのホテルで面白いものもらってきたのに」
くすねてきたコンドームは、ピーチの香りがついているらしい。ホテルで使ったパイナップルの香りのものは、安物のゴムのにおいがきつくて耐えられなかった。どうせ今度のものだって、同じことだろう。それがわかっていてなお、サンジはホテルでのことを記憶に留めたいと思っていた。
休暇が終われば、また二人は離ればなれになる。
だから今のうちに、くだらないことだろうがつまらないことだろうが、一緒に何かをして、その記憶を留めておきたいとサンジは思っていた。離れていても、相手のことを忘れないように。
そんなふうにサンジが思うのは、きっと、慣れない外国での生活の中で、エースという同郷人に惹かれたからに他ならない。
もう二度と、ゾロ以外の誰かに気持ちが傾くようなことをしてはならないと、サンジは思っていた。
自分に対しても、ゾロに対しても、あまりにも不誠実すぎるとサンジは思ったのだ。
サンジの言葉にゾロは、なにも返さなかった。
怪訝に思ってサンジがもぞもぞと身動きし、顔をあげると、ゾロはすでに熟睡していた。
男の寝息が耳にかかる。
心地よさそうな息が、くすぐったい。
汗のにおいのする男の体にぎゅっとしがみついて、サンジは目を閉じる。
相手の膝の間に自分の足を差し込んで、太股をそっとなぞりあげる。
ゾロはよく眠っている。
首筋に鼻を埋め、深く息を吸い込んだ。ゾロのにおいを、覚えておきたい。
修行に出る前の日にもゾロとこんなふうにして眠ったことを、サンジは覚えている。あの時も、ゾロのにおいを覚えておこうと思った。しかし慣れない異国での生活は少しずつサンジの気持ちを蝕んでいった。ゾロに対する信頼だとか、愛情だとかに向ける時間を奪い取っていった。気付くと生活に追われ、サンジは、肌寂しい夜を過ごすようになっていた。
口では、なんとでも強がることができた。
一人きりの夜は不安だったし、なによりも言葉の通じない世界がこわかった。
同郷のよしみで仲良くしてくれるエースに、気持ちが持っていかれそうになったことも実のところ、何度かあった。それでも必死でゾロのことを想っていた。
ボディピアスをあけたのは、その場のノリや酔いもあったが、それだけエースに気持ちが傾いていてたのかもしれない。
寂しかったのだ。
ゾロに会いたい、ゾロの声を聞いて、体温を感じたいと、そればかりを思っていた。
言ってみればエースは代用品でしかなかったわけだが、あのまま寂しさに溺れてエースとどうにかなっていたなら、今頃はゾロに会わせる顔もなかったかもしれない。そういったことを考えると、ボディピアスだけですんでよかったと思わずにはいられない。
「浮気は、しねえ」
微かな声で呟くとサンジは、ゾロの首筋に唇を寄せた。
男の体温に眠気を誘われ、サンジはそのまま眠りに落ちた。
To be continued
(H21.9.22)
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