『愛は、キマグレ! 11』



  駐車場で一服してから店に戻ると、エースの姿は既に消えていた。
  きれいに食べてくれたのだと思うと同時に、サンジの中に怒りが沸き上がってくる。
「アイツ……うちの店で無銭飲食とはいい度胸してんじゃねえか」
  それでも、呟きながら頬が頬が緩んでくるのを止められない。
  カウンターに残された紙ナプキンに走り書きされた「see you」の文字に、サンジは小さな溜息を零した。
  悪いヤツではないのだ、エースも。
  修行に戻って顔を合わせたら気まずいことだらけのような気がするが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
  空になった食器を手にカウンターに入ると、ひとつひとつ丁寧に洗っていく。エースが来たのがこの時間帯でよかったと思わずにいられない。
  店内には、カチャカチャと食器のあたる小さな音が響いているだけだ。
  静かだった。
  夢中になって片付けをしていると、入り口の上のほうに取り付けたベルがカランと鳴り、ドアが開いた。
  顔を上げずとも誰だかわかる。
「クソいらっしゃいませ」
  投げやりにサンジは声をかけた。
  男はそんなサンジの言葉を気にする様子もなく、カウンター席にドシンと腰をおろした。
「なんか食わせろ」
  授業とクラブとバイトの後で疲れているのだろうか、ゾロはいつも以上に不機嫌そうにしている。
「おう」
  任せとけと、口元に笑みを浮かべてサンジは包丁に手を伸ばした。



  腹が膨れたからだろうか、ゾロは眠そうに何度もあくびをしている。
「大口あけてすんなよ、失礼な」
  片付けをしながらサンジはブツブツと文句を言った。
「ああ、悪りぃ……」
  余程疲れているのだろうか、今日は口数のほうもいつもより少ない。
「なあ、大学のクラブって、そんなに大変なのか?」
  それとも、バイトが大変なのだろうか? 土方のバイトや交通整備などのその日仕事のバイトをゾロはいくつも入れていることがあるが、そんなにバイトをする必要があるのだろうか。そもそも、そんなにお金が必要な困窮した生活をしているのだろうか?
「ん……」
  言いかけて、口を開けたままの状態でうとうととしているゾロの無防備な姿にサンジは目を丸くした。
「眠いなら奥に行けよ」
  店の奥には、サンジの部屋がある。割れた窓は昼のうちに修繕をしてもらっているからゾロが泊まっても困ることはない。
「ほら、さっさと奥に行けよ」
  できることならシャワーも使ってもらいたい。店に入ってきた時からゾロの体から汗くさいにおいがしていたから、そのままベッドに入られると少し困る。
「脱衣所のバスタオル、洗ったばかりだから!」
  ノロノロと奥の部屋へと向かうゾロに、サンジは声をかけた。
  水回りを片付け、店内をざっと点検する。軽く掃除をすませると、サンジも店の奥にある自室へと向かう。
  冷蔵庫から、缶ビールを二本抜き出すのは忘れなかった。



  部屋に戻る前に、脱衣所でゾロと鉢合わせた。
  シャワーを使いさっぱりした様子のゾロは、眠気が引いたのかさっきよりもシャキッとしている。
「よ、早かったな」
  サンジの姿に気付いたゾロが声をかける。
  手にしたビールをぐい、ゾロのみぞおちのあたりに押しつけるとサンジは、ニヤリと笑った。
「シャワー浴びてくっから、これ持って部屋に行ってろ」
  冷てぇ、と、サンジの背中に向けてゾロは文句を零した。
  そんなことすら、今のサンジには心地よく感じられる。
「目、覚めただろ」
  カラカラと笑いながらサンジは、服を脱ぎ捨てた。ゾロはそれ以上は何も言わず、部屋に行ったようだ。
  ぬるめのシャワーを頭から浴びながらサンジは、これからどうしたらいいのかを考えた。
  エースとのことはまだ決着がついたわけではなかったが、どうしたらいいのかはわかりそうな気がしている。要は、自分の気持ちがぐらつかなければいいのだ。自分が、ゾロ一人だけを見ていれば問題は起こらないだろう。
  好きとも嫌いとも、エースに対しては答えられない。どちらも正解で、どちらも間違いだとサンジは思う。はっきりとした答えなど出すことのできないグレーゾーンの住人なのだ、エースは。
  シャワーを浴びながらサンジは、頬を両手でパン、と叩いた。
  自分がしっかりしてさえいれば、問題はないはずだ。
  それがサンジの出した答えだ。
  腰にタオルをさっと巻いて、サンジは部屋に戻った。
  ドアを開けると、先に部屋に戻っていたゾロが今まさに缶ビールの二本目に手を出そうとしているところだった。



  目が合った瞬間、ゾロがシマッタと小さく呟くのが見えた。
  楽しみにしていたビールはのプルトップは、サンジがドアを開けた瞬間にプシュッという小気味よい音を立てて開けられている。
「俺の……」
  言いながらサンジは大股で部屋を横切り、ゾロの手を掴みあげた。
「俺のビールだ、そりゃ」
  サンジはギロリとゾロを睨み付けた。
  すかさず空いているほうのゾロの手が、缶ビールをサンジの目の前から避難させた。
「だったら先にそう言っとけ」
  そう言うが早いか、ゾロは一口、ビールをぐい、と煽り飲んだ。
「ああーっ!」
  膝立ちになってゾロの手から缶ビールを取り戻そうとしたが、素早く背後へ隠されてしまった。
「てめっ、汚ねえぞ」
  ムッとしてサンジは、ゾロの頬に手をやった。
  さっと唇を合わせると、強引に舌をねじ込む。ゾロの口の中はビールの味がしていた。ひんやりとして冷たく、ほろ苦い。舌を絡めて、唾液ごと吸い上げる。
  湿り気を帯びて少しひんやりとしたゾロの指が、そっとサンジの脇腹に触れた。
「ん……」
  角度をかえて何度も唇を合わせていると、そのうちにビールの味は薄れていく。
「もっと……」
  キスの合間にサンジは囁いた。
  ゾロの喉が上下して、笑ったのが感じられた。
  ぬるくなったビールをぐい、とゾロが飲む。またサンジが唇を合わせる。少しずつ、サンジの口の中に流し込まれるビールの味は炭酸が抜けてどこか物足りない。
「ん、ふ……」
  口の端からたらりと伝い落ちたのは、二人の唾液とビールが入り交じったものだ。
  脇腹から肋骨をなぞり胸のあたりへとゾロの手が移動していく。熱くて大きな手の感触に、サンジの体がゾクゾクと震える。
「あ、ぁ……」
  はあ、と息を吐き出すと、ゾロがニヤニヤと笑っていた。
「飲んでしまえ」
  目の前にぐい、とビールを差し出され、サンジは渋々ながら受け取った。
「ぬるくなったのを渡されてもな」
  冷たいからウマいのにと文句を呟くが、ゾロは素知らぬ顔をしている。
「怒るな。もっと気持ちよくしてやるから」
  そう言うが早いかゾロの手は、サンジの腰に巻かれたタオルをさっと取り去っていた。



  ベッドに腰かけたサンジは、なまぬるいビールをちびちびと飲んでいる。
  緑色のゾロの髪が、サンジの下腹部のあたりで揺れていた。
「……ん、む」
  パクリとサンジの性器を口に銜えたゾロは、頭を揺らして竿全体を唇で扱いている。
  後ろ手にベッドに手をついたサンジの体が時折、ピクリと震える。
「あ、そこ……」
  はあ、と溜息をついたサンジは、自ら足をぐい、と開いた。股の間に勃ち上がったものはゾロの唾液とサンジ自身の先走りとでてらてらと光っている。そこにゾロが、舌を這わせた。クチュクチュと湿った音がしている。ゾロの手がサンジの太股をなぞりあげ、ゆっくりと膝裏を押し上げる。
「待てよ」
  上擦った声でサンジは口早に呟く。
  ゾロが動きを止めると、サンジはニヤリと笑って緑色の短髪に唇を落とした。
「俺が修行先に戻っても、お前、浮気はすんなよ」
  怪訝そうに顔をしかめてゾロは、サンジを見上げる。
  広い額と鼻先にもチュ、と唇を押し当て、サンジは笑った。
「約束、な」
  そう言われて、躊躇いながらもゾロは小さく頷いた。



To be continued
(H22.7.4)



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