『恋はトツゼン! 11』



  車を飛ばしながらサンジは、身体の奥に残るゾロが触れた名残の熱に浸っていた。
  ゾロの剣道の師匠は穏やかな雰囲気の人だった。愛想好くサンジに朝食を勧めてくれたし、またいつでも寄るようにとも言ってくれた。
  悪い人ではなさそうだ。
  サンジは愛想好く礼を言うと、近いうちにまた遊びに来ると言って別れを告げた。
  残念だったのは、朝食の後、どうせ店に来るのなら一緒に車に乗っていくかとゾロに尋ねると、今日は店には顔を出さないと言われたことだ。その瞬間、サンジは少し残念なような寂しい気分になった。が、用があるのなら仕方がない。「仕方がねぇな」とだけ、サンジは返しておくにとどめた。
  それなのに。
  別れ際、時間があれば夜に顔を出すかもしれないと、耳元で囁かれた。
  期待を持たせるようなことを言うゾロを少し憎らしく感じた。
  そんなことを言われると、自分がまるで女性のように扱われているような気になってしまう。
  自分は男なのに。
  そんなに弱い生き物ではないというのに。
  それでも別れ際に言われたその言葉に縋ってしまいそうな自分に、サンジは一人、苦笑したのだった。



  駐車場に車を停めると、サンジは小走りに店へと向かった。
  思ったよりも遅くなってしまった。
  いくら客足が遠のいたとはいえ、営業していなければ来るものも来なくなってしまうだろう。
  甘く響く腰の鈍痛を堪えながら曲がり角を曲がると、店の入り口が開いたのが見えた。カラン、と微かな音が響く。
  咄嗟に立ち止まり、サンジは身を隠した。
  曲がり角のところからこっそりと顔を覗かせると、ちょうどロビンが出てくるところだった。その後ろには、ナミがいる。どうしようかとこっそり様子を窺っていると、最後にゼフがのそりと店の中から姿を現した。
  三人とも、サンジがすぐ近くにいて、こっそりと様子を窺っているのには気付いていないようだ。
「──…では、また来月」
  冷ややかな口元に笑みを浮かべ、ロビンが言った。事務的な態度が妙に色っぽい。
  ゼフは鷹揚に頷き、口の端を引きつらせて笑った。鬼瓦のような顔だ。ありゃ、笑っているのではなくて睨み付けているのだと、子供の頃にしょっちゅう思わされた笑みだった。
「なに、これしきの金額。すぐに返せずしてどうする」
  ひび割れたゼフの声が聞こえてくる。
「ええ、そうね。それを見越してのお話ですから」
  と、ロビンが返す。
  向き合った二人は互いに顔を見合わすと、どちらからともなく無言で手を差し伸べた。
  節くれ立った、皺だらけのごつい手が、ロビンのすらりとした手と合わさる。
  悪夢だと、サンジは心の中で呟いた。あんな綺麗な手が、クソジジィの萎びた手と握手をしているだなんて。
「よしっ。これで契約成立ね」
  にやりと小悪魔のような笑みを浮かべて、ナミが小さく呟いた。



  カウンターに立つ気にはなれなくて、サンジはそのままふらりと店とは反対の方向に足を向けた。
  ロビンたちが何を話しに来ていたのか、その内容は気になったが、今はゼフの顔を見る気にはなれなかった。
  それよりも何よりも、昨夜から今朝方にかけての無理がたたってか、身体中がぎしぎし言っている。骨の節々が痛み、一歩あるくごとに悲鳴を上げているようだ。
  そんな状態であてもなく商店街をふらふらと歩いていると、しだいに目の前がかすんできた。
  まるで靄がかかっているような感じだ。
  どこか座ることができるところはないかとあたりを見回した途端、視界だけでなく意識までもがフェードアウトした。
  ドサリ、と身体が地面に倒れ込む。
  フェードアウトの直前に、見知った顔を目にしたような気もしたが、よくわからない。何しろ自分のことで手いっぱいなのだから。
  幸い、地面に倒れた時の衝撃も痛みも、サンジはほとんど感じることはなかった。



  ペチ、ペチ、と音がする。
  頬が痛い。
  それに、何やらいい香りがしている。女性特有の、甘ったるい優しいにおいだ。
  はっ、とサンジが目を開けると、ナミが平手で頬を叩く寸前だった。
「うわっ……」
「やだ、起きてたの?」
  やや焦り気味の声色で口早に言うと、ナミはさっと振りかざした手を後ろ手に隠した。
「あ……ここは……」
  ペールオレンジを基調とした、柔らかな色合いの部屋はまさに女の子の部屋だった。調度品や小物をシックに揃えていても、染みついた甘いにおいはすぐに嗅ぎ取ることができる。
「ここは、あたしの部屋。だってアンタ、目の前で倒れるんだもの。驚いちゃった。放っておけないでしょう、普通は」
  では、あれは……と、サンジは思う。意識を手放す寸前に自分が目にしたのは、ナミだったのだ、と。
「具合、悪いの?」
  尋ねられて、サンジはいや、と返した。
  別段どこも悪いところはない。あるとすれば、一つだけだ。ゾロとの行為が今になって身体に響いてきたのだろう。
「ちょっと熱っぽいみたいよ?」
  と、ナミ。
  屈託のない彼女を見ていると、安心する。ゾロといる時よりも気持ちが穏やかになるのは、彼女が女性だからだろうか。
  ゾロと一緒にいる時は、こうはいかない。表には出さなくとも、あれやこれやとゾロの言動を気にして、それに一喜一憂している自分がいる。抱き合っている時に感じたのは、ゾロが自分を必要悪だと感じた時にどうすればいいだろうか、ということだった。もちろんサンジは、自分が彼の妨げになるならば、すぐにでも身を引くつもりでいる。しかしそれは、今ではない。それでは、今でなければいつなのかというと、それもはっきりと確定してはおらず、いつか、その時がくるかもしれないという非常に不安定な、索漠とした状態でしかなく。
  だからこそ困ってしまうのだ。
  どうすればいいか。
  どうしなければ、いけないのか…──






to be continued
(H15.11.30)



ZS ROOM

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