どこにも帰さない5


  獄寺の頬が瞬時に赤く染まった。
  発情期を誘発されているとはいえ、理性はまだ残っている。目の前の光景は獄寺の中の羞恥心をいっそうかきたてただけだった。
「こんなふうに濡れてもらわないと困るんですよ」
  何かを決心したように、骸は口を開いた。
「あの娘を……僕の大事なクロームを守るために、君には囮となってもらいます。一連の事件を起こした犯人は、マファアなんですよ。マファアにはマファアを、ってね」
  にこりと、艶やかな笑みを骸は向けてきた。
「なっ……」
  それでは、とうに調べはついていたのだ。敵がどこの誰かも知っているのに、骸は先程の会合で情報を出さなかった。おそらくは、自分一人で件の犯人を仕留めるつもりなのだろう。
  雲雀がオメガの自分に興味を持つのも不思議だったが、骸が自分に興味を持つのも不思議に思っていた。だが、これでわかったような気がする。骸は、オメガであるクロームを守るため、獄寺を身代りにしようとしているのだ。
「なんで、話さなかったんだ」
  唸るように、獄寺は食いしばった歯の間から声を絞り出した。
「さっきの会合で話しておけば、犯人を仕留めるための話が……」
「そんなことをしたら、獲物を他人に取られてしまう。あれは、僕の獲物だ」
  そう思わないかい、と骸は尋ねてきた。
  クロームを狙う不届きな輩は自分が仕留めなければと骸は告げた。
  獄寺自身、骸の想いがわからないでもなかった。だが、あまりにも短絡的すぎる。万が一、綱吉の知らないところで何かあったらどうするのだ。骸に危険が及ばないとも限らないし、クロームについては言わずもがなだ。
「お前の言いなりにはならねえぜ」
  なけなしのプライドを総動員させて獄寺は返した。
  骸の言いなりになってたまるか。
  そう思ったところでこの状況がかわることはなかったし、骸がそう易々と獄寺を手放してくれるとは思わない。だが、抵抗できる限りは抵抗し続けなければ、自分という人間は二度と綱吉の前で顔を上げられなくなってしまうのではないだろうか。
  自分はまだ、綱吉に返事をもらっていない。オメガであることを隠して告白した獄寺の気持ちは曖昧に返事を濁された状態で、宙に浮いている。そんな状態で別の誰かに抱かれるのだけはご免こうむりたいものだ。
  骸はしかし、嘲るように唇の端をニイッと歪めただけだった。
「なりますよ。そろそろ薬も本格的に効いてくる頃ですし、あまり大口を叩かないほうが君のためなんじゃないですか?」
  クフッ、と骸は含み笑いを洩らした。
  獄寺は唇を噛み締めた。
  確かに、体の内側にはまだ熱が残っている。本当のヒートはこんなものではすまないことも、獄寺は理解している。だからこそ、一刻も早く骸の企みから逃れなければならなかった。
「それは、こっちの台詞だ。お前こそ、あまり大口は叩かないほうがいいんじゃねえのかよ?」
  今回のことを綱吉が知ったら、どうするだろう。それこそまったくもってお咎めなしというわけにはいかないだろう。
  しかし骸は淡い笑みを浮かべたまま、再び獄寺の足の間に手を差し伸べてきた。
「誘発剤の効果はまだしばらく続くはずです。薬が切れるまで僕がたっぷりと愉しませてあげますよ」
  言いながら骸は、指を獄寺の後孔に宛がった。襞の入り口に指を差し込み、濡れて潤んだ襞の内側をゆるゆると掻き混ぜる。ぬぷっ、ぬぷっ、と淫音が響いて、獄寺は羞恥に頬を染めた。
「ぁ……」
  無意識のうちに声があがった。
  尻の奥がムズムズとして、知らず知らずのうちに体を捩りかけた。そうすることで、もっと奥のいいところに触れてもらおうと、身体が自然と動こうとしている。
「ほら……」
  不意に、勝ち誇ったほうに骸が呟いた。
  視線を向けると、自らの足の間ではほっそりとした性器が勃ち上がり、先端からいつしか先走りを零していた。
「やっぱり君は、淫乱なんですよ」
  こうもはっきりと言われると、ショックを受けるよりも開き直りのほうが大きいかもしれない。ムッとした表情をしながらも獄寺は、骸をじっと見つめた。
「淫乱じゃないオメガがどこの世界にいる、ってんだ?」
  おそらく、そんなオメガは世界中のどこを探したっていないだろう。
  骸が大事にしているあのオメガの女だって、そうだ。ひとたび発情期に入ってしまえば、お綺麗なことばかりを言ってはいられないはずだ。
  そんな獄寺の言葉を骸は、黙ってやり過ごした。
「無駄口を叩く余裕があるようですから、誘発剤を追加してもいいかもしれませんね」
  そう言って骸は、獄寺の後孔から指を抜き出した。どれぐらい追加しましょうかと、テーブルのほうへと視線を向けながら尋ねてくる。
  医療器具が並ぶテーブルの上には、何かのアンプルがずらりと並んでいた。それが何なのか獄寺にはわからなかったが、あれはもしかしたら誘発剤なのかもしれない。
  ニヤリと笑みを浮かべ、骸は言った。
「何本まで耐えられるか、試してみましょうか」
  テーブルのほうへと近付くと、骸はアンプルを一本、手に取った。先端の蓋をきゅっと捻って外すと、鼻を近付け、大仰な仕草で薬液のにおいを嗅いでみせる。それからそのアンプルの先端を、獄寺の後孔にぷすりと突き立てた。
「ヒッ……」
  じゅぷっ、と音を立ててアンプルの中身が身体の中に注ぎ込まれる。
  ひんやりとした感触に獄寺は身体を震わせた。それからついで、カッと体温が上がるのを感じた。
「……一本目」
  感情のこもらない声で骸は言った。
  腹の中のムズムズ感が一気に増した。じっとしていられないほど、もどかしい。
「や、め……」
  弱々しく骸の手を拒もうとしたが、それよりも素早く、二本目のアンプルが尻に突き立てられる。トプトプと薬液を注ぎ込まれた獄寺の内壁は蠕動を繰り返し、もっともっととアンプルの中身を欲しがった。
  惨めだった。
  どうにも抵抗のできない状態で、こんなふうに骸にいいように扱われることが悔しかった。
  腹の中に注ぎこまれる液体は三本目になろうとしていた。内壁が熱を孕み、獄寺の腹は注ぎ込まれたもののせいでほんのわずかにぽっこりと膨らんで見えるような気がした。
「さて、そろそろ本格的に苦しくなってきたのではないですか? これだけ注ぎ込まれては、どうしようもないでしょうね」
  実際にはたいした量ではないのかもしれない。だが、獄寺の腹の中は今や微かにゴロゴロと鳴っていた。
  込み上げてくる吐き気に混じって甘ったるいにおいがするような気がした。酩酊しそうなほど甘い自身の呼気に、獄寺は軽くえずく。
「おやおや。自分のにおいにやられるとは」
  クフフッ、と低く笑いながら骸は獄寺の尻に手をかけた。
  ラテックスに包まれた手が獄寺の後孔に差し込まれ、中を激しく掻き混ぜる。ぐちゅぐちゅと湿った音がして、窄まった部分からは注がれた液体が溢れ出してくる。
「すごいですね」
  狭い器官の中で骸の指がくい、と曲げられた。内壁を圧迫しながら指先が中で瘤になった部分を軽く引っ掻く。
「ヒッ、やっ……」
  ヒクン、と身じろいぐと獄寺はハクハクと呼吸を繰り返した。手足を拘束されているため、思うように動けないのが辛い。次から次へと込み上げてくる身体の中の熱に、意識を持っていかれてしまいそうだ。骸は何も言わなかったが、やはりあれは誘発剤だったのだろう。
  シャマルと異なる指使いが辛かった。シャマルとの行為は、あくまで医療行為の延長線上にあった。今となってはシャマルの真意がどうだったかはわからないが、獄寺は治療行為だと信じていた。ことを早くすませてしまおうと、シャマルに協力することもあった。恥ずかしさはあったが、彼は獄寺自身を貶めるようなことは決してしなかった。玩具で貫かれ、犯されていてもシャマルの冷静さを獄寺はいつも感じていた。常にシャマルは理性的だった。最初から最後まで彼は獄寺に対して、医者として接してくれていた。
  だが、骸は違う。
  骸は……この目の前の男は、クローム以外のオメガをおそらく蔑んでいる。憎んですらいるようなところがある。だからこそ、雲雀と結託することができたのだろう。
  獄寺の後孔、窄まった中心からだらだらと零れてくるものを指で押し込めるようにしながら、ふといいことを思いついたとばかりに骸は尋ねてきた。
「これ以上漏れないように、僕ので栓をしてあげましょうか?」
  獄寺は息を荒げたまま、何度も首を横に振った。
  これ以上、この男には触れられたくなかった。
  焼け切れそうな意識が押し寄せてくる中で獄寺は、必死に首を横に振った。
「や……め、ろ……!」
  吠えるように言い捨てても、骸はただ嘲笑うばかりだ。
  獄寺の身体は、アルファの精液に飢えている。アルファなら誰でもいい、今すぐ貫いて、中にたっぶりと精液を注ぎこんで欲しい。そんなふうに切望しているというのに、心がそれを拒否している。
  カチャカチャと音を立てながら骸は、自身の前を寛げた。
  スラックスの下から取り出した性器はすでに硬く勃起しており、先端からは先走りをトロトロと零していた。
  アルファ特有の強いにおいが一気に溢れ出し、獄寺の鼻腔を満たす。
「っ……げぇぇ……」
  込み上げてきた吐き気が喉元までせり上がってきて、獄寺は大きくえずいた。
  嫌だ、嫌だ、嫌だ──!
  ゾクリと、恐怖で獄寺は背筋を震わせた。吐き気からくるものか、それとも恐怖からくるものか、脂汗が噴き出て、全身を濡らしていく。
  このまま抵抗できるほどの抵抗もできないままに自分は骸に犯されてしまうのだろうか。
  ちらりと足の間を見ると、骸の性器が獄寺の後孔に宛がわれようとしてた。
「じゅ……だ、ぃ……」
  掠れた、弱々しい声が唇の端から洩れる。
  骸の耳障りな笑い声が耳の中に反響する。
  ヌチャリ、といやらしくぬかるんだ音を立てて骸の先端が後孔に押し付けられた。
  獄寺の目尻の端に涙が滲んでくる。
  握り締めた拳の内側で、てのひらに爪を立てた。ぎりぎりと爪が食い込み、皮膚を傷付ける。うっすらと血が滲むのも構わずに、獄寺は拳を握り締める。
  骸は先端で獄寺の窄まりを何度かなぞった。ニチャニチャと湿った音を立てながら時折、先っちょのほうがヌルリと中へ潜り込もうとする。だが、思わせぶりに押し付けるだけで中には入れてこない。何かを待っているようなそぶりを見せている。
「あ、あ……ぁ……」
  もどかしかった。
  嫌なことに変わりはないが、ここまで身体が熟れてしまえばもう相手のことなどどうでもよかった。
  ただこの体の熱を鎮めてくれさえすれば、それでいい。
「や……も、っと……」
  もっと、中に入れてほしい。そう言いかけた瞬間、獄寺の腹の奥底がゾワゾワとした感じに包まれる。
「ぁ……」
  唇の端からたらりと涎が伝い落ちていく。
  自分の身体なのに、堪えきれない衝動が込み上げてくる。誰でも、何でもいいから、中に入れて欲しい。突っ込んで、擦り上げて、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて精液をたっぷりと注ぎ込んで欲しい。いや、シャマルの時のように玩具でも構わない。体の熱を鎮めてくれるのなら、何だっていい。
  拘束された手足がキシキシと痛んだ。それすらも快感に思えて、獄寺は甘い吐息をつく。
  朦朧とした意識の中で、綱吉を呼んだ。
「じゅ、ぅ……」
  どこか遠くのほうで誰かが争うような音が聞こえてくる。
  獄寺の意識がブラックアウトした。



  獄寺は途切れ途切れの夢を見た。
  柔らかで清潔なシーツにくるまった獄寺の髪を優しく撫でる誰かの手を感じた。シャマルの声が聞こえた気がした。それに、綱吉の声も。オメガのにおいがした。これはおそらくクロームのものだ。ビアンキの苛々とした足音。腕を刺すチクリとした痛み。シクシクと痛む胃。吐き気はまだ残っている。
  目を開けようとすると、穏やかであたたかなにおいがした。
「──獄寺くん!」
  綱吉に名を呼ばれたような気がして、獄寺は思わず目を開けていた。
  飛び起きた途端に眩暈がして、獄寺はふらりと身体を折り曲げる。
  すぐにビアンキの手が獄寺を支えてきた。
「目が覚めたのね、隼人」
  世界がグルグルと回っているような感じがする。
  獄寺は眇めた目であたりを見た。
  自分の部屋ではなかった。かといって病院でもなさそうな気がする。
  集まった者たちは皆一様に心配そうな表情をしていた。姉のビアンキ、シャマル、クローム。だが、綱吉の姿は見当たらない。
  ここはいったいどこなのだとちらりと異母姉を見ると、彼女は一瞬、申し訳なさそうな顔をした。
「ここはツナの持つ屋敷のひとつよ」
  それでは、自分はどうなったのだろう。
  無意識のうちに獄寺の手が、首の後ろをさすっていた。
  その仕草を目にしたクロームが一歩、前へと進み出た。
「大丈夫。そこに傷はなかった」
  オメガ同士、何か通じるものを感じているのだろうか、彼女は。だが、同情や哀れみなら要らない。獄寺はクロームを睨み付けた。
「あの野郎……馬鹿にしやがって……」
  掠れた声で罵ってはみたが、弱々しい声は自分でもみっともなく聞こえた。骸から受けたダメージは、しっかりと体に刻まれているような感じがする。
  とりあえず、と、シャマルが淡々とした口調で話し始めた。
「お前はここで、しばらく休養だ。発情期が治まり、傷が癒えるまではここで生活してもらう」
  その言葉には、いろいろなものが含まれているような気がした。
  綱吉は獄寺の身体のことを知っているのだろう、おそらく。獄寺が告げるよりも先に、おそらくは骸やシャマルから聞かされたのだろうと思われる。いや、そうではない。そうではなくて、きっと獄寺のオメガのフェロモンに綱吉は気付いているはずだ。
  もしも骸の手から救出してくれたのが綱吉であるのなら、きっと気付いたことだろう。超直感などなくても、アルファなら気付いて当然だ。あの時の自分は、雲雀と骸によって与えられた誘発剤のせいでところ構わずフェロモンをまき散らしていたのだから。
「十代目は……」
  恐る恐るその名を口にすると、シャマルはあっさりと首を横に振った。
「アイツは、用があるとかでどこかへふらっと出て行ったぜ」
  何の用かわかっているだろう、とシャマルの目が獄寺の目を覗き込んでくる。
  綱吉の不在を知って獄寺は、何故だかホッとした。



(2016.8.12)


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