『恋はトツゼン! 3』
まだサンジが子供だった頃のこと。
ゼフに頼まれて買い出しに出かけたサンジは、薄暗くなりかけた道を急いでいた。
どんなに急いでも、日はつるべ落としに落ちていく。両手一杯に荷物を抱えた小学生の足では仕方のないことだったのかもしれない。結局、店に帰り着く前に日は沈んでしまい、サンジは道沿いにぐるりと大回りをして帰るのではなく、公園を横切って行くことにした。そのほうが少しでも早くゼフの元に帰ることができる。頼まれた荷物を、少しでも早くゼフのところに届けたいと必死だったのだ。
迷うことなく公園の柵を越えると、見慣れたはずの景色の中を歩いていく。明るい時にしか来たことがないため、日が落ちてからの公園は酷く寂しい場所に見えた。
途中で足を止め、ずり落ちそうになる荷物を抱え直した。
出かけた時間が時間だったから帰りが遅いと怒られることはないだろうが、それにしてもこの静けさは気持ちが悪い。早々に公園を通り抜けてしまおうとサンジは足を速めた。
鉄棒やブランコなどの遊具を横目に、砂場を突っ切る。昼間は木陰の休憩場所になっているベンチの傍は、外灯の光が届かない暗がりになっていて気味が悪い。
早く行ってしまおうと思った途端、ガサガサと木立が揺れた。
「うわっ……」
立ち止まってしまわなければ……この時のことを思い出すたびに、サンジは後悔していた。あの時、あの場所で立ち止まらなければ、と。
低木の影から出てきたのは、見知らぬ大人──子供のサンジから見るとゼフと同じぐらいがっしりとした体格の大男に見えたのだ。
へへっ、と無気力な声で笑ったかと思うと、男はサンジの肩を力づくで掴んできた。
咄嗟に荷物を庇ったサンジは逃げようにも逃げられず、隙を見ては男のすねや股間めがけて蹴りを入れるのだが、どうにも力が入らない。
男の生臭い吐息が、ゆっくりとサンジの首筋を這う。
サンジには、大声で喚き散らすことしかできなかった。
助けてくれてのは自分と同じぐらいの背格好の子供だ。
胴衣と竹刀を肩に担いだ少年が公園の柵を跳び越えて走ってくる姿を見た時ほどホッ、としたことはない。
暗がりの中、少年は竹刀を男の鼻先に突きつけた。
「そいつから離れろ、変態」
そう言うと同時に少年の胴衣が宙へと舞う。胴衣のほうに男の注意が向いている隙に、少年は男の肩口へと竹刀を叩き込んだ。
男は白目をむいてどう、と地面へひっくり返った。
サンジの肩はしっかと男の手に掴まれていたため、そのまま身体が引きずられる。よろよろとなったところを少年の腕に助け起こされた。
「……荷物、ぐちゃぐちゃだな」
少年はそう呟くと、地面に散らばった買い出しの商品を一つ一つ丁寧に拾い集めていく。荷物を入れていた袋は、サンジがよろけた時に破れて使い物にならなくなっていた。
それから、二人してゼフの店へと歩いて戻った。
少年は荷物を半分持ってくれた。自分の胴衣と竹刀を持った上で、サンジの荷物を持ってくれたのだ。
店の前でサンジは、少年と別れた。
名前も何も聞かなかった。
後になって気付いたため、どうにも後味の悪い思いだけがサンジの中に残ってしまった。
「……よかったら、送ろうか」
躊躇いがちにサンジは言った。
ゾロは驚いたように目を見開いて、サンジを凝視している。
「いや……ほら、お前、足くじいてるから……」
慌ててサンジは言い足した。まるで言い訳をしているようだと、そんなことを考えながら。
「そういや、そうだな」
くじいた足を引きずって家まで帰る自分を想像して、ゾロもしばらく考え込んだ。
「今日はもう仕事にならんだろうし、店の前まで車回してくるよ」
サンジはそう言った。
少し、興味があったのだ。ゾロがどんなところで生活をしているのか、何となく気になったのだ。
to be continued
(H15.8.30)
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