『恋はトツゼン! 6』
サンジは夜のドライブと洒落込んだ。
ロビンとの会話で、どうしてもゾロの顔を見たくなったのだ。
店の裏手にある駐車場に停めておいた車に乗り込むと、隣町の剣道場へと車を飛ばす。
もしかしたら、ゾロはいないかもしれない。
用があって、出かけているかもしれない。
急に思い立ってサンジが押し掛けていったところで必ず会えるという確証はなかったが、それでも構わなかった。
とにかく、会いたかった。
会って、声をかけて、それから……
──それから?
ハンドルを切りながらサンジはふと、今の自分がまるで女の子とのデートに出かける時のようだと思った。高揚した気分で、鼻歌を歌ったり、ついつい顔がにやけてしまったり。
いったい自分は何をしているのだろうかと、サンジは訝しんでみる。車に乗り込んだ時に助手席に無造作に放り投げた煙草のケースを手に取った。煙草を吸おうとして、目の前に道場の入り口が見えてきたのを確認する。
煙草のケースを胸ポケットにしまい込んでサンジは、車を停めた。
暗がりの向こう、数メーターほどの距離のところに道場の入り口が見えている。
深呼吸をしてドアを開けた。
運転席から下りたところで、背後から声をかけられた。
「おい、何やってんだ、こんなところで」
ゾロの部屋は驚くほど殺風景だった。
何もない、部屋。
箪笥が一つ、ちゃぶ台が一つ、壁にかかる竹刀と、剣道の雑誌。殺風景すぎて、本当にここが生活の場であるのかどうかが疑わしいほどだ。
「まあ、座れよ」
と、押入の中からゾロは座布団を出してきた。
居心地悪そうにサンジは座布団を断り、畳の上に腰を下ろす。
「茶ぐらい出してやるから、安心しろ」
そう言ってゾロは、部屋を出ていく。
「ちょっと母屋で湯呑みを借りてくるから、待ってろよ」
一度は黙って行こうとしたゾロだったが、気が変わったのか、戸口のあたりからひょい、と顔だけをのぞかせてサンジに声をかける。
サンジはこくりと頷いた。
ガラガラ、と音を立てて引き戸が閉められた。
ゾロがいなくなってしまうと、部屋はいっそう物寂しい場所になった。こんな場所で毎日、寝起きをしているのだろうか、ゾロは。同じ男なのに、もので溢れかえったサンジの部屋とは大違いだ。
「……そういや、借金してるとか言ってたっけ」
昼間、ニコ商会のナミに借金があるのかとサンジが暗に仄めかしたところ、ゾロは否定しなかった。そのかわり理由も言わなかったのが彼の悪いところでもあり、いいところでもある。閉店後にやってきたロビンは、ゾロのことを優しい人だと言った。当然だ。サンジはもっと以前から、そのことに気付いていた。今のような出会い方をするよりももっと前に、二人は出会っていたのだから。
「茶、もらってきたぞ」
不意に引き戸が開いた。
ポットと湯呑みを手にしたゾロが、部屋に上がってくる。
そのがさつなところに、サンジはもしかしたら惹かれているのかもしれない。
ドタドタと畳の上を歩き、ちゃぶ台に音を立ててポットを置く。さすがに湯呑みはそっと置いたが、それでも、サンジにしてみれば粗雑な扱いに入るほうだろう。
「──こんな時間に、何の用だ?」
ポットのお茶を勢いよく湯呑みに注ぎ込みながら、ゾロが尋ねる。
サンジがじっとその手元を見ていると、勢いが強すぎてちゃぶ台の上にお茶が零れている。
「あ……おい、零れてるぞ」
すかさず手を差し出し、ポットをゾロの手から取り上げた瞬間……指先が微かに、重なった。
「お前……なんで女が嫌いなんだ?」
何気なくサンジは尋ねかけた。
湯呑みにお茶を注ぐと、ふんわりとほうじ茶のこうばしい香りが部屋に漂う。
ゾロは湯呑みのお茶をくい、と飲んでからサンジをじっと見つめた。
「別に、嫌いなわけじゃない」
少し困ったような表情が、サンジの目にはどこか愛しく思えた。
「でも、女は嫌いだ……って、あれは?」
少ししつこくしすぎたかと思いながらもサンジは食い下がっていく。別にこだわるようなことでもないのに、何故だろう。
「──…俺にとって女は毒だ。修行の邪魔にしかならないからな」
事も無げに告げるゾロの心はわかりやすい。色恋沙汰に関わっている暇は、今の彼にはないということだろう。
「ふーん。修行、ねぇ」
と、サンジ。
ゾロは、サンジのように店にやってくる女の子たちをとっかえひっかえしてデートに誘うような、そんな軟派なことには興味はない。それ以上にもっとずっと大きな目標がゾロにはあった。自分の腕だけで強くなって、この道場を建て直すことにゾロの目標はあった。
「俺はまた、女は抱かない主義なのかと思っちまったよ」
サンジが言うと、ゾロはむっとした顔をした。
「……まぁ、確かにそうかもしれないな。修行の邪魔になるから、必要ないと思ってきた。今もそうだ。俺にとって女は、必要悪だ」
強くなるためには不必要だと言いたそうなゾロの様子に、サンジはまじまじと見入ってしまう。
そこまで打ち込める何かを持っているゾロが、酷く羨ましくもあり、また酷く憎らしくもあり。
手を伸ばせば触れることのできる距離にいるというのに、この男はとてつもなく遠いところにいるのだと思えて、悲しくもあった。
「んで、何の用でわざわざこんなところまで来たんだよ、てめぇは」
不意にゾロがそう尋ねかけ、コツン、とサンジの頭を小突いた。ぼんやりとしていたとはいえ突然のことで、サンジはらしくもなくドギマギしてしまっていた。
to be continued
(H15.9.25)
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