『恋はトツゼン! 18』
二人は別々に風呂から上がった。
サンジは恥ずかしくて、ゾロの顔をまともに見ることが出来ない。
蹴飛ばした桶。排水溝へと流れ込んでいく石鹸の泡と精液。湿った音と、喘ぎ声。真向かいに見えた、あかりとりの小窓から覗く夕暮れの空。それらの光景がサンジの頭の中をぐるぐると回っている。
脱衣所で俯きがちに身体を拭いたサンジは、服を着込むとそそくさと風呂場を後にした。
少し遅れてゾロが脱衣所から出てきた。
中庭に面した縁側で身体の火照りをさましていたサンジの肘を掴むと、口元に淡い笑みを浮かべてゾロが尋ねた。
「気持ちよかっただろう?」
下はジーンズ、上半身は裸のゾロからは、石鹸の香りがほのかに漂ってきている。
咄嗟に何気ないふりを装ったものの、サンジの頬は熱かった。
「どっちの?」
今度はゾロがぎょっとする番だった。湯加減がどうだったかという意味で尋ねたのに、逆にサンジに問われ、ゾロはあんぐりと口を開けたまま、しばらくその場でじっと固まっていたのだった。
顔を見合わせたまま二人が黙りこくっていると、不意に縁側の反対側から少女が顔を覗かせた。
「ゾロ。夕飯の用意ができたけれど、どうする?」
肩までの艶やかな黒い髪に、生命力溢れる大きな瞳の少女が二人のただならぬ様子に小首を傾げながら、近寄ってくる。
「お父様が母屋で食べて行くように、って……」
意志の強そうな面立ちの少女は、言いながら物珍しそうにサンジを見つめた。
「ね。あなた、ゾロのお友達?」
人懐こそうな笑みを浮かべて、サンジのすぐ近くまで寄ってくる。
「あー……ええと……友達、そう、友達なんですよ、お嬢さん」
返しながらもサンジの頭の中では、先ほどの情事の場面がめまぐるしく移り変わっている。
「ふぅん」
ちらりとゾロに送る彼女の視線が、何とも色っぽい。
サンジの胸の奥が、ちくりと痛む。
「ああ? 何だよ、その目。なんで俺のほうを見るんだ」
ゾロがそう問うと、少女は鈴を転がすかのような軽やかな笑い声をあげた。
「だって……」
と、少女は一歩後ろへ下がってサンジの全身を改めて眺め回した。腕組みをしてじっとサンジを見つめる眼差しは、まるでサンジという人間の値踏みをしているかのようだ。
「だって、あんまりにもゾロとタイプが違うから。だから、あなたたちがいったいどういう関係なのかとちょっと思っただけ」
そう言って少女は、サンジの鼻先をピン、と指で弾いた。
「君、格好良すぎ。ゾロの友達にしておくのはもったいないぐらい」
結局、夕飯は離れでとることになった。
サンジとしては縁側で会ったあの少女と、いろいろな意味を含めてお近づきになりたかったのだが、ゾロはどうしても離れで食べたいと言い張った。男二人が膝をつき合わせて食事というのも虚しいものだと、サンジはこっそりと思った。
「アイツといるとロクなことがないからな」
口の中にご飯をかき込みながら、ゾロが言う。
「可愛いお嬢さんだったじゃないか」
と、返せば、ゾロは気に入らないといった風な眼差しでぎろりとサンジを睨み付けた。
「冗談だろう。あの女のおかげでこっちは……」
言いかけて何やら思い出したのか、ゾロは苦虫を噛み潰したような顔つきをする。心底嫌がっているような様子がするのは、これはきっと、サンジの思い過ごしではないはずだ。
それでも、サンジの知らないことを、ゾロと共有しているあの少女が羨ましかった。たとえそれが、ゾロにとってはいいことばかりではないにしろ。同じ時間を共に過ごすことができる彼女に嫉妬を覚えて、サンジは慌てて何か言わなければと言葉を探してみる。
「しかし可愛いお嬢さんだな」
できるだけさらりと、サンジは言った。
「はあ?」
こめかみに青筋を浮き立たせて、ゾロが尋ね返す。
「や、だから、可愛いお嬢さんだったな、って……──」
「お前それ、本気で言ってるのか?」
窺うように、ゾロがサンジの目を覗き込んでくる。
「本気に決まっているだろう」
一瞬、胸の内を見透かされたかとサンジは警戒した。彼女に対して抱いてしまった小さな小さな、自分でも気付かずに見過ごしてしまいそうなほどわずかな嫉妬心を、ゾロに気付かれたのではないかと思ったのだ。
「お前……目ン玉腐ってるだろ」
ぽそりとゾロが呟いた。
ゾロのごつごつとした指に挟まれた箸の先が、サンジのほうをしっかり向いている。
「だいたいアイツはな、女のくせに喧嘩にゃ滅法強いんだぞ。自慢じゃないが、さすがに俺も剣道では一度もアイツに勝ったことがないんだからな」
憮然としてゾロが言うのに、サンジは小さく笑って返した。
「でも、仲は良さそうに見えたな」
「ああ……そりゃあ、まあ……ガキの頃から一緒だからな。兄弟みたいなもんだよ、アイツとは」
そのたった一言で、サンジは自分の中の小さなどす黒い思いが解けていくのを感じた。
「兄弟か」
兄弟ならば、どうということはない。
同じ時間を共有しても、おかしくはない。
兄弟ならば──
サンジがゾロの部屋に泊まるのはこれで二度目だ。
殺風景な部屋は相変わらず微かな畳のにおいと、ゾロのにおいがしていた。
一組しかない布団を敷くと、どちらからともなく寄り添い合う。
ゾロの身体からは、まだ石鹸のにおいが微かにしていた。サンジは鼻先をぎゅっとゾロの首筋に押しつけて、そのにおいを嗅いでみた。
「抱かないのか?」
低く、サンジが尋ねる。
「ああ。今日はもう抱かない。風呂場で抱いたからな」
言いながらもゾロの手は、サンジの背中から腰をゆっくりと行きつ戻りつしている。わざと感じるようにしているのだということは、すぐにサンジも気がついた。
「本当か?」
と、サンジが問うと、ゾロは喉の奥でククッ、と笑った。
「お前はどうなんだ? 抱いてほしいのか?」
焦らすように、ゾロの手がサンジの腰を這う。
「勘違いするな。抱かせてやる、って言ってやってるんだよ、クソ野郎」
そう返したものの、サンジの声は甘くゾロを誘っていた。
to be continued
(H16.4.11)
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