『冷たい炎』
抱き締められた途端、サンジは体を固くした。
「──…ここで、この間の続きをする気はないからな」
牽制の意味を込めてサンジはそう宣言する。生暖かい舌がサンジの耳を舐め上げ、耳の中に差し込まれた。
「ん…っ……」
思わず首を竦めると、さらに追い縋るかのようにエースの舌が耳の中をちろちろとねぶりあげる。執拗な動きに、思わず深い溜息がサンジの口から洩れ出した。
「……ここでは、絶対に、しねぇ」
掠れた声でサンジがなおも呟く。すぐにエースの体は離れていった。腕が離れ、大きな手が頬にあてがわれる。
「じゃあ、ここじゃないところなら、いいのか?」
真顔で尋ねかけられたサンジは、エースから目を逸らした。
どう告げたものかと思案していると、鼻先に軽く唇を押し付けられる。あたたかな唇の感触に、サンジはうわごとのように呟いていた。
「下の……格納庫で待ってろ。後で、必ず行くから」
言ってしまってから、後悔した。
いったい自分は何を言ってしまったのだろう。これではまるで、自分がエースを誘っているようではないか。
胸の内に秘めた小さな罪悪感は、何に対してのものだろう。
ドアが閉まり、エースは下の階へとおりていった。一人きりのラウンジで、サンジは深い深い溜息を吐き出す。
さっき感じた罪悪感は、どことなく甘苦い味がする。嫌なのに、やめることができない。まるで麻薬のようだ。
キッチンで、ない用事を無理に作ると、しばらくごそごそとする。十分ほど待ってからサンジもラウンジを後にした。
暗がりの中にいてさえ、誰かに見られているのではないかという気がする。
足音を消し、息を潜めて階段をおりていく。
やましいのは、男同士だからだろうか。
ポケットの中の煙草に手を伸ばし、そのままくしゃりと握りつぶした。
格納庫では、ランタンの灯りひとつを頼りに、エースが待っていた。
オレンジ色の仄暗い光に照らされて、男がニヤリと笑う。
「やっぱり来てくれた」
嬉しそうにエースが口の端をつりあげると、暗がりの中でむき出しになった歯が光って見えた。
目の前の男が自分を待ってくれていたのだと思うと、それだけでサンジの気分はよくなった。たった今まで感じていた罪悪感は見る影もない。
「来なけりゃ、ラウンジに押しかけてくるだろ」
少し頬を膨らませてサンジが返すと、エースは何ともいえない複雑な表情をした。
「そりゃ、まあ……」
「あんまり、ベタベタくっついてくるな」
語調を強めてサンジが言うと、エースは素直に頷いた。
「それから……ほかの連中ともあんまりベタベタすんな」
言いながら、サンジは自分の独占欲の強さに小さく苦笑した。自分が、男相手にこんなことを口にするだろうとは思ってもいなかった。こんなにも自分は、目の前の男に執着しているのだ。
「他には?」
エースが尋ねる。
歩み寄り、男の腰に手を回したサンジは、逞しい肩口に頭を預ける。
「……今のは、なかったことにしてくれ。どうかしてるんだ、俺は」
チークダンスを踊るようにぴたりと体を寄せ合うと、柔らかな金髪にエースの唇がおりてきた。 「なんでも聞くよ、サンジの言うことなら」
弱々しいエースの声に、サンジはさらに強く頭を肩口に押しつける。
「聞くな。俺の言うことは、聞かなくていいから」
言いながらもサンジは、自分が感情的になっていることに気づいていた。いったい自分は、何に苛立っているのだろうか。
自分自身に? それとも、エースに対してだろうか?
「ずりぃな」
ぽそりとエースが呟く。
「そんなこと言われたら、俺はどうすりゃいいんだ?」
言葉の合間にエースは、サンジの髪に何度もキスをした。
ずるいのはそっちだと、サンジは口に出して言いたかった。こんなにもサンジの気持ちを掻き乱しておいて、そのくせ被害者ぶった言葉でやんわりとサンジを非難する。
文句を言うかわりにサンジは、こっそりと唇を噛みしめた。
目の前にいるエースとは、あと何日一緒にいられるのかわからない。
だからせめて今だけは、エースの我が儘にも耳を貸そう──
かび臭い格納庫で服を脱ぐと、サンジは皺にならないように丁寧に畳む。
麻袋や保存用の樽が所狭しと積み上げられた隙間にちょうどいいスペースを作り出すと、脱いだ服を置いた。
エースはすでに裸になっていた。
暗がりの中ですら、がっしりとして筋肉質なエースの体のラインははっきりとわかった。
「肌を合わせたら、何かがかわるかもしれねえ」
ふと、牽制するようにサンジが呟く。
「かわらないかもしれねえ」
挑みかかるように、しかし静かにエースが返す。
「……かわろうが、かわるまいが、俺は俺だし、アンタはアンタだ」
そう言ってサンジは、エースの頬にそっと手を這わせた。
「そう思ってくれているとわかって嬉しいよ」
頬をなぞるサンジの指先に軽く唇を寄せて、エースは笑う。それだけで、サンジの体はカッと熱くなった。
ゆっくりとサンジの体がエースにしなだれかかり、二人でマット代わりの麻袋の上にもつれあって転がった。
「こんなところで男と寝るなんて思いもしなかった……」
最後まで言いきるよりも早く、エースの唇がサンジの唇を塞いだ。
エースの体はどこもかしこも熱かった。
指先が触れると、そこからサンジの体に熱が点る。燻りながら、ひとつひとつ、体の一点へと向かって集められていくかのようだ。
「……そういや、アンタ、男とヤったことは?」
ふと、思い出したようにサンジが問うた。先日とは逆で、今度はサンジが問いかける番だった。
「ああ……いや、ない……と、思う。たぶん」
今のエースの記憶には、まずないだろう。
記憶を失う前には、どうだったのだろう。立ち寄った先で一晩限りの情事を楽しむようなことがあったかもしれない。それだけでなく、男に手を出すか、場合によっては手を出されるようなこともあったのではないだろうか。
こんなにいい男なのだから、当然だろう──そんなことを考えだすと、それだけでサンジは軽い自己嫌悪に陥ってしまう。
考えたくないのなら、考えなければいいのに。
ふと押し黙ったサンジの顔を覗き込んで、エースは笑った。
「……肌を合わせたら、何かがかわるかもしれねえ」
暗がりの中で、エースの体が熾火のように赤く燻って見えた。
ゆっくりとした動きでエースの手が、サンジの体の上を這っていく。
男の熱が、じわりじわりと肌の内側へと浸透していくような感じがして、素肌が触れ合っただけでサンジの体は小さく震えた。
「寒いか?」
怪訝そうにエースが尋ねる。
「いや、そうじゃなくて……」
どう言ったものかとサンジは躊躇った。寒いのではない。エースの熱に浸食されそうな気がしただけだ。それだけのことだ。
「まあ、いいか」
そう呟くとエースは、サンジの膝を抱え上げた。片方をぐいと押し上げ、肩に担いだ。
背中にあたる麻袋のざらざらとした感触に顔をしかめながらも、サンジはおとなしくエースのされるがままになっている。
太股に唇を押し当て、舌先でちろちろとくすぐられる。与えられる熱に、サンジは思わず大きく喘いでいた。
もう片方の足は、エースの手ががっしりと掴んで離さない。太股に飽きたのか、エースは掴みあげた足の先をかぷりと噛んだ。前歯できしきしと足の指を甘噛みしては、舌で丁寧に舐める。指の股にまで舌を這わせ、一本いっぽんを丹念に舐めあげていくと、堪えきれなくなったのか、サンジの甘い吐息が聞こえてきた。
「も、いい……エース……」
暗がりの中で、少し困ったようなサンジの顔がじっとエースを見つめている。
仕方なくエースは、親指の腹でゆっくりとサンジの足の裏をなぞった。くすぐったいのか、時折、サンジの息を詰める気配が感じられる。そのまま足首、臑へと指を移すと、エースは唇での愛撫を再開した。
「エース、やめ……」
言いかけたものの、臑にかぷりと噛みつかれた途端、サンジは唇をきゅっと引き結んだ。
「そんな……すね毛だらけの足に唇押しつけんなよ」
何をむくれているのか、不機嫌そうなサンジの声に、エースは微かに笑った。
「でも、気持ちいいだろ?」
そう言って、唇でゆっくりと膝頭から太股にかけてをなぞっていく。舌を出してぺろりと舐めると、そのたびごとにサンジは体を震わせた。
体の奥底で、熱を欲している自分がいる。
肝心なところにはなかなか触れようとしないエースをもどかしく思いながら、サンジは大きく体を捩った。
「もっと……」
手をのばしてサンジは、エースの髪に触れた。パサパサの髪だ。
「なに?」
節くれ立ったエースの指が、サンジの手を掴む。白い指先に軽く唇で触れると、エースはその手をぐい、と引いた。うっすらと肋の浮き出た体が引き起こされ、エースの胸の中にもたれかかっていく。
「……なあ。この間みたいに、触らねえの?」
触れてほしいところに触れてもらえないことをやんわりと非難して、サンジが尋ねかける。
エースは笑っていた。
「触りてえ」
そう言ってサンジの髪に、指を差し込む。
「じゃあ、触れよ」
拗ねたようにサンジは返した。
「わかってる」
ちゅ、と音を立てて、エースの唇がサンジの鼻先にキスを落とす。
「わかってるけど、ガキみたいにがっついたらもったいねえだろ」
言いながら、エースの手はサンジの肩のラインをやんわりとなぞっている。
「もっとがっつけよ。俺は、そういう飢えたヤツのほうが好きなんだ」
ほっそりとしたサンジの白い手が、ゆっくりとエースの下腹部をおりていく。
ニヤリと口の端だけでサンジは笑った。サンジの手が、ゆっくりとエースの性器を扱き始めた。
To be continued
(H20.7.18)
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