『恋はトツゼン! 20』



  身体の奥深くに沈み込んだゾロのペニスが、ビクビクと震えている。
  サンジはしっかりとゾロの腰に両腿を回し、全身でしがみつく。
  ゾロの肩口に顔を寄せるとわずかに汗のにおいがした。少しこもったような甘ったるいにおいに、サンジは目眩を感じた。
「やっぱ、こっちのほうがいいな」
  口の端を引きつりあげて、サンジ。
「あぁ?」
  怪訝そうにゾロは、サンジの顔を覗き込む。
「中に出せよ」
  筋肉質な身体にぎゅっとしがみつきながら、サンジは甘えるように頬をすり寄せた。ゾロの二の腕を指で軽くなぞりあげると、くすぐったいのか、ゾロは腕を引こうとする。
「全部、出せ。夕べの分もだ」
  何もかも搾り取って自分の中に取り込もうと待ち構えるサンジに、ゾロは、ある種の野生の獣のようなにおいを感じていた。男の自分に抱かれていてもサンジは、間違いなく男だ。ゾロの下で喘いでいる時ですらサンジからは、雄の獣のにおいがプンプンとしている。
  唇を貪ると、昨夜、サンジに噛まれた傷がわずかに痛んだ。気にするほどのこともない、小さな傷だ。
「…んっ……」
  舌を、サンジはねじ込んでいく。ぐいぐいとゾロの口の中に押し込めると、舌を絡め取った。



  滲んだような淡い朝焼けが東の空に広がっていく。
  鼻歌を歌いながらサンジは車を運転していた。ふと気がつくと、口元が緩んでいた。まるで女の子を相手に恋をしているときのような感じがする。
  気分は最高だったが、身体の節々は軋むように痛かった。さすがに朝っぱらから無茶をしすぎたようだ。
  今頃、ゾロは部屋で二度寝の最中のはずだ。どうやら最後の最後で搾り取りすぎたらしい。終わると同時に高鼾をかいて眠り込んでしまうほど疲れてしまったようなのだ、奴は。
  それでも、幸せを感じずにはいられない。
  昨日の夕方はまだ、迷っていた。ほんの半日足らずでこんなにも幸せな気分に浸れるとは、サンジ自身、思ってもいなかった。
  いったいサンジの中の、何が吹っ切れたのだろうか。
  ハンドルを切りながらサンジは、今引き締めたばかりの口元がまた緩んできたことに気付いた。
「あー、駄目だ。今日は一日、ずっとこんな調子かもしれねぇ」
  ぽそりと呟き、口元を引き締める。
  まだ数えるほどしか通っていないこの道を、こんな風に鼻歌を歌いながら通ったのはつい最近のことだ。あのときも気分が高揚していて、しまりのない顔をしていた。しかしあのときは、サンジの気持ちはまだぐらついていた。もちろん今だって確たるものはない。しかし、ひとつだけ確かなことがあった。サンジ自身の気持ちは、ゾロひとりだけに向いているということだ。
  ひとしきりにやにやとサンジはあれやらこれやらを思いだし、ひとり満足した。
  駐車場に車を入れてしまうと、車止めを飛び越えて、店のドアを開ける。
  鍵はかかっていなかった。
「ん?」
  怪訝そうにドアノブを回し、中に入ると、ぎろりと睨むゼフの双眼とばったり目があってしまった。
「たまにゃあ朝帰りもいいが、仕事を疎かにするんじゃぁねぇぞ」
  脅しつけるような威圧感のある瞳に、サンジは何でもないことのように軽く肩を竦めてみせる。
「そんなこたぁ、最初っからわかってら」



  それから日々は、飛ぶように過ぎていく。
  時折、二人の意見が合わずに衝突することもあったが、サンジとゾロはいい感じに付き合いを続けていた。古くからの親友のように、また兄弟のように、そしてごく稀に、長年連れ添った夫婦のように。
  いつかは離れてしまうこともあるかもしれないが、そのことを悲観しているわけではなく。
  つかず離れず、互いの距離を保ちながら、付き合っている。
  先月、ニコ商会のバックアップを得て一年間の料理修行が決まったサンジは、ここ何日か渡航の準備に余念がない。
  あれほど、自分からゾロが離れていったらどうしようかと思い悩んでいたサンジが、今はゾロのことなど考えている暇はないのだといった態度で自分のことに必死になっている。
  荷物の準備をしながらもしかしサンジは、出発前には必ずゾロと会って、できることなら一年間を離れて過ごす分、しっかりと甘えておこうと思っている。たかが一年だが、途中で逃げ帰ることの出来ない厳しい修行だ。逃げ帰るということはすなわち、負けを意味している。そんなみっともない姿を、ゾロに見せるわけにはいかない。渡航を目の前にしてサンジの気持ちは、いっそう引き締まるように感じられた。



「次に会う時は、一年先だ」
  その夜、サンジははっきりとした声でそう宣言した。
  ゾロはおだやかな表情で、サンジの言葉に耳を傾けている。
  一見したところ無関心そうな、そんなゾロを見ても、サンジはもう不安に駆られることはなかった。今は自分がすべきことを心得ていたし、ゾロの無表情に隠された感情の変化を随分と読みとることにも長けてきた。
  別れが怖くないと言えば嘘になるが、正面から向き合うだけの気持ちの余裕が出来た今は、それほど怖れるものでもないということにも気付いている。
「……てか、何か言えよ、クソマリモ」
  胸のポケットから取り出した煙草に火をつけようとして、サンジは一瞬、思いとどまる。自分の部屋ならともかく、ここはゾロの部屋だ。剣道おたくで筋肉おたくのゾロは、煙草は吸わない。吸えないのではなく、吸わないのだ。一度、ゾロに口移しで煙草を吸わせたことがあったが、冷たいあの無表情な眼差しで、一言「煙草は吸わない」ときっぱり言い切られたことがある。以来、サンジはゾロに、煙草を勧めようとしなくなった。ゾロが吸わないと言ったら、本当に吸わないのだろうと思ったからだ。
  煙草をてのひらに包んで力一杯ぎゅっ、と握りしめると、煙草はくしゃくしゃに折れてしまった。
  サンジはそのくしゃくしゃになった煙草をまたポケットの中に戻すと、ゾロを見遣った。
「なあ、一年間も俺とは会えねぇんだぜ? それでもいいのか?」
  ペロリと上唇を舐め、サンジは言った。
  フン、と鼻を鳴らすとゾロは、口の端をにやりと歪ませて返す。
「浮気はするな」
  思ってもいなかったゾロの言葉に、サンジの顔が見る見るうちに朱色に染まっていく。
「あ……阿呆か、てめぇは! クソくだらねぇこと言ってんじゃねぇよ、まったく」
  照れ隠しなのか、さんざんゾロを罵ると、サンジは不意にはっと言葉を途切れさせた。渡航までもう日もないというのに、いったい自分たちは何をしているのだろうか。喧嘩など、帰ってきてからゆっくりとすればいいではないか。今は喧嘩をしている場合ではない。
  今は…──
「──馬鹿馬鹿しい。これから一年間、会うことが出来ない、ってのに何をやってんだろうな、俺たちは」
  そう自分で言い足すと、サンジはゆっくりとゾロの唇に自分の唇を重ねていった。
  やわらかなキスの味に軽い目眩がして、身体の奥が疼き始める。
「浮気はするかもな。ま、百歩譲っててめぇの努力次第、ってことにしといてやるよ」
  サンジは幸せそうに頬笑みながら、そう告げた。






END
(H16.6.1)



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