『恋はトツゼン! 10』
ゾロの部屋が殺風景な部屋で助かったと、サンジは思った。
荷物で溢れている自分の部屋とは対照的だ。
一つしかない箪笥の引き出しの一番下を開けると大判のバスタオルが入っていた。その横には、商店街のロゴの入ったタオルが何枚かきれいに畳んだ状態で並んでいる。
とりあえずバスタオルとタオル二枚を手に取り、引き出しを元に戻した。
いくら何でも素っ裸のままで外へ出ていくわけにはいかないだろう。サンジは自分の腰に軽くタオルを巻くと、バスタオルと残りのタオルを手に、表へ出ていく。
外に出ると朝日が目に眩しかった。
手をかざして光を遮りながら、ゆっくりとサンジは井戸のほうへと向かって歩いた。
「遅かったな」
すぐ傍までサンジが来るのを待ってゾロが言った。口の端を歪めながらゾロは、にやにやとサンジを眺めている。
「…るせぇよ」
と、サンジが軽く拳を繰り出す真似をする。
目だけで笑ってゾロはそれを受け止める。それから井戸の脇、離れの窓からはちょうど隠れた位置に立てかけてあった大きな檜のたらいを出してきた。
「風呂のかわりだ。ここに入れ」
ゾロが言った。
サンジはおとなしく言われるままにたらいの中に足を入れた。
「狭いかもしれんが、座れ。頭から流してやる」
たらいの中に座り込んだ男が男に頭を洗ってもらうのはさぞかし滑稽だろうと思いながらも、サンジはそう嫌ではない自分に気付いていた。
髪のあいだに差し込まれ、ごしごしと頭を洗ってくれる指先が心地好い。
目を閉じると石けんの柔らかなにおいが鼻をくすぐる。
明け方、互いに身体を触り合いながら眠ってしまったため、身体のあちこちに精液がついていた。布団に入ってから、身体のなかにゾロを受け入れることはなかったが、お互いの性器をなすり合わせ、腹や股の間に精液を飛ばしていた。肌にこびりついた精液は乾いて白くなっていたが、えぐみのある独特のにおいは鼻をつき、そのにおいのせいで目が覚めたようなものだった。
「ついでに洗濯もしておくか」
肩にかけたタオルで無造作に頭を拭きながら、ゾロは呟く。
「あ?」
尋ねた途端、勢いよく頭から水をかけられた。
「おはようございます……」
頭の上では、かしこまった口調でゾロが挨拶をしている。
何事かと思いつつもサンジは、その場でじっとしていた。頭を洗っていた石けんが目に染みて、どうにも目を開けることができないのだ。石けんは、皮膚を伝って流れ落ちてくる。
「もう少ししたら朝食ができるから、そちらのお友達も一緒に母屋に来てもらいなさい。二人分用意しておきます」
穏やかな声がサンジの耳に入ってくる。
「はい。後で、行きます」
今、ゾロはどんな表情をしているのだろうか。見てみたいと、サンジは思った。自分と一緒にいる時のゾロとは違う、また別の表情をして、こんなにも穏やかな声色をして。
強く目を閉じたまま、サンジは唇を噛み締めていた。
「後は自分で流しとけ」
人の気配がなくなると同時に、ゾロが言い放った。
突き放すような、つっけんどんな言い方にサンジはムッとなりながら返した。
「石けんが目に入って、開けられねぇ」
少し拗ねたように告げると、また頭から水をかけられた。
「もういいか?」
尋ねられ、サンジは目を開ける。まだ少し目尻が染みたが、石けんはあらかた流れ落ちたようだ。顔を上げ、ゾロの顔を見てサンジは言った。
「おう」
たった一言だけ。
しかしゾロは、頷き返してくれた。
結局、それから二人で洗濯をした。
シーツと掛け布団のカバーを二人がかりで洗った。
どちらも腰にタオルを巻いただけの姿で軽口を叩きながら洗濯物を干した。
滑稽だなと、サンジは思った。
自分は何と間の抜けたことをしているのだろうか。
これが女性相手なら、もっとスマートに事を運ぶことができるはずだ。それなのに目の前にいるこの男が相手となると、途端に自分はみっともなくなってしまう。
困ったな、と、本当に困っているわけでもなさそうな甘苦い笑いを口元に浮かべると、サンジはじっとゾロを見つめた。
「……」
何か言わなくてはと口を開きかけたところで、二人して同時に腹の虫が鳴った。
顔を見合わせるとどちらからともなく自然と笑みが洩れた。今度は純粋な笑みだ。何の含みもない。
「メシ、食いに行こうぜ」
ゾロが言った。
「お師匠さんが用意してくれてる」
サンジはこくりと頷いた。
離れでそれぞれ衣服を身につけると、母屋へと足を向ける。
腹の虫は、二人が朝食を胃の中に掻き込み始めるまで鳴き続けたのだった。
to be continued
(H15.11.28)
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