『恋はトツゼン! 4』
車の中には薄荷煙草の香りがほんのりと残っていた。
サンジはハンドルを握るともうすっかり癖になってしまった煙草を胸の内ポケットから取り出し、口にくわえる。
助手席にゾロを乗せると、だいたいどのあたりに住んでいるのかを尋ねてみた。
初めゾロは、自分がナビをすると言い張ったのだが、一時間ほど走ったところで道が分からないということに気付いた。慌ててサンジが住所を問い詰めると、何のことはない、すぐ隣町の剣道場だと分かった。
「お前……剣道やってるのか?」
ハンドルを握るサンジが尋ねる。
ゾロは短く「ああ」とだけ、返した。
「ふぅん……剣道、ねぇ」
確かに、似合いそうな気がしないでもない。
「悪いか?」
と、ゾロ。
「いいや」
返しながらサンジは、あの時の少年のことを思い出していた。
道場はすぐに見つかった。
ゾロの覚えている道順ではなく、カーナビに頼ったおかげで迷うことなく無事に到着することができたのだ。
サンジは道場のすぐ前に車を停めると、さっと反対側のドアに回り助手席のドアを開けた。
「歩けるか?」
尋ねると、ゾロはにやりと笑った。
「捻ったぐらいで歩けなくなるわけがないだろう」
そう言いながらもシートから下りるまでにしばらくの間があった。それでも自分一人で歩こうとするゾロは、サンジの差し伸べた手すらもやんわりと断り、入り口までの距離を歩いた。
もしかしたら、捻挫とはいえたいしたことのない捻りかただったのかもしれない。
道場の戸を開けて中に入る寸前、ゾロがふとサンジのほうを振り返った。
「悪かったな、送ってもらって」
あまり悪びれた様子でもないゾロに、サンジは片手を振って応えた。
サンジの口元に自然と笑みが浮かんできたのは、何故だったのだろうか。
翌日もゾロはやってきた。
さすがに捻った足では開店直後というわけにはいかなかったようだが、それでもいつものあの淡々とした調子でやってきた。
「昨日は悪かったな」
バツの悪そうな表情で、ゾロは紙袋を差し出す。
「はあ?」
眉をひそめてサンジが問いかけると、ゾロは口を開いた。
「借りた服、洗ってきたから」
「ああ……サンキュッ」
サンジはにこりと笑うと紙袋を受け取った。
それから、二人して黙々と自分の時間を過ごした。
サンジは店の用事があったし、ゾロはカウンター席に座ってじっとコーヒー一杯で閉店時間まで粘るのだ。
ゼフは、ゾロが最初にここへやってきた日以来、店には顔を出していない。ゼフが一日中、家で何事かブツブツと呟いているのをサンジは知っていたが、気付いていないふりをしていた。そうすることで、無関心を決め込んでいたのだ。
ゾロが店に来るようになってから、客足は遠退きつつあった。
売り上げは日に日に落ちており、このままいけば間違いなく店は閉店に追い込まれるだろう。
それでも、サンジも、そしてゼフも、このまま店を畳むつもりはこれっぽっちもなかった。
たとえ嫌がらせを受けようとも、このまま営業を続ける心づもりをしている。はっきりと口に出して言ってはいないが、サンジもゼフも、そのつもりでいた。
お客がいないままに時間は過ぎていく。
ふと気付くと、もう夕方近い時間だった。
いつもならこの時間帯にやってくる常連客も、今日はまだ姿を見せていない。もともとの固定客もそういなかったから、仕方がないのかもしれない。
閉店時間まで営業するかどうかをぼんやりと考えながら、サンジは煙草を燻らせている。
このまま手持ち無沙汰な状態が続くようなら、今日のところは看板を下ろしたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、カラン、とドアが開いた。
艶々とした黒髪の女性と、琥珀色の髪の少女が連れ立って店に入ってくる。
「げっ……」
ゾロが小さく呻き声を上げ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いらっしゃいませ、お姉さま方」
サンジは嬉しそうに鼻の下を伸ばし、歌うような声で言った。
to be continued
(H15.8.31)
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