『愛は、キマグレ! 8』



  一週間の休暇など、呆気なく過ぎていく。
  気がつくと二日が過ぎ、三日が過ぎしていた。
  以前だったならば毎日のように顔を突き合わせていたはずだが、今のゾロは大学に復学していた。授業があるのだと言って、サンジの相手をする時間がなかなかない様子だ。
  サンジはサンジで、ゼフの手伝いで忙しくしていた。
  修行先のレストランで習ったあれやこれやを自分のやりかたに取り込んでうまくものにしているのがわかったのか、ゼフはなにも言わなかった。たいがいはサンジの手つきを眺めるにとどめ、改めて言葉にして注意をしたり褒めたりするようなことはなかった。
  店でゼフの手伝いをしながら、夕方遅い時間にゾロがやってくるのを待つのは楽しかった。
  修業先のレストランでの慌ただしさとはうってかわって、のんびりとした時間が流れていく。
  見慣れた常連客や、気紛れに顔を出すロビンやナミを見ていると、自分のホームベースに戻ってきたのだという気持ちがいっそう大きくなる。
  あまりにもニコニコしていたからか、ナミから笑顔が三割り増しになっていると指摘された。そうかもしれない。修業先では言葉が通じないことから始まり、生活や習慣の違いなどが気になって仕方がなかった。そういった煩わしさから切り離された今、自然と笑みが浮かんでくる。
  夕方が待ち遠しい。
  いや、そうではない。
  ゾロがやってくるのが待ち遠しいのだ。
  どうにも待ち遠しくて、たまらない。
  ふとそのことに気付いたサンジは、カウンターの中で一人顔を赤らめた。



  閉店後の店内のテーブルをひとつひとつ丁寧に拭いていく。
  ふと顔を上げると、看板のかかったドアを平然と開ける男がいる。
「よお」
  ゾロだ。
  ちょっと待てと言い捨てると、サンジは残りのテーブルをきれいに拭いて片づけを終えた。
  カウンターの中に戻ると、ゾロのためにとっておいた炒飯を手早く温め直し、ニヤリと笑う。
「今日は早かったな」
  バイトが入るとここにやってくる時間はその分、遅くなる。ゾロが大学に通っていることも、バイトをしていることも、サンジにしてみれば不思議な感じがしてならない。初対面の時に索漠と、この男は今流行のニートなのだと思いこんでいた。その思いこみがあるからだろうか、何故だか学生のゾロというのがしっくりこないのだ。
「練習時間が短かったからな」
  と、ゾロは返す。
  大学で剣道部に所属しているゾロは、授業が終わると大学の道場で竹刀を振っている。それからバイトの日もあれば、ここに直行する日もある。サンジがいない間は、学校で竹刀を振った後、居候先の道場でも竹刀を振っているらしい。つくづく剣道バカだとサンジは思う。
  だけど悪くはない。
  自分は、そんなゾロが好きなのだ。
  目の前のカウンター席に座って炒飯を食べるゾロは、がさつで格好悪い男でしかない。汗くさくもある。バイトのある日は埃の臭いも混じって、どうしようもなく臭い。
  それでもこの男がいい。
  この男でなければ、欲情しないのだ。
  男同士で妙な話だと自分でも思う。そんなに自分はこの男がいいのか、と。男同士で恋愛など、笑ってしまう。
  しかしそれらすべてのモヤモヤをごちゃ混ぜにしても、自分はこの男でなければ駄目なのだ。
  好きで好きで、たまらない。
  ポロポロとご飯粒を飛ばしながら炒飯を食べる男が、今、たまらなく愛しい。



「戻りたくないだと?」
  ギョロリと目玉を動かして、ゼフが言い放った。
  昔からサンジは、ゼフのことが苦手だった。
  大好きなジジィだったが、同時に、恐くてたまらない時があった。今がそうだ。とんでもなく頑固で、一途で、融通の利かない男でもあるのだ。
「お前、そんな気持ちで料理修行に出ていたのか」
  威嚇するようなゼフの眼差しを、サンジは真っ正面から受け止めた。
「お前の料理に対する気持ちってえのは、そんな生半可なものだったのか」
  違う。そうではない。いくつもの単語がサンジの頭の中に浮かんでは、消えていった。どれも、ゼフを納得させるだけの言葉にはならない。
  どう説明しようかと、サンジは考える。何度も拳を握りしめ、それから開くといった動作を繰り返す。
  短気を起こせば、それまでだ。
  そんなことをすれば、ゼフは絶対にサンジの言葉に二度と耳を傾けてくれなくなってしまうだろう。
  どう説明すればいいだろうか。
  考えて考えて、どうにも思考がまとまらず、のろのろとサンジが口を開きかけたところで、電話が鳴った。
  一気にサンジの思考が現実に呼び戻される。
  店内の狭いカウンターの奥にある電話が鳴っているのだ。
  渋い顔をしたゼフが、顎をしゃくってサンジに電話に出るよう仕草で示す。
  天の助けとばかりにサンジが受話器に飛びつくと同時に、脳天気な声が聞こえてきた。嫌というほど聞き覚えのある甘ったるい声に、サンジの眉間に大きな皺が寄る。
  信じられないとばかりにサンジは、いくらも声を聞かないうちに受話器を電話機に叩きつけた。
  もの問いたげなゼフに、サンジは誤魔化し笑いをした。
「ま……間違い電話だったみてえだ」
  力無く笑う声にゼフは怪訝そうな視線を向けたものの、深くは追及しなかった。



  ゾロと会っていると、どうしても惰性で抱き合ってしまうことがあった。
  たまには同じ空間でそれぞれの好きなことをして過ごしてみたいとサンジは思っていたが、そういったことは世の女の子が好むことなのだろうか。どうやら目の前のこの男は、そういったムードとは縁遠い人間らしい。
  布団に下肢を残したまま畳の上にはみ出したサンジは、殺風景なゾロの部屋の天井をぼんやりと眺めている。
  まだ日が高いうちにゾロの部屋に連れて行かれたと思ったら、いくらもしないうちに押し倒されていた。
  畳の上でセックスをすると時々、背中が痛む。慌てて布団を敷くように頼んだものの、いささか盛り上がりすぎたようだ。気付けばサンジの上半身は畳の上に飛び出していたし、ゾロはというと、そんなことはお構いなしに行為を進めていく。
  畳の上ですれた肩が、痛い。
  自分の上にのしかかり、勝手に腰を押し進めてくる男が憎い。
  肩のあたりのラインをなぞっていたゾロの手に、サンジは噛みついた。やんわりと歯を立てて、それから舌で、残された歯形をペロリとなぞる。
  ゾロは笑っていた。
  怒るでもなく、痛がるでもなく、そんなサンジを笑って見おろしている。
  ごつごつと節くれ立った指がサンジの唇に触れ、ついでキスをされた。
「なにピリピリしてんだよ」
  ゾロが言った。
  そんな気配は見せていなかったサンジだったが、言われて初めて、自分がピリピリしていたことに気付かされた。
「別に」
  ムッとして返すと、ゾロは軽く腰を揺さぶった。結合した部分がぐちゃぐちゃに掻き回され、先走りがたらりとサンジの先端から零れ出す。
「ぁ……」
  咄嗟にゾロの肩を抱き寄せて、サンジは喘いだ。
  しがみついた肩に爪を立て、小刻みに息を吐き出すと、ゾロが喉の奥が笑うのが感じられた。
  揺さぶられる振動に、サンジは声をあげて啜り泣いた。
  嫌なことを忘れるにはセックスがいちばんだと、途切れ途切れの意識の向こうでゾロの囁く声が聞こえてきた。
  そんな器用な甘やかしがこの男にできるだろうとは、サンジは夢にも思っていなかった。



  抱き合った後の二人は、だらだらと時間を過ごすだけだ。
  男同士だからだろうか、余計に始末に悪い。
  布団の上に転がって、時間が過ぎるのをじっと眺めている。
  窓から入ってくる太陽の光だとか、時折、天井に映る反射光だとかの動きを見て、時間の経過を感じる。
  これではいけないと思うのだが、だらだらと過ごす時間が心地よくて、どうにもやめることができない。
  ぼんやりと天井を見上げていると、ゾロの手が、サンジの体に触れてくる。
  肩をなぞり、胸を撫で、脇腹へとおりていく。
  ゾロに背を向けるような姿勢で寝返りをうったサンジは、わざと腰を男の体に押しつける。すぐにゾロの唇が、サンジの肩口におりてきた。チュ、と音を立てて肌の上を唇が滑る。ざらざらとした舌がうなじを舐めあげ、耳たぶをやんわりと甘噛みされた。
「んっ……」
  首を竦めると、ゾロが喉の奥で笑っていた。
「──…隠し事は、するな」
  背後から肩越しに言われているというのに、その瞬間、サンジはゾクリとした。産毛が逆立ちそうな感覚に、吐く息が震える。
「な…んのこと、だよ」
  空笑いをしながら返すと、腹に回された手がするりと繁みの中に潜り込み、項垂れていたサンジの性器をきゅっと握りしめる。
「誤魔化すな」
  根本を掴まれたかと思うと、竿の部分に爪を立てられた。
「いっ……」
  怒っている。
  これまでにないほど、ゾロは怒っていた。
  いったい何があったのだと思いながらもサンジは、ゾロの腕にしがみついた。
「隠しているわけでも、誤魔化してるわけでもない」
  そう言ってサンジは、なんとかゾロの手を引きはがす。
「そっちこそ、俺のやり方が気に食わねえのなら、別につきあってもらわなくてもいいんだぜ?」
  隠し事をしているわけではない。ただ、どのように言えばいいのか、考えあぐねているだけだ。誤魔化すつもりならもっと早い段階で誤魔化しているだろうし、そんなことは思ってもいなかった。
  溜息をついてサンジは、身を起こした。
  布団の上に大の字になったゾロは、黙ってサンジのすることを見つめている。
  ゾロの腹の上に馬乗りになると、サンジは唇を合わせた。



To be continued
(H21.11.25)



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